論文
第66巻第6号 2019年6月 保育所における虐待リスクの重複による
井上 信次(イノウエ シンジ) 松宮 透髙(マツミヤ ユキタカ) |
目的 本研究では,虐待リスクの重複は対応する保育士の主観的困難感を高めること,虐待に関する保育所と関連機関との連携が不十分であることを実証的に明らかにすることにした。
方法 A県に所在するすべての保育所を対象に質問紙調査を行い,利用児における虐待リスクの重複状況などを尋ね,統計学的に分析を行った。調査票は2013年10月から同年11月に配布し回収した。郵送調査法により行った。410施設に配布した内,139施設(33.9%)から調査票が返却された。その内,本研究に該当する調査票への記入があった調査票は79票(19.3%)であった。79票には344人の利用児についての記載があった。初めに,関係機関との連携について基礎集計から明らかにした。虐待リスクの数と保育士が持つ対応上の困難感との関係について,オッズ比から明らかにした。分析では「対応上の困難感」を従属変数とし,「虐待の有無」「利用児の障害の有無」「親のメンタルヘルス問題の有無」「同居家族」「世帯の所得状況」「保育所内での連携」「市町村担当課との連携」および「児童相談所との連携」を独立変数とした,2項ロジスティック回帰分析を行った。
結果 連携について,保育所内と市町村担当課に比べて,児童相談所とは非常に低かった。次に,保育士が有する困難感について,3つの虐待リスクの内,虐待リスクが2件以上ある場合と2件未満の場合との間に,統計学的な有意差が認められた。一方,虐待リスクが3件の場合と2件の場合との間と,1件の場合と0件の場合との間には,その困難感について統計学的な有意差が認められなかった。利用児に対応する際の保育士の困難感について,低年齢児の場合,「虐待の有無」「親のメンタルヘルス問題の有無」「利用児の障害の有無」の順に影響を与えていた。また,高年齢児の場合は,「虐待の有無」が保育士の認識に影響を与えていた。
結論 複数の虐待リスクを有するか,または被虐待が感知された状況が,保育士の対応上の主観的困難感に影響を与えていることが示唆された。主観的な困難感を通じて,保育士は虐待およびその好発状況についていち早く感知するモニタリング機能を発揮し得ると推察される。さらに,保育所と児童相談所との連携が約8割でできていなかったことから,虐待リスクを感知しながらも,保護者との関係維持を考慮して問題として取りあげづらく外部機関にも気軽に相談しにくい状況に,保育士が置かれている可能性が示唆された。
キーワード 保育士,メンタルヘルス,子ども虐待,虐待リスク,保育所との連携