論文記事
第71巻第12号 2024年10月 医療保険医療費の変動の重回帰分析を用いた要因分析早川 敦(ハヤカワ アツシ) |
目的 少子高齢化の進むわが国における社会保障給付費の主柱の1つである医療給付費に関連して,医療費の増加に関する分析は数多く行われている。その多くは,医療供給体制,疾病構造,人口構成などに着目したものとなっている。今回は,素朴に医療費の時系列データから月別の暦的変動要因と制度改正および診療報酬改定の影響を取り除くことにより,1月当たりの潜在的な医療費の増加額,いわば医療費の潜在的な増加速度がどの程度であるかを示そうとするものである。
方法 介護保険制度施行後の平成12年4月からの20年間の月別の医療保険医療費を経過月数を変数とした1次関数として捉え,これにいくつかの説明変数(ダミー変数)を与えることにより,重回帰分析の係数として月別変動の一部を取り出し,潜在的な医療費の1月当たりの増加速度(経過月数の係数)を求める。統計解析はエクセルの標準的な関数を用いて行った。
結果 医療費は,各月のパターンがはっきりしていること,月内の曜日別日数などの暦的要因のほか,種々の制度改正などにより変動していることがわかり,その影響額が統計的に有意なものとして求められた。
結論 潜在的な医療費の増加速度は1月当たり約70億円となっており,年間増加額にすると約1兆円となる。これに対して制度改正や診療報酬改定を行うことにより医療費の増加を抑え込んできていることが数量的に明らかとなった。また,潜在的な医療費は定額で増加していることから,潜在的な医療費の対前年伸び率は年々低下する構造となっている。
キーワード 医療費,時系列,重回帰分析,ダミー変数
第71巻第12号 2024年10月 前期高齢者および後期高齢者の健診結果と
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目的 前期高齢者および後期高齢者の健診結果と死亡・要介護発生との中長期的な関連を明らかにし,効果的な対策を検討する。
方法 栃木県の市町国民健康保険の被保険者および後期高齢者医療被保険者のうち,2013年度に健診を受診し,要支援・要介護認定を受けていない65歳から89歳までの男51,317人,女61,269人を対象とし,健診受診日から2022年6月末までの自立喪失(死亡または要介護2以上)の発生について観察した。健診結果や質問票の回答内容に基づき複数の群に分け,カプラン・マイヤー法による8年自立率の算出,コックスの比例ハザードモデルによる自立喪失ハザード比の推定を行った。
結果 観察期間中の自立喪失は26,136人(死亡17,011人,要介護2以上9,125人)であった。8年自立率(%)〔95%信頼区間〕は,前期高齢者の男では血色素低値(67.2[63.1-71.0])が最も低く,前期高齢者の女ではeGFR低値(77.7[73.3-81.4])が最も低かった。後期高齢者の自立率では,男女の血清アルブミン低値がそれぞれ30.2[26.4-34.0],37.5[33.3-41.7]と最も低かった。自立喪失ハザード比〔95%信頼区間〕については,前期高齢者の男ではHbA1c8.0%以上(1.85[1.42-2.40]),血色素低値(1.66[1.39-1.99]),AST高値(1.54[1.28-1.86])等が高く,前期高齢者の女ではⅢ度高血圧(1.97[1.36-2.85]),血清アルブミン低値(1.95[1.33-2.85]),HbA1c7.5%以上8.0%未満(1.78[1.22-2.58])等が高かった。後期高齢者の男では,血清アルブミン低値(1.42[1.27-1.59]),尿蛋白+以上(1.37[1.28-1.47]),BMI20㎏/㎡未満(1.34[1.26-1.43])が高く,後期高齢者の女では,γ-GTP高値(1.64[1.34-2.02]),血清アルブミン低値(1.52[1.34-1.73]),HbA1c8.0%以上(1.42[1.09-1.84])等が高かった。BMI階層別のハザード比は,前期高齢者および後期高齢者において男女ともに20㎏/㎡未満が1.27~1.34で有意に高かった。
結論 高齢者においては,男女ともに低栄養とともに生活習慣病等も自立喪失の主なリスク因子となっていることが分かった。若年からの生活習慣病重症化予防を行うとともに,早期にフレイル対策等を中心とした保健指導に移行することにより,高齢者の健康増進のための効果的な対策が実施できると考えられる。
キーワード 国保データベース(KDB),高齢者,健診結果,フレイル対策,追跡研究
第71巻第12号 2024年10月 医療従事者6職種の地域偏在Gini係数の
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目的 医療資源の地域偏在指標として多用されているGini係数には,①地域偏在度の相対的な差異や位置づけを直感的に認識しにくい,②確率的に理解しにくい,などの難点があると考えられる。このような難点を改善するため,本研究では,医療従事者6職種それぞれのGini係数の確率分布を検証したうえで,その確率分布の活用例を提案する。
方法 分析対象は医師,看護師,薬剤師,診療放射線技師,理学療法士,作業療法士とし,厚生労働省の医療施設静態調査(2020年)のデータを用いた。分析の地域単位は二次医療圏とし,医療従事者数の分析単位は人口10万人当たりとした。各職種の都道府県別Gini係数が従う分布の適合度検定を5手法で行った。その確率分布の活用方法を実証した。
結果 都道府県別Gini係数は6職種すべてにおいて平均値と中央値が同程度の値であり,ほぼ左右対称の分布であるため,正規分布を帰無仮説として5手法の正規性検定を行った結果,6職種すべてがおおむね正規分布に従うことを検証した。さらに,ヒストグラムと理論分布の対比,QQプロットにより,医師,理学療法士,作業療法士の3職種では外れ値の影響によりp値が低下していることを検証した。正規分布の活用例として上側確率と偏差値の2指標を提案し,全都道府県の6職種を対象に地域偏在度を算出し,地域偏在度の相対的な差異や位置づけを認識しやすい形式に整理した。
結論 医療従事者6職種すべての都道府県別Gini係数は,おおむね正規分布に従うと考えられる。その分布全体の適合度の良さは,実績値と理論分布を対比したヒストグラムとQQプロットからも明らかであった。各職種の都道府県別Gini係数はほぼ0~0.3に分布しており地域偏在度の相対的な差異や位置づけを識別しにくいが,正規分布の性質を利用して上側確率を指標とすると,1%未満が千葉県(医師),東京都(医師,看護師,薬剤師,診療放射線技師),山梨県(理学療法士,作業療法士)のように地域偏在度の著しい状況を明瞭に検知できることが判明した。また,偏差値を指標とすると,各職種の地域偏在度をおおむね30から90までの値に置き換えることができ,地域偏在度が高い職種と都道府県の状況を容易に識別できることを検証した。このように地域偏在Gini係数を確率的な意味を有する直感的にわかりやすい評価指標に置き換えることができることを実証した。
キーワード 医療従事者,地域偏在,二次医療圏,Gini係数,正規分布,上側確率
第71巻第12号 2024年10月 睡眠時間と脂質代謝異常との関連-日本の就労者を対象とした大規模な縦断研究-小泉 和可奈(コイズミ ワカナ) 谷川 武(タニガワ タケシ) |
目的 わが国では多くの就労者が短時間睡眠にさらされている。短時間睡眠はさまざまな疾患の発症に寄与することが報告されているが,睡眠時間と脂質代謝異常との関連は未だに明らかにされていない。そこで大規模な就労者の集団を対象に睡眠時間と脂質代謝異常との関連を縦断的に明らかにし,肥満の有無がその関連に与える影響についても検討することを目的とした。
方法 対象者は2016年ならびに2019年に健康診断を受診し,ストレスチェックに回答した20~74歳の男女15,638人とした。脂質代謝異常は,Low Density Lipoprotein Cholesterol(LDL-C)値140㎎/dL以上を高LDL-C血症,High Density Lipoprotein Cholesterol(HDL-C)値40㎎/dL未満を低HDL-C血症,Triglyceride(TG)値150㎎/dL以上を高TG血症と定義した。睡眠時間は5時間未満,5~6時間未満,6~7時間未満,7~8時間未満,8時間以上の5群に分類し,睡眠時間と脂質代謝異常との関連について多変量調整ロジスティック回帰分析を行った。また,肥満(Body Mass Index:BMI25㎏/㎡以上)の有無による層別解析を行い,交互作用を検討した。
結果 2016年の睡眠時間が7~8時間未満の群に対し,睡眠時間5時間未満の群における2019年に新たに発症した高LDL-C血症,低HDL-C血症,高TG血症の多変量調整オッズ比(95%信頼区間)は,0.94(0.75-1.19),1.70(1.02-2.81),1.05(0.80-1.40)であった。また,肥満の有無による層別解析の結果,睡眠時間と低HDL-C血症との関連において,非肥満群のみで有意な関連が認められたが,肥満群では有意な関連は認められなかった(交互作用P=0.02)。
結論 本研究により,短時間睡眠は低HDL-C血症の危険因子となり,肥満の有無はその関連に修飾効果をもたらす可能性が示された。
キーワード 睡眠, 脂質代謝異常, 縦断研究, 肥満
第71巻第12号 2024年10月 夫婦の子供数と社会経済的特性との関連-令和2年国勢調査データの分析-奥井 佑(オクイ タスク) |
目的 直近の公的統計データをもとに夫婦の社会経済的特性と子供の有無および数との関連を調べた研究は行われていない。本研究では,国勢調査データをもとに,夫婦の子供の有無および数と学歴および雇用形態との関連を分析した。
方法 令和2年の国勢調査データを用い,夫と妻の年齢が50歳未満の夫婦について,子供の数を調査した。学歴は,中卒以下,高卒,短大・高専卒,大卒以上,在学中の5分類とし,雇用形態に関して,正社員,非正社員,自営業者,無職の4分類とした。アウトカムとして夫婦の子供数と子供の有無の2つを用いた。統計解析として,夫と妻それぞれの学歴および雇用形態ごとの子供を持つ割合および平均子供数を全体および年齢階級ごとに算出した。また,回帰モデルをもとに,夫婦の子供の有無および子供数と社会経済的特性の関連を全体および夫婦の年代別に分析した。説明変数として,夫婦の国籍,年齢,学歴,雇用形態,居住する地方を用いた。
結果 7,633,391組の夫婦を分析に用いた。学歴については,全体では男女とも大卒以上は中卒以下,高卒,短大・高専卒と比較して子供がいる人の割合や平均子供数は少なかったが,40代夫婦では学歴が低くなるほど子供を持つ割合が少なくなる傾向であった。雇用形態について,男性では年齢を問わず正社員は非正社員,無職と比較して子供を持つ割合や平均子供数が多い傾向であったが,女性では正社員は非正社員,無職と比較して子供を持つ割合や平均子供数が少なかった。他の属性を調整した回帰分析による多変量解析においても,同様の傾向を示す結果が得られた。
結論 社会経済的特性の種類や年齢階級および性別によって,既婚者における子供の有無および数と社会経済的特性との関係性が異なることがわかった。
キーワード 国勢調査,子供の数,学歴,雇用形態
第71巻第12号 2024年10月 児童養護施設等入所児童の措置解除前の不安
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目的 本研究では自立を目前にした児童養護施設等入所児童が抱えている不安および退所後のつながりやサポートに関する希望を実証的に明らかにすることを目的とした。
方法 2023年1~3月の期間にて,愛知県内の児童養護施設および児童心理治療施設23カ所に措置されている15歳以上で中学既卒の入所児童157人を対象とし,本人を回答者とする無記名の質問紙調査を実施した。得られたデータを基にして,単純集計の後,2変数間の関連性を探索的に明らかにするため,退所後の不安,アフターケア希望期間のそれぞれと独立変数の関連性についてχ2検定で検討したクロス集計を提示し,考察した。
結果 調査対象全23カ所のうち,22カ所から150ケースを回収した(回収率95.5%)。不安についての集計結果からは,全体の64.0%(96人)が退所後の生活に不安を感じていることが明らかになった。退所後のサポートに関しては,全体の78.0%(117人)がアフターケアを望んでいること,さらに施設関係者とのつながりについては,全体の75.3%(113人)が退所後も継続を希望していることが確認できた。退所後の不安の程度と属性の関連性について検討したところ,女性の方が男性よりも不安が高いことが示された。施設規模2区分との検討では,「大・中・小舎」の方が「地域・小規模G」よりも「とても不安である」「どちらかといえば不安である」と評価していることが示された。さらに,アフターケア希望期間との関連性を検討したところ,「とても不安である」「どちらかといえば不安である」と感じる者ほど,アフターケアを「必要な間はずっとしてほしい」と感じていることが示された。
結論 本邦において社会的養護経験者の現状を捉え切れていない中,年長の入所児童を対象とした調査研究を行い,措置解除前の不安および退所後のつながりの維持やアフターケアを希望している現状が実証的に明らかになったことの意義は大きい。本研究の結果にかんがみてとりわけ移行期のアフターケアでは,こうした子どもの意向に沿って子ども時代に生活を共にした施設関係者とのつながりの維持を基軸にしつつ,相談・助言等のサポートが継続される安心感の中で,地域と広くつながれる仕組み創りを進めていくことの重要性を関係者と再確認したい。
キーワード 社会的養護,自立支援,リービングケア,アフターケア,社会的孤立予防
第71巻第11号 2024年9月 DPC制度が病院間・二次医療圏間の
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目的 2003年に「急性期の入院医療に対する新しい診療報酬制度(以下,DPC制度)」が導入された。DPC制度下では,医療資源を集約して多くの患者を短い在院日数で効率的に診療する病院が有利である。制度導入後DPC病院における患者分布にどのような変化が生じたのか,2012年から2019年にかけて各病院における入院患者数と病床利用率の変化を検討した。さらに,この変化に関連する要因を検討した。
方法 本研究の対象は,厚生労働省「DPC導入の影響評価に係る調査」の対象病院である。この調査で公表されている「退院患者調査」には,DPCコード10桁ごとに集計した各病院の退院患者数および平均在院日数が掲載されている。2012年度と2019年度のデータが存在する1,740病院のデータを結合し,さらに各病院の病床数,病院所在地の二次医療圏名,二次医療圏内の人口,病床数の情報を結合した。全DPCの総件数および総在院日数(平均在院日数に患者数をかけた数値)の経年変化を検討した。二次医療圏内の総件数・総在院日数のシェアの変化を,GINI係数を用いて検討した。最後に,これらの変化と関連する病院側要因および二次医療圏側の要因を検討した。
結果 2012年から2019年にかけて,対象病院における総件数の合計は14.8%増加したにもかかわらず,総在院日数の合計は0.5%しか増加しなかった。全DPCの総件数は約半数の病院で増加したが,約30%で減少した。全DPCの総在院日数は約30%の病院で増加し,約40%で減少した。全DPCの総件数・総在院日数のGINI係数は有意に増加した。大学病院本院,手術・処置あり件数の割合が高い病院,総件数/病床数比,総在院日数/病床数比が高い病院で総件数・総在院日数は増加しやすかった。総件数・総在院日数は人口が多い二次医療圏の病院ほど増加しやすく,医療圏内に1つしか病院がない場合は減少しやすかった。
結論 DPC制度導入後,特定の病院への患者の集中化がみられた。規模が大きい病院,手術や高度な処置を多く提供している病院,病床回転率や病床利用率が大きい病院では,総件数や総在院日数が増加しやすい。また人口が小さい医療圏では病院の規模が小さいため,他の医療圏に患者が流れやすい。今後も医療の高度化や在院日数の短縮化とともに,医療資源が豊富で急性期の診療機能が高い病院への患者のシフトが続くことが示唆された。
キーワード 急性期医療,症例数,市場占有率,二次医療圏
第71巻第11号 2024年9月 若年男女のやせ・肥満と次世代の健康への影響-地域レベルでみた日本の人口統計学的分析-青山 友子(アオヤマ トモコ) 扇原 淳(オオギハラ アツシ) 苑 暁藝(エン シャオイー) |
目的 本研究は,国内の統計情報を用いた生態学的研究を通じて,若年世代のやせと肥満の地域格差の実態を把握するとともに,妊娠前の親にあたる若年世代の体格が次世代の健康へ及ぼす影響を探るため,若年男女のやせ・肥満と早産・低出生体重児の割合との関連を検討した。
方法 2003~2007年国民健康・栄養調査協力者のうち,18~39歳で,身体計測値に欠損のない男性3,993名および女性4,465名(妊婦・授乳婦を除く)を対象に,性別および12の地域ブロック別にやせと肥満の割合を集計した。この標本の母集団に親の多くが含まれると推定される2008年に出生した児について,人口動態調査の出生に関する統計(単胎・多胎の総数)をもとに,性別・地域ブロック別に早産・低出生体重児の割合を集計した。以上の変数を地域ブロックをもとに連結し,記述統計による要約と相関分析を行った。
結果 若年世代全体では,男性ではやせ(6.3%)より肥満(24.8%)が,女性では肥満(9.9%)よりやせ(18.1%)が顕著であった。12の地域ブロック間で,やせと肥満の割合は,女性では負の相関を示したが(r=-0.83),男性では関連を認めなかった。男性では,やせの割合が最も高い南九州(9.6%)と最も低い四国(4.4%)の間に5.2ポイントの差が,肥満の割合が最も高い近畿Ⅱ(32.8%)と最も低い北陸(21.1%)の間に11.7ポイントの差がみられた。女性では,やせの割合が最も高い中国(22.0%)と最も低い四国(12.4%)の間に9.6ポイントの差が,肥満の割合が最も高い北海道(16.7%)と最も低い中国(5.5%)の間に11.2ポイントの差がみられた。児の性別を調整した重回帰分析により次世代の健康との関連を検討した結果,男性では肥満の割合が高い地域で早産(p<0.05)および低出生体重児(p<0.05)の割合が高く,女性では肥満(p<0.001)およびやせ(p<0.05)の割合が高い地域で早産の割合が高かった。
結論 本研究は若年世代のやせと肥満について,男女で異なる地域格差の実態と次世代の健康への潜在的な影響を明らかにした。適正体重を維持している若年男女の増加は,世代を超えた健康への影響を期待できる可能性があり,それには各地域のやせ・肥満の実態と性差を踏まえたアプローチが必要である。
キーワード 地域格差,やせ,肥満,早産,低出生体重児
第71巻第11号 2024年9月 高齢ボランティアによる介護予防体操普及活動と
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目的 人口減少,少子高齢化が進行するわが国では,生活の質の充実と健康寿命の延伸に向けて多くの地域で介護予防の取り組みが展開されてきたが,介護予防事業の評価として健康寿命を用いた十分な検討は見当たらない。栗盛らは健康寿命の1つである障害調整健康余命(DALE:disability adjusted life expectancy)について高齢者健康指標としての妥当性を報告している。そこで,本研究では高齢ボランティアによる介護予防体操普及活動と地域における健康余命との関連について検討し,高齢ボランティアによる体操普及活動の介護予防事業としての有用性を明らかにすることを目的とした。
方法 分析対象は,平成17年からシルバーリハビリ体操指導士養成事業を展開する茨城県全市町村(n=44)とした。分析項目とした体操普及活動指標は,事業開始15年経過時における65歳以上人口千人当たりの指導士養成人数,教室延べ開催数,教室参加指導士延べ人数,住民参加延べ人数とし,健康余命のデータは,性別ごとの平成27~31年(5年間)のDALEの平均値とした。茨城県44市町村における体操普及活動実績データ(指導士養成人数,教室延べ開催数,教室参加指導士延べ人数,住民参加延べ人数)は,茨城県立健康プラザから提供を受けた。茨城県44市町村の65歳以上人口は,茨城県の年齢別人口(茨城県常住人口調査結果)四半期報に公表されているデータを使用した。茨城県44市町村におけるDALEのデータは,「令和元年度47都道府県と茨城県44市町村の健康寿命(余命)に関する調査研究報告書」に報告されたものを茨城県立健康プラザから提供を受けた。分析は,市町村における15年にわたる各体操普及活動指標と5年間のDALEとの関連を検討するために,性・年齢階級別にSpearmanの順位相関係数により検討を行った。すべての統計処理には,SPSS(Ver.22.0 for Windows)を用いた。有意水準は5%に設定した。
結果 男性において65~69歳と70~74歳の階級では,教室延べ開催数および住民参加延べ人数とDALEの間には有意な相関が認められたが,その他の体操普及活動指標はDALEと有意な相関を示さなかった。
結論 前期高齢者の男性において,介護予防体操普及活動が地域における健康余命の延伸に寄与する可能性が示唆されたことから,高齢ボランティアによる体操普及活動が介護予防事業として有用であることが示された。また,健康寿命に影響する要因の男女の違いを明らかにすることで,その違いを踏まえた介護予防事業を効果・効率的に展開できると考えた。
キーワード 高齢ボランティア,介護予防,体操普及活動,障害調整健康余命,介護予防事業
第71巻第11号 2024年9月 認知症高齢者の生活支援に向けた地域包括支援センターの
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目的 地域包括支援センター各職種の認知症高齢者のコーディネーションの現状を明らかにし,コーディネーション力を高めるチームアプローチの示唆を得る。
方法 全国の地域包括支援センターで認知症高齢者の相談業務に携わる保健師等,社会福祉士,主任介護支援専門員を対象に,郵送法による無記名自記式質問紙調査を行った。調査内容は,個人属性,認知症高齢者の生活支援に向けた地域包括支援センターのコーディネーション,地域ケア会議の年間参加回数,地区診断実施の有無とした。認知症高齢者のコーディネーションの得点平均値を算出し,地域ケア会議は年間参加回数中央値を境界とし,地区診断は実施割合を職種間比較した。
結果 543名に郵送し432名の回答から349名(有効回答率64.3%)を分析対象とした。属性は,運営形態は直営型17.7%,委託型82.0%,平均包括経験年数5.3年,平均当該職種経験年数9.3年,平均年齢45.7歳であった。全体の認知症のコーディネーションの得点平均値は,全項目91.2(23項目,138点満点),第1因子認知症症状が生活に及ぼす影響をアセスメントする34.5(8項目,48点満点),第2因子認知症高齢者を医療・介護・権利擁護の支援につなぐ36.1(9項目54点満点),第3因子地域の支援者に協力を得る11.1(3項目,18点満点),第4因子地域の中で認知症高齢者を支える社会資源を創出する9.4(3項目,18点満点)であった。職種間比較では,全項目(社会福祉士<主任介護支援専門員),第1因子(社会福祉士<看護師),第2因子(社会福祉士<主任介護支援専門員)に有意差(p<0.05)が認められた。
結論 各職種の認知症高齢者のコーディネーションの自己評価として,アセスメントは看護師,支援へのつなぎは主任介護支援専門員,地域支援者に協力を得るは保健師および主任介護支援専門員がよく実施していた。一方で,1職種だけで個別から地域支援までのコーディネーション達成は困難であること,地域支援者に協力を得ることや地域の中で認知症高齢者を支える社会資源の創出が全体の課題であること,包括経験年数がコーディネーションに影響することがわかった。これらから,個人任せにしないチーム体制の構築が求められ,地区診断や地域ケア会議によって,課題の共有や解決に向けた話し合いを職員間で行い,担当地区の状況に応じた事業計画の立案・実施・評価が必要である。同時に,経験年数3年未満の職員への教育体制の必要性が示唆された。
キーワード 地域包括支援センター,認知症高齢者,コーディネーション
第71巻第11号 2024年9月 保育における発達支援の認知にかかわる関連要因の検討新村 隆博(シンムラ タカヒロ) 安村 明(ヤスムラ アキラ) |
目的 インクルーシブ保育や発達の個別性に配慮した支援が求められる保育現場において,保育における発達支援の認識に関連する個人要因・環境要因および自己効力感との関係について検討することを目的とした。
方法 地方都市A県の保育園・幼稚園・認定こども園保育者467人を分析対象に,自記式調査票による質問紙調査を行った。調査内容は,個人的背景変数と保育における発達支援観・特性的自己効力感・保育者効力感を測定する尺度を用いて統計学的分析を実施した。
結果 保育における発達支援の認知には保育者の年代や発達障害(傾向)児の担当経験,現在の担当といった個人属性により異なる傾向を示す可能性があり,他の年代に比べ30代の発達支援の困難感が有意に高いこと等が示唆された。加えて,特性的自己効力感と保育者効力感の両方の自己効力感の高さと発達支援の困難感の低さの関連が認められた。
結論 発達支援の困難感と保育者の年代等の属性や自己効力感の関連が示されたことから,発達の多様性を尊重した保育・教育を行う保育者の困難感軽減等の支援には,個人属性や背景要因に配慮しながら効力感を向上できるような関わりが重要であると示唆される。
キーワード 保育,保育者,発達支援,自己効力感
第71巻第8号 2024年8月 死亡前の介護保険制度利用状況に関する遺族の評価高橋 理智(タカハシ リチ) 中澤 葉宇子(ナカザワ ヨウコ) 宮下 光令(ミヤシタ ミツノリ) 山崎 里紗(ヤマザキ リサ) 小川 朝生(オガワ アサオ) |
目的 わが国の死因の大部分を占めるがん,脳血管疾患,心疾患,肺炎,腎不全で死亡した患者の死亡前の介護保険サービスの利用状況等を明らかにし,介護保険サービスを利用した場合の満足度に関連する要因を探索した。
方法 2017年,2018年にがん,脳血管疾患,心疾患,肺炎,腎不全のいずれかで死亡した患者を対象として,厚生労働省人口動態調査死亡票情報を用いて抽出した患者の遺族に,郵送法で無記名自記式の調査票を送付し,回答を得た。診断されてから死亡までの期間が3カ月以内であった場合および介護保険の対象外となる年齢の場合を除外した。年齢,死亡場所,疾患別に介護保険サービスの利用状況等を記述した。また,介護保険サービスを利用した場合の満足度に関連する要因について,ロジスティック回帰分析を行った。
結果 135,037名の遺族に調査票を送付し,そのうち43,940名が解析対象となった。死亡前6カ月間に介護保険サービスを利用していた患者の割合は,がん56.6%,脳血管疾患73.9%,心疾患71.1%,肺炎77.6%,腎不全78.8%だった。ロジスティック回帰分析の結果,満足度のオッズ比は,死亡場所では病院・診療所を基準とすると,介護老人保健施設・老人ホームで1.75(95%信頼区間,1.52-2.02),自宅で2.21(95%信頼区間,2.03-2.39)だった。死亡前1カ月間の日常生活活動度では,自立を基準とすると,一部介助,全介助でオッズ比は各々1.25(95%信頼区間,1.09-1.43),1.46(95%信頼区間,1.28-1.68)だった。また,死亡前1カ月間に支払った医療費・介護費が高くなるほど,満足度のオッズ比は減少しており,回答者のからだの健康状態が悪くても満足度のオッズ比は減少していた。回答者の介護負担については,負担感がない方が満足度のオッズ比が高かった。
結論 がんでは他の疾患よりも,死亡前の介護保険サービスの利用割合が低かった。しかし,がん以外の疾患での利用割合が現状で十分なのか不十分なのかは明らかではなく,満足度の関連要因を考慮しながら,今後の利用割合の推移を観察し評価していくことが必要である。
キーワード 緩和ケア,遺族,介護保険,がん,慢性疾患,満足度
第71巻第8号 2024年8月 性別登録年コーホート別登録後年数別の
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目的 日本国内に居住する医師には偶数の西暦年12月31日現在の状況を医師届出票によって届け出る義務がある。女性医師の届出率は男性医師よりも低いのではないかとの予想の下,届出率の分析を行う。
方法 1976年から2016年までの偶数年の医師届出票と1977年から2016年までの各年の簡易生命表とを用いる。複数の調査年の届出者を同一の届出者ごとに整理した後の人数は登録者数に近づくのではないかと仮定してパネルデータを作成,パネルを構成する医師数をもって登録者数とみなす。1977年から2000年までの各年の登録者数につき,先行研究と本研究で用いる登録者数との比較を行う。生存率を考慮して生存医師数を推計し,さらに性別・登録年コーホート別・登録後年数別の届出率を推計する。推計された届出率につき登録後年数の経過に伴う変化を確認し,男女間の比較を行う。登録年コーホートを前半世代と後半世代とに分けて,前半と後半とで届出率を比較する。
結果 1977年から2000年までの登録年ごとの先行研究の登録者数に対する分析用登録者数の比率は,1984年を除き0.986から0.998の範囲にある。登録年コーホート別・登録後年数別の400組の届出率を男女間で比較してみると,女性が男性を上回ったのは11カ所であった。男性は350カ所,女性は33カ所で届出率が90.0%以上になっている。男性は1978年登録者の初回調査年で78.2%となっている以外に80%未満はないが,女性は147カ所で80%未満が記録されている。男女とも登録後年数の経過に伴い届出率は低下してから上昇する傾向にあるが,上昇傾向は異なる。登録直後から5回までの届出率では,男女とも後半世代のほうが届出率は高く,女性のほうが届出率改善の程度が大きい傾向にある。
結論 一部疑問を残しているが,パネルデータを構成する医師数をもって登録者数とする方法は様々な分析が行えるので活用度が高い。今後は,女性の届出率が低くなる,あるいは特定の登録後年数で届出率が低下する原因について分析する必要がある。
キーワード 医師届出票,届出率,性別,医籍登録年コーホート,登録後年数
第71巻第8号 2024年8月 未就学児をもつ親における
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目的 これまでにレジリエンスへの介入や発達が注目されながらも,子育て経験を通した親自身のレジリエンスの形成や影響について検討されてこなかった。そこで,本研究では未就学児をもつ親を対象とした,子育て経験とレジリエンスの関連を明らかにすることを目的とした。
方法 調査は2021年9月に行い,分析対象者は第1子が1~5歳の未就学児をもつ日本人1,701名(男性788名,女性913名;平均年齢36.2歳,標準偏差4.7歳,範囲30~49歳)であった。分析対象項目はレジリエンスと子育て経験(「子どもに対する知識・スキル」「子育てに関する内省」「子どもとの関係」「子育てほめられ経験」),交絡要因として,社会的人口統計学的要因と子育て状況であった。
結果 レジリエンスの資質的要因と獲得的要因を目的変数,子育て経験の4種類と交絡要因(社会人口統計学的要因,子育て状況)を説明変数とした,多変量重回帰分析を行った。分析の結果,子育て経験の子どもに対する知識・スキルと子育てほめられ経験,子どもとの関係は資質的要因と獲得的要因に対し正の関連を示した。一方でレジリエンスの種類によっても違いがみられ,資質的要因に対し子育て省察が負の関連,獲得的要因では対場面的省察が正の関連を示した。
結論 以上の結果から,子どもを適切に理解し知識・スキルを高めることや,子どもを通し自身のことを内省すること,子育てにおいて他者からの肯定的な評価を経験すること,子どもとの良好的な関係を築くといった子育て経験が高い人々ほど,レジリエンスが高いことが明らかとなった。またレジリエンスの種類や子育て経験の種類の組み合わせによって変数間の関係が異なり,子育ての中で経験されるさまざまな出来事を通して,個々人のレジリエンスが形成される可能性が示唆された。
キーワード レジリエンス,子育て経験,未就学児をもつ親
第71巻第8号 2024年8月 HPVワクチンキャッチアップ接種意向の関連要因-若年成人女性を対象としたインターネット調査-今井 美和(イマイ ミワ) 荒勢 りら(アラセ リラ) 加藤 玲音(カトウ レネ) |
目的 日本では2022年4月から2025年3月までの3年間限定で,ヒトパピローマウイルス(human papillomavirus;HPV)ワクチンの定期接種の機会を逃した1997~2005年度生まれの女性を対象に,無料で接種できる‘キャッチアップ接種事業’が開始された。本研究では,この接種事業対象者のうち1997~2004年度生まれで接種したことがない若年成人女性(19~26歳)において,接種意向のタイプ別の関連要因を特定することを目的とした。
方法 研究デザインは横断的研究である。無記名のインターネット調査を2023年6~8月に行った。調査項目(年齢,パートナーの有無,職業,出身学校,接種行動と意向,子宮頸がん・HPVワクチン・子宮頸がん検診に関する知識と態度,検診受診行動と意向,未接種理由)は健康信念モデルに基づき作成された。対象者494人の接種行動については,1回以上接種した者201人(40.7%),接種の有無が不明な者30人(6.1%),未接種者263人(53.2%)で,本研究では未接種者のみを分析対象とした。1年以内の接種意向のタイプについては,「接種しようと思う」と回答した接種意向が高い受容群と接種意向が低い躊躇群とし,躊躇群を「接種を迷っている」と回答した未定群と「接種しようと思わない」と回答した拒否群に層別した。二項ロジスティック回帰分析を用いて,受容群と未定群,受容群と拒否群における接種意向の関連要因をそれぞれ分析した。
結果 受容群66人(25.1%),躊躇群197人(74.9%)で,未定群,拒否群はそれぞれ130人(49.4%),67人(25.5%)であった。受容群と未定群における接種意向の関連要因として,知識量は促進要因,[副反応が心配]の障害性の認識,未接種理由が‘副反応が心配’は抑制要因であった。受容群と拒否群の場合は,知識量は促進要因,会社員,未接種理由が‘副反応が心配’,未接種理由が‘身近な人の反対’は抑制要因であった。なお,接種意向のタイプにかかわらず未接種者の6割以上はキャッチアップ接種無料期間に期限があることを知らなかった。また,接種意向が低い者でも8割以上が接種の有益性を認識していると同時に,[副反応が心配]と認識し,‘副反応が心配’が未接種理由で最も多かった。接種意向のタイプにかかわらず8割が[接種が面倒]の障害性を認識し,‘面倒’が未接種理由の2番目に多かった。
結論 キャッチアップ接種事業を効果的に展開するには,接種意向のタイプに基づいて推進方法を考える必要がある。
キーワード 子宮頸がん,HPVワクチン,キャッチアップ接種,横断的研究,健康信念モデル,接種意向
第71巻第8号 2024年8月 企業に勤務するがん患者における職場の心理社会的環境-ストレスチェックデータを用いたがんのない者との比較分析-安部 美恵子(アベ ミエコ) 朴峠 周子(ホウトウゲ シュウコ) 門間 貴史(モンマ タカフミ) |
目的 企業に勤務するがん患者における職場の心理社会的環境の状況をがんのない者との比較によって明らかにする。
方法 日本の一企業従業員(21~69歳)の2016年のストレスチェックデータを分析に用いた。2016年と2015年のレセプトを突合し,両年ともがんにより医療機関で受療した者を「がん患者」と定義して抽出し(どちらか単年のみがんにより受療した者は分析から除外),性別とがん種別により層別化した「がん患者」219名(男性の消化器がん56名,女性の子宮頸がん96名,女性の乳がん67名)と,それ以外の「がんのない者」14,017名を分析対象とした。新職業性ストレス簡易調査票の職場の心理社会的環境に関する調査項目から,仕事の負担5項目と仕事の資源13項目(作業レベル6項目,部署レベル7項目)をとりあげ,男女別に,男性のがんのない者と消化器がん患者,女性のがんのない者と子宮頸がん患者・乳がん患者について,t検定,χ2検定,Mann-Whitney U検定および年齢,役職,部署,抑うつ感を調整した共分散分析によって比較検討した。
結果 男性ではがんのない者と比べて消化器がん患者の仕事の負担(仕事の量的負担,職場環境)が低く,女性ではがんのない者と比べて子宮頸がん患者の仕事の資源(役割明確さ)が高く,乳がん患者の仕事の負担(身体的負担)が低かった。
結論 男性従業員の消化器がん患者は仕事の量的負担が低く作業環境が良好で,女性従業員の子宮頸がん患者は役割の明確さが高く,乳がん患者は身体的負担が低いことが明らかとなり,企業に勤務するがん患者における職場の心理社会的環境は比較的良好であることが示唆された。
キーワード 企業従業員,がん,職場,心理社会的環境,ストレスチェック
第71巻第8号 2024年8月 COVID-19に対応した行政職員の
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目的 新型コロナウイルス感染症(以下,COVID-19)のパンデミックにおいて,日本では地方自治体が管轄する保健所が,パンデミックによる被害を抑える上で極めて重要な役割を果たした。一方で,COVID-19に対応する行政職員には過酷な労働環境によって心理的に大きな負荷がかかった。保健所の機能を維持するためには,職員が良好なメンタルヘルス状況を維持し,十分なパフォーマンスを発揮することが重要である。次のパンデミックや大規模な健康危機が発生することが懸念される中,COVID-19に対応した行政職員(以下,保健所職員)のメンタルヘルス不調とプレゼンティーズムの関連を調査し,今後の健康危機対応に生かすことを目的とした。
方法 2022年12月から2023年1月にかけてCOVID-19に対応した全国の保健所職員を対象にオンライン調査(Microsoft Forms)を用いて実施した。心理的負担は日本版バーンアウト尺度17項目で評価し,プレゼンティーズムはSPQ(Single-item Presenteeism Question)を用いた。解析は重回帰分析を用いた。倫理的配慮として,本研究は産業医科大学の倫理委員会の承認を得て実施した。
結果 1,612名の回答が得られた。プレゼンティーズムとしてパフォーマンス低下は全体平均で27.8%であった。バーンアウトとプレゼンティーズムは有意な関連を認めた。参加者全体をバーンアウトのスコアによって,バーンアウトなし,軽度,中等度,重度の4群に分けた結果,それぞれの群のプレゼンティーズムの平均値は17.6%,24.9%,29.8%,40.3%となり,いずれの群間においても有意な差を認めた。
結論 本調査によって,COVID-19に対応した保健所職員の一部はバーンアウトに陥り,強いプレゼンティーズムを呈していたことが明らかとなった。保健所職員は,見かけ上は働けていたとしても,実際には体調不良によってプレゼンティーズムをきたしており,パフォーマンスが低下した状態で勤務を継続していたことが示唆され,健康危機に対する保健行政にも影響が出ていたと考えられる。次の健康危機に対応するためには,平時からの職員のメンタルヘルス対策が必要であると考えられる。
キーワード 新型コロナウイルス感染症,COVID-19,保健所,健康危機,バーンアウト,プレゼンティーズム
第71巻第7号 2024年7月 医師仕事関連QOL測定ツールの開発江面 美祐紀(エヅラ ミユキ) 澤田 克彦(サワダ カツヒコ) 宅島 祐介(タクシマ ユウスケ) |
目的 2020年以降のコロナ禍で,医療従事者側の負担軽減も価値の要素として認識されるようになり,医療従事者の負担を可視化する観点から,「主観的」なアウトカム尺度の整備が望まれる。また,昨今の医療技術の開発においてもこれまでの概念が覆され享受できる価値を多面的に評価する取り組みが必要とされる。本研究では,医療従事者のうち患者や医療技術と直接に接する機会の多い医師に焦点をあて,仕事関連の価値を構成する指標としてQOLを直接測定できる尺度を開発することを目的とした。
方法 QOL尺度の標準的な開発方法を参考に,医師を対象に4ステップで調査をした。まず,医師20名に対し影響因子を収集するために定性的なインタビューを実施し1stバージョン質問票を作成した。次に8名の医師にバリデーションインタビューを実施し2ndバージョン質問票として修正した。さらに374名の定量調査で妥当性および信頼性の検証を実施した。その結果をもとに3rdバージョン質問票として修正し,確認調査として,その信頼性と基準関連妥当性のための調査を実施した。また,QOL測定の専門家を交えた検討会を実施し,各種の妥当性を検討・実証しながら質問票を構築した。
結果 医師の仕事関連のQOLの影響因子から,仕事量,仕事時間,協力,診療,労働条件,労働環境,心理面,ワークライフバランス,キャリアの9項目が導き出され,それぞれの項目ごとに質問を作成し検証した結果,Cronbach α係数は0.899であった。
結論 開発された医師の仕事関連のQOLを測定するための質問票は,オリジナルのプロファイル型尺度で,9項目5段階で構成され,単純合計でスコア化して使用できるものとなった。
キーワード 仕事,医師,QOL,測定,質問票
第71巻第7号 2024年7月 精神科療養病棟入院患者の
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目的 精神科療養病棟入院患者の退院には困難が伴うが,その背景には多種多様な要因が挙げられている。本研究は動機づけの観点から精神科療養病棟の入院患者の退院支援に向けた精神科リハビリテーションの介入効果を促進させるため,精神科リハビリテーションに対する動機づけと関連する要因が何かを調べることが目的である。
方法 精神科病院Aにて研究に同意した精神科療養病棟に入院している患者74名を対象として,簡易精神症状評価尺度(BPRS),精神状態短時間検査改訂日本語版(MMSE),精神科リハビリテーション行動評定尺度(REHAB),療養行動に対する動機づけ尺度(TSRQ),そして退院意欲に関するアンケートを実施した。
結果 一般化線形モデルの結果,TSRQの「自律的動機づけ」は退院意欲と負の関連,TSRQの「他律的動機づけ」と正の関連が示された。また,「他律的動機づけ」は年齢,REHABの「身支度」「施設・機関の利用」と負の関連,退院意欲と正の関連が示された。
結論 患者自身が入院治療の必要性を感じている程,精神科リハビリテーションに能動的に取り組む動機が高まると考えられる。また,生活能力の障害が重篤であることで医療者の指示による精神科リハビリテーションに従事する動機となる可能性が挙げられる。これらの結果から,自律的動機づけと他律的動機づけの観点から精神科療養病棟入院患者の退院支援のための精神科リハビリテーションのアプローチについて考察した。
キーワード 精神科慢性期医療,精神科リハビリテーション,動機づけ
第71巻第7号 2024年7月 女子大学生隠れ肥満者の
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目的 本研究の目的は,隠れ肥満者の栄養素等摂取状況について調査・検討することである。
方法 被験者は,身体計測を行う授業に参加した際に,本研究の内容を説明し自ら参加の意志を示した特に疾患のない健康な女子大学生229名である。被験者の栄養素摂取状況は,3日間秤量法により食事摂取状況を調査し,管理栄養士が確認したのちに栄養素等摂取量を算出した。
結果 本研究の被験者229名の内訳は,標準体重群群123名(53.7%),隠れ肥満群73名(31.9%),肥満群33名(14.4%)であった。被験者の栄養素等摂取状況では,炭水化物において,標準体重群よりも隠れ肥満群が有意な低値を示した。その他の項目には有意な差は認められなかった。
結論 隠れ肥満者の出現率は被験者の約30%に確認されていたため,BMIのみならず体脂肪量の測定も併用することが望ましいと考えられた。栄養素等摂取状況については,3群ともに1日のエネルギー摂取量が同年齢の全国平均値よりも低値を示しており,隠れ肥満群は3群の中で低値を示した。隠れ肥満者のみならず,本研究の被験者はすべて,穀類を中心とした主食の量を十分に摂取して,1日に必要なエネルギー量を摂取する必要があるのではないかと考えられた。
キーワード 隠れ肥満,栄養素等摂取状況,女子大学生
第71巻第7号 2024年7月 男性勤労者の皮膚カロテノイド値と
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目的 男性勤労者で野菜摂取量が推定できる皮膚カロテノイドの値を測定し,その値が個人の肥満,メタボリックシンドロームの有病率と生活習慣に関連しているかを検討する。
方法 男性勤労者1,527名で皮膚カロテノイド値を定期健康診断受診時に測定した。その測定値とBMI,腹囲の値,メタボリックシンドロームの判定結果と問診票で申告された5つの生活習慣との関連性を調べた。
結果 対象群の平均年齢は48.3歳で,皮膚カロテノイドの最低値は2.8.最高値は12.0を示し,6.0以上を示した割合は11.6%だった。皮膚カロテノイド値6.0以上(N=177)を野菜摂取高値群(高値群)に,6.0未満(N=1,350)を野菜摂取低値群(低値群)と分類して年齢層別に肥満度と生活習慣を比較した。40~59歳では低値群は高値群に比べBMIと腹囲の平均値が有意に高かった。50~59歳では,さらにメタボリックシンドロームの有病率が,それぞれ,23.6%と8.5%と低値群が高値群より有意に高い値を示した。問診票で申告された5つの適正習慣,「朝食習慣あり」「歩行習慣あり」「喫煙習慣なし」「適正飲酒習慣あり」「睡眠休養習慣あり」の保持数の平均値は59歳以下で高値群が低値群に比べて有意に高い値を示した。60歳以上での両群の比較ではBMIと腹囲の平均値とメタボリックシンドロームの有病率に有意な差を認めなかった。
結論 男性勤労者の皮膚カロテノイドの高値が,59歳以下で適正な生活習慣の保持,40~59歳ではBMIと腹囲の値,そしてメタボリックシンドロームの有病率に関連していた。この指標を用いる職場の保健指導が減量と生活習慣改善に有効である可能性を示した。
キーワード 皮膚カロテノイド,野菜摂取量,メタボリックシンドローム,生活習慣,勤労者
第71巻第7号 2024年7月 高齢者向け住まいと介護サービス種類別の給付割合との関連-都道府県データを用いた検証-河合 美千代(カワイ ミチヨ) 福島 喜代子(フクシマ キヨコ) |
目的 高齢者向け住まい(サービス付き高齢者向け住宅と住宅型有料老人ホーム(以下,住宅型有料)の第1号被保険者1人当たりの定員数(定員率)と介護サービス種類別の給付割合との関連を都道府県データを用いて検討することを目的とした。
方法 2021年度の介護保険事業状況報告(年報)のデータを用いて都道府県別の介護サービス種類別の給付割合を把握し,高齢者向け住まいの定員率との相関を分析する。さらに主成分分析により,高齢者向け住まいの定員率と介護サービス種類別の給付割合との関連を分析する。
結果 特別養護老人ホーム(以下,特養)の給付割合と高齢者向け住まいの定員率との間に負の相関がみられ,特養の給付割合が少ない府県で高齢者向け住まいの定員率が高かった。また,高齢者向け住まいの定員率と居宅サービスの給付割合に正の相関がみられ,高齢者向け住まいの定員率が高くなるほど,訪問介護と通所介護の合計給付割合が多くなっていた。さらに,主成分分析で得られた第2主成分では住宅型有料と特養が最も遠い位置にあり,住宅型有料重視型と特養重視型の都道府県にグループ分けされた。
結論 特養の給付抑制を図った府県において,高齢者向け住まいの定員率の増加があり,居宅給付の増大が付随して起こっていることが示唆された。地域包括ケアシステムの推進を目的に住み慣れた地域で安心して暮らすことを可能とする高齢者向け住まいの拡充が進められており,その結果,居宅給付の増大が一部で起こっている可能性がある。これらの動向が保険者の介護保険財政にどのような影響を与えているかについては,今後の検証が必要である。
キーワード 高齢者向け住まい,サービス付き高齢者向け住宅,住宅型有料老人ホーム,介護保険サービス,地域間格差
第71巻第6号 2024年6月 ポジティブ心理学に基づく幸福感を高めるための
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目的 介護従事者の不足懸念の払拭や,よりよいケアの質を保つためにも,介護従事者がいきいきと幸せに働ける職場環境の整備が必要である。よりよく生きること,繁栄や幸せを探求する学問であるポジティブ心理学は,医療や看護の現場にも応用されており,介護現場においても有用と考えられる。本研究の目的を,ポジティブ心理学の知見から介護従事者の幸福感を高める研修プログラムを構築し,全6回の各回研修前後の幸福度の変化を検討することとした。
方法 ポジティブ心理学や幸福学で幸福感を高めるとされる行動の中で,仕事に生かすことができ,特に介護の仕事に有用と考えられる項目を研修内容として選定し,プログラムを構築した。研修は全6回で,3つの介護事業者に対して,1年4カ月~1年9カ月かけて実施した(途中,新型コロナウィルスの感染拡大防止の観点から中断あり)。研修プログラム開始1カ月前に,研究対象者へのアンケート調査を実施し,対面により研修を開始したが,コロナ禍で中断後,動画視聴やオンラインに切り替えた。研修に参加した全84名を対象とした「対象1」と,研修全6回すべてに参加した29名を対象とした「対象2」の2つの対象において,各回研修前後の幸福度の変化を,対応のあるt検定で分析した。幸福度の測定には,主観的幸福の総合指標として人生満足度(Satisfaction With Life Scale:SWLS)と,幸せの4つの因子の質問を用いた。
結果 各回研修実施前後の幸福度の変化について,人生満足度は「対象1」では第1回から第6回それぞれについて研修後で有意に高く,「対象2」では,第1回,第2回,第4回,第6回について有意に高かった。幸せの4つの因子については,「やってみよう!」因子と「なんとかなる!」因子は,各回研修後に高まっている回が多かったが,「ありがとう!」因子と「ありのままに!」因子は,研修回により異なる傾向がみられた。
結論 幸福感が高い人は,健康で生産性も高く,離職も少なく,良い結果を産み出すとされており,幸福感を高めるとされる行動や考え方に関する研修を実施し,介護従事者の幸福感を高めることで,辞めることなく幸せにいきいきと働ける可能性を示唆した。
キーワード 介護従事者(介護職員),ポジティブ心理学,幸福感,職員研修,サティスファクション・ミラー
第71巻第6号 2024年6月 介護老人保健施設に勤務する看護職と介護職の
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目的 本研究の目的は,介護老人保健施設に勤務する看護職と介護職の職業性ストレスと燃えつき,抑うつの関連を明らかにすることである。
方法 公益社団法人大阪介護老人保健施設協会のホームページ(2020年7月現在)に記載されている199施設のうち,施設長の承諾を得た61施設に勤務する看護職および介護職365名を対象とした。調査内容は,属性,勤務状況,職業性ストレス簡易調査票(BJSQ),Pines burnout measure(PBM)日本語版,抑うつ自己評価尺度(CES-D)とした。分析は,看護職と介護職はそれぞれ雇用形態により労働条件や業務等が異なることから,対象者を常勤と非常勤に分類し比較した。
結果 251名(有効回答率68.8%)から回答を得た。内訳は,看護職125名,介護職126名であった。看護職と介護職の「常勤」は働きがいにストレスが大きく,「非常勤」は仕事や生活の満足度にストレスが大きいことが明らかとなった。燃えつきと抑うつでは「常勤」と「非常勤」では有意差を認めなかったものの,看護職の約2割,介護職の約1割が燃えつき危険群,看護職と介護職ともに約7割が抑うつ危険群であった。
結論 介護老人保健施設に勤務する看護職や介護職に働きがいが持てるよう職場環境を整備し,ポジティブな体験ができるための有効な支援や方法を検討する必要性があることが明らかとなった。
キーワード 介護老人保健施設,職業性ストレス,燃えつき,抑うつ,看護職,介護職
第71巻第6号 2024年6月 外国人介護人材の異文化適応が
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目的 外国人介護人材を対象とし,異文化適応が「職業定着に係る意思」に対して与える影響について明らかにすることを目的とした。
方法 東北地方・北陸地方の養成施設への聞き取り調査をもとに,同養成施設を卒業後に介護福祉施設で働く外国人154人を調査対象として2022年12月~2023年2月に無記名自記式質問紙による郵送調査を実施し,有効回答は70人(有効回答率45.5%)であった。分析方法は主に重回帰分析を行い,基本属性,職務満足度ならびに異文化適応変数の心理的適応,社会文化的適応を独立変数,「職業定着に係る意思」を示す短期定着意思,長期定着意思を従属変数とした。
結果 重回帰分析を行った結果,短期定着意思に対しては母国看護師資格有無,心理的適応,社会文化的適応が,長期定着意思に対しては配偶者有無,心理的適応が統計学的に有意な結果を示した(p<0.05)。
結論 本結果から,異文化適応が「職業定着に係る意思」へ一定の影響を与えることが示された。異文化適応は「職業定着に係る意思」へ影響を与える重要な要因として外国人介護人材の職業定着の課題であることが本結果より明らかになった。
キーワード 異文化適応,職業定着,キャリア形成,外国人介護人材,養成施設
第71巻第6号 2024年6月 市民と保健医療専門職におけるPeople-Centered Care
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目的 日本では看護系大学が2003年より医療者主導型ケアから市民・患者主導型ケアに向けて,市民が主体的に自身の健康を創り守る社会を目指したPeople-Centered Care(以下,PCC)モデルの構築に取り組んできた。本研究の目的は,超高齢社会の現在,市民と保健医療専門職(以下,専門職)とのPCCの取り組みを推進する示唆を得るために,PCCパートナーシップの関連要因を探索することである。
方法 研究デザインは横断的記述研究であり,2017年12月~2018年4月に自記式質問紙法を実施した。対象者は医療系大学で運営しているPCC事業の活動メンバーおよび地域で市民と専門職が協同活動する健康支援活動グループのメンバーであった。調査内容は属性,PCC活動状況,PCCパートナーシップ尺度であった。分析は因子分析,信頼性分析を実施の上,t検定,一元配置分散分析,強制投入法による重回帰分析を行った。
結果 対象者への質問紙配布655部に対して回答は340部であり,有効回答は329部(有効回答率50.2%)であった。PCCパートナーシップ尺度得点は責任者以外より責任者が有意に高く(p<0.001),60歳代以上より50歳代以下が有意に高く(p=0.01),医療施設勤務者より教育研究機関勤務者が有意に高かった(p=0.003)。PCCパートナーシップ尺度得点を従属変数とする重回帰分析では,責任者の標準回帰係数(β)=0.19(p=0.001)で有意に関連があった。サブグループ分析において,専門職(n=92)を対象とした解析では,性別女性がβ=0.20(p=0.045),責任者がβ=0.39(p<0.001)と有意に正の関連があった。
結論 市民と専門職におけるPCCパートナーシップの関連要因は,責任者であった。PCCは関連要因として明らかになったメンバーのリーダーシップと協力を得て活動促進を図ることが有用であると示唆された。
キーワード People-Centered Care,横断的研究,重回帰分析,市民主導型ケア
第71巻第5号 2024年5月 COVID-19流行下における健診未受診女性の
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目的 COVID-19流行下における健診未受診女性の特徴と健診選好を把握するため,健康保険組合被扶養者女性にアンケート調査を行った。
方法 A企業の健康保険組合の被扶養者女性に対し,同健保組合が運用するスマートフォンアプリLINEを通じ,2022年12月8日~22日の期間に全登録者に調査を実施した。調査内容は,基本特性,健康意識,主観的健康観,治療状況,放置している病気の有無,放置の理由,健診受診状況,コロナ流行前の健診受診頻度,毎年1回健診を受診していなかった理由,健診選好である。未受診者の特徴を把握するために,健診受診者と未受診者の2群,未受診の理由を「コロナ不安で未受診」「理由があり未受診」「もともと未受診」の3群に分け,それぞれ調査内容の比較は,χ2検定と残差分析を行った。
結果 回答が得られた2,030名を解析した結果,健診未受診者は受診者と比べて,20~29歳の若い女性と専業主婦が多く,健康の維持・向上への心がけが少なく,健診を毎年1回受診せず,その理由として検査内容への不安があるとした者が多かった。また,未受診者の健診選好では,対面健診を希望せず,オンライン健診を希望する者が多く,対面とオンラインのハイブリッド健診を希望しない者は少なかった。次に,健診未受診の理由を3群に分けて比較を行ったところ,「コロナ不安で未受診」では,同居人数は1~2人が多く,2019年以前に毎年1回受診していなかった理由としては,面倒くささによるものが多かった。「理由があり未受診」では,時間が取れないという理由が多かった。「もともと未受診」では,自分の健康に関心がなく,自分の健康に自信があり,健診の必要性を感じないという理由が多かった。この3群において,健診選好に大きな差はみられなかった。
結論 未受診者に対し,オンライン健診を導入することの検討を行い,導入時には個人の健康観を尊重しつつ,健診内容については情報提供を行うと同時に受診勧奨を行うことで,受診率の向上,疾病の早期発見・早期治療に結び付く可能性が示唆された。
キーワード COVID-19,健診未受診,健康保険組合,被扶養者,オンライン健診,ハイブリッド健診
第71巻第5号 2024年5月 入院した心不全患者を対象とした軽症例における
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目的 本研究の目的は,入院した心不全患者を対象に,軽症例における救急車利用と#7119導入状況の地域差および#7119が軽症例における救急車利用に与える効果を明らかにすることである。
方法 2019年4月から2022年3月までのDiagnosis Procedure Combinationデータベースを用いた。まず,地方単位で軽症例における救急車利用割合を算出し,その差を記述した。本研究において,軽症例は入院2日以内に酸素投与がなかった患者と定義した。また,政府統計から抽出した都道府県ごとの65歳以上人口に基づいて上位23都道府県と下位24都道府県の2群に分類し,#7119導入割合を比較した。そして,次に述べる2つの方法で#7119導入と軽症例における救急車利用との関連を分析した:①本研究の観察期間中に#7119を導入した都道府県について,前後比較を実施した。②導入都道府県と非導入都道府県でそれぞれ軽症例における救急車利用割合を記述した。
結果 日本全国の136,410人の心不全患者が分析の対象となった。地方単位の集計の結果,北海道地方,関西地方,中国地方で軽症例における救急車利用割合が高くなっていた。また,65歳以上人口上位23都道府県群で#7119の導入が多くなっていることが明らかになった。#7119導入の前後比較の結果,24時間府内全域導入した京都府では導入前と比較して導入後で軽症例における救急車利用割合が統計学的に有意に減少していた。24時間県内一部導入した岐阜県と山口県では,統計学的な有意差はなかったものの減少がみられた。非24時間県内全域導入した徳島県では,統計学的な有意差はないが増加がみられた。さらに,#7119導入都道府県と非導入都道府県で軽症例における救急車利用割合を記述したところ,非導入都道府県と比較して導入都道府県でその割合が高くなっていた。これは,非導入都道府県と導入都道府県には地域の背景因子に違いがあり,この2群の比較可能性が乏しいことを示唆している。
結論 24時間#7119導入した地域では,導入後に軽症例における救急車利用割合が減少していた。特に24時間府内全域導入した京都府では統計学的に有意な減少がみられたため,24時間および都道府県内全域をカバーできるような体制を整備し,#7119の導入を進めていくべきである。
キーワード 救急車,心不全,DPCデータベース,#7119
第71巻第5号 2024年5月 協会けんぽレセプトを用いた1人当たり医療費の地域差分析-算出方法による差異の考察-中村 さやか(ナカムラ サヤカ) 野口 晴子(ノグチ ハルコ) 丸山 士行(マルヤマ シコウ) 高木 俊(タカギ シュン) |
目的 都道府県別の1人当たり医療費は医療の地域差を分析するための重要な基礎データであるが,先行研究では自営業者や高齢者等が被保険者となっている地域保険が対象とされ,職域保険における医療費の地域差はほとんど検討されていない。地域保険と異なり,職域保険では加入者の所属地域は自明ではなく,職域保険間の加入者の移動もある。そのため職域保険の地域別医療費の算出にはさまざまな方法が可能であり,正確性や外部妥当性の観点から算出方法の比較検討が必要である。そこで本稿では都道府県別1人当たり医療費の算出において,①医療費の帰着に勤務先の所在地(以下,支部)を使うのか居住地を使うのか,②対象となる医療費や母数となる受診者数の算出に年度内のどの時点を用いるのか,の2点に着目し算出方法の違いが及ぼす影響を検証する。
方法 令和元(2019)年度の全国健康保険協会(以下,協会けんぽ)加入者(約4000万人)の診療明細情報の個票を用い,協会けんぽの公表資料に用いられている方法を含む7つの方法で都道府県別1人当たり医療費を算出し,比較検討する。
結果 期中での資格喪失への対処や算出基盤を月次にするか年次にするか等による影響は比較的軽微である一方,集計を支部ベースで行うか,居住地ベースで行うかが都道府県別1人当たり医療費に一定の差をもたらすことが確認された。支部ベースの算出では1人当たり医療費が千葉・神奈川・埼玉・滋賀等の大都市周辺地域では居住地ベースよりも高くなり,逆に東京・大阪等では低くなる傾向が観察された。支部ベースか居住地ベースかで1人当たり医療費の順位にも変動がみられた。費目別の集計では,この支部ベースと居住地ベースの違いは外来において相対的に大きかった。これらの算出方法間の違いは,性・年齢調整を行うと縮小することが確認されたが,東京周辺地域など大都市圏では違いが残った。
結論 都道府県別の1人当たり医療費の分析に際しては,算出方法による差異は限定的であることが確認できたが,費目別では外来医療,地域別では東京周辺地域など大都市圏に関しては算出方法による差異に注意が必要である。保険者の観点からは,その管理目的に照らして支部ベースでの算出値は一定の意義を有するが,医療費の地域差の解明を目的とした分析には居住地ベースのデータを用いることが最善である。何らかの理由で地域差の解明のために支部ベースの算出値を用いる場合には,次善の策として,居住地ベースとの差が縮小するよう,性・年齢調整を行ったデータを使用することが推奨される。
キーワード 協会けんぽ,診療報酬明細情報,1人当たり医療費,医療費の地域差,性別・年齢階級による調整
第71巻第5号 2024年5月 都市高齢者の被援助志向性の関連要因-地域活動への参加とソーシャルサポートネットワークに着目して-澤岡 詩野(サワオカ シノ) 渡邉 大輔(ワタナベ ダイスケ) 中島 民恵子(ナカシマ タエコ) 大上 真一(オオガミ シンイチ) |
目的 都市高齢者の地域活動とソーシャルサポートネットワーク,被援助志向性の関連を明らかにすることを目的とした。
方法 神奈川県横浜市において住民基本台帳より無作為に抽出された介護認定を受けていない65歳以上の市民から,2013年のベースライン調査において有効回答した人を対象に,2019年10月に郵送法による自記式のアンケート調査を行った。このうち,分析に用いる変数に欠損がない794人を対象に分析を行った。被援助志向性を明らかにするために,援助志向性を構成する2つの因子「援助に対する欲求」と「援助に対する抵抗感」それぞれについて,2つの援助要請対象「身近な他者」と「公的な他者」に関する4つの質問項目に対し5件法で尋ねた。
結果 ①男性ではお祭り・行事に参加している人で「身近な他者」からの「援助に対する抵抗感」が高いこと,②加えて受領可能と認識する手段的サポートネットワークの種類が多い人で「公的な他者」からの「援助に対する抵抗感」が高いこと,③女性ではこれらの関連は認められないことが示された。
結論 援助拒否の抑止を考えるうえで,被援助志向性に影響を与える要因は男女で異なり,援助を受けることへの欲求と抵抗という相反する感情が内在する高齢者の存在を前提にした早い段階での働きかけが求められている。
キーワード 地域活動,ソーシャルサポートネットワーク,被援助志向性,都市高齢者
第71巻第5号 2024年5月 高年齢介護職員の人材育成と
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目的 本研究の目的は,高年齢介護職員の人材育成と職務能力の向上,職務満足の関係を検証することである。特に,①OJTやOff-JTの人材育成と職務能力の向上の関係,②職務能力の向上と職務満足の関係,③OJTやOff-JTの人材育成が職務能力の向上を通じて与える職務満足への間接効果を検証する。
方法 公益財団法人介護労働安定センターが実施した「令和元年度介護労働実態調査」の労働者調査の個票データを用いて,その中から分析で使用した各変数に欠損値がなかった訪問介護や施設介護,通所介護等で働く55歳以上の介護職員2,176人を分析対象とした。本分析においては,OJTとOff-JTの人材育成,職務能力の向上,職務満足などの主な変数を使用して,最小二乗法(OLS)による重回帰分析とSPSSのPROCESS Macroを用いた媒介分析を実施した。
結果 重回帰分析の結果,OJTとOff-JTはともに,職務能力の向上との間に有意な正の関係がみられた。また,職務能力の向上と職務満足の間には,有意な正の関係が確認できた。さらに,媒介分析の結果,OJTとOff-JTはともに,職務能力の向上を通して高年齢介護職員の職務満足に有意な正の間接効果を与えていることが確認できた。
結論 OJTやOff-JTの両方の人材育成は,高年齢介護職員においても,職務能力を高める有効な人的資源管理の取り組みとなっていると考えられる。また,高年齢介護職員が意欲を持っていきいきと働く上で,OJTやOff-JTの人材育成を実施することや,人材育成によって職務能力を向上させることが重要だといえる。
キーワード 高年齢介護職員,人材育成,OJT,Off-JT,職務能力の向上,職務満足
第71巻第4号 2024年4月 首都圏の未就学児の母親における
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目的 日本は他国と比較して産後ケアの未普及と,産後ケア施設の利用率の低さが課題である。本研究の目的は,未就学児を育児中の母親における産後ケア施設利用の実態と要因を明らかにすることである。
方法 研究デザインは量的横断的研究であり,2022年4~9月に未就学児の母親を対象として,無記名の自己記入式質問紙調査を実施した。保育園4施設の施設長の紹介を得て調査票を配布し,留め置き法またはオンラインで回収した。調査内容は属性,産後ケア施設の利用状況,産後の身体的・精神的・経済的状況,産後の支援ニーズであり,第1子出産時の状況を想起してもらい回答を求めた。分析はSPSS ver25を使用し,t検定,χ2検定またはフィッシャーの正確確率検定,二項ロジスティック回帰分析を用いて検討した。
結果 対象者150名に調査票を配布し,132部(回収率88.0%)を回収し,130名から有効回答を得た(有効回答率86.7%)。未就学児の母親における産後ケア施設の利用者の割合は14.6%であり,主な利用理由は産後の支援者欠如,休息の必要性,育児不安であった。産後ケア施設利用は,年齢(オッズ比(OR)=1.2,95%信賴区間(CI)=1.05-1.37,p=0.008),里帰りによる母の支援(OR=0.1,95%CI=0.02-0.44,p=0.003)が有意に関連していた。
結論 産後ケア施設の利用要因は,母親が高年齢であることと,産後に里帰りによる母の支援がない場合であることが明らかとなった。首都圏の母親に対する産後ケア施設の利用推奨や社会資源の情報提供といった積極的介入が必要であることが示唆された。
キーワード 未就学児,母親,産後ケア,ロジスティック回帰分析
第71巻第4号 2024年4月 主任介護支援専門員による
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目的 本研究では,居宅介護支援事業所(以下,事業所)の主任介護支援専門員による地域の介護支援専門員への支援に着目し,支援の重要性の認識の度合い(重要度)と,実行している度合い(実行度)を比較し,それらの差異を構造的に分析することにより,支援の現状を明らかにすることを目的とした。
方法 福岡県の事業所のうち,特定事業所加算Ⅰ~Ⅲを算定している526件を抽出し,そこに所属する管理者を調査対象とした。調査方法は無記名自記式質問紙を用いた郵送調査とし,有効回答数は276件(回収率52.5%)であった。分析は地域の介護支援専門員への支援に関する13項目の重要度と実行度について点数化を行い,平均値と標準偏差を求めた。さらに,重要度と実行度の平均値について相関係数を推定し,散布図により両者の関係を考察した。分析に際してはMicrosoft Excelを使用した。
結果 重要度の平均値は「事例検討会の開催」が3.33と最も高く,次いで「研修会の開催」が3.27と高い値を示した。一方,実行度の平均値は重要度と同様に「事例検討会の開催」が2.76と最も高く,次いで「研修会の開催」が2.44と高値を示していた。平均値の範囲は,重要度が2.66~3.33,実行度が1.58~2.76であった。また,13項目の重要度と実行度の平均値をプロットしたところ,「重要度・実行度がともに高いグループ」「重要度・実行度がともに低いグループ」の2つのグループに分けられた。相関係数は0.92であり,両者の間にはかなり強い相関関係が認められた(P<0.001)。
結論 重要度の平均値は2.66~3.33の範囲,実行度の平均値は1.58~2.76の範囲に広がり,両者の間には相関係数0.92という相関関係が認められ,重要度の値は実行度の値と密接にかかわっていることが示された。また,「重要度・実行度がともに高いグループ」では「事例検討会の開催」「研修会の開催」が特に高い値を示していた。2018年度の介護報酬改定により他の法人が運営する事業所と共同で事例検討会・研修会を開催することが特定事業所加算の算定要件となっており,それによって地域の介護支援専門員への支援に関する活動が促進されたことが示唆された。
キーワード 居宅介護支援事業所,地域,主任介護支援専門員,介護支援専門員への支援,重要度,実行度
第71巻第4号 2024年4月 特別養護老人ホームの看取りケアマネジメント
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目的 特別養護老人ホーム(以下,特養)における看取りケアへのニーズは,ますます大きくなっている。これまでの特養の看取りケア研究では,担い手としての看護職や介護職に着目されてきたが,本人の意思を中心とした多職種協働ケアが求められる中,調整機能に着目する必要がある。本研究は,特養の看取りケアの調整機能における施設ケアマネジャーの役割を明らかにすることを目的とした。
方法 全国の特養全数7,765カ所から,3,000カ所を無作為抽出して対象とした。施設長経由で,計画担当介護支援専門員1人に自記式質問紙調査を依頼し,2022年12月末に郵送で回収した。回答者の属性,所属施設の属性,看取りケアマネジメントでの役割(ケアプラン変更,不安や思いを聴く,状態を説明する,医師への連絡など6項目),入居者や家族との将来の最期の迎え方に関する対話の程度を質問した。所属機関の倫理審査承認後,調査を行った。
結果 回収数は711通(23.7%),うち回答の研究利用に同意しない20通と看取りケアプランを作成したことがない93通を除き598通を分析対象とした。回答者の基礎資格は介護福祉士86.8%,社会福祉士18.9%であった。ケアプラン作成業務を専任で担当しているのは52.2%であった。看取りケアマネジメントで「自分が主に担当」する項目は,「ケアプラン変更」が74.7%,「家族の不安や思いを聴く」は30.9%,「状態を予測して家族に説明」は18.2%,「入居者の不安や思いを聴く」は16.6%,「状態を予測して入居者に説明」は14.0%となった。今後の状態を予測して入居者や家族に説明することを自分が主に担当する人ほど入居者本人や家族との将来の対話の割合が有意に高くなっていた。
結論 特養のケアマネジャーの看取りケアマネジメントは,「ケアプラン変更」以外は他職と分担して行われることが多かった。看取りにおけるケアマネジメントは多職種協働で行われており,施設内での職種間の情報収集と共有方法の質に着目した看取りケア評価が必要と考える。
キーワード 特別養護老人ホーム,ケアマネジメント,看取りケア,人生の最期に関する事前対話
第71巻第4号 2024年4月 地域在住高齢者のその後の累積介護費は直線的に増加するのか-フレイル,要支援・要介護リスク評価尺度を用いたJAGES9年間の追跡調査より-渡邉 良太(ワタナベ リョウタ) 斉藤 雅茂(サイトウ マサシゲ) |
目的 内閣府は成果連動型民間委託契約方式の重点分野として介護領域を挙げているが,その財政評価方法が課題となっている。介護予防により抑制される累積介護費が直線的に増えるとすると,事業期間は短期でもよいが,指数関数的に増える場合,短期間では過小評価となる。本稿では,財政評価を行う際の妥当な追跡期間を検討するために,フレイル該当有無,要支援・要介護リスク評価尺度高低によるその後の累積介護費の差が直線的に増加するのか追跡期間別に検証する。
方法 日本老年学的評価研究(JAGES)の2010年度の3県5市町の要介護認定を受けていない高齢者を対象とした自記式郵送調査の一部をベースラインとした。有効回答者21,614人の2019年12月までの9年間(108カ月間)の1人当たりの累積介護費を介護保険給付実績情報に基づいて算出した。ベースライン時点のフレイル(7点以下を非該当,8点以上を該当),要支援・要介護リスク評価尺度(16点以下を低群,17点以上を高群)は,基本チェックリストおよび性,年齢を用いて評価した。累積介護費を追跡期間別に記述し,フレイル該当有無,要支援・要介護リスク評価尺度高低群間の差および1年目の差に対する倍率を算出した。なお,追跡期間中の死亡者(5,108人)に限定することで「生涯介護費」についても分析した。
結果 ベースライン時点のフレイル該当者は4,299人(19.6%),要支援・要介護リスク評価尺度高群は6,051人(28.0%)であった。フレイル該当有無群間の1人当たりの累積介護費の差は1年後を1.0倍(1.2万円)とすると,3年後には11.8倍(14.0万円),6年後には46.4倍(55.4万円),9年後には86.5倍(103.2万円)になった。同様に,要支援・要介護リスク評価尺度高低の差は1年後を1.0倍(1.3万円)とすると,3年後は13.7倍(18.1万円),6年後には56.8倍(75.1万円),9年後には115.1倍(152.0万円)になった。追跡期間中の死亡者に限定した生涯介護費としてもフレイル該当者,要支援・要介護リスク評価尺度高群では,全対象者と同様に累積介護費が高かった。
結論 ベースライン時点でのフレイル該当有無,要支援・要介護リスク評価尺度高低によるその後の累積介護費の差は追跡期間が長くなるほど大きくなり,1年後を基準とすると9年後には86~115倍もの差があった。直線的な関係ではないため,短期間で差をみることは相当の過小評価となりえる。財政評価には適切な追跡期間を設定する必要が示唆された。
キーワード 成果連動型民間委託契約方式,介護保険,介護予防
第71巻第4号 2024年4月 住民主体の通いの場における運営母体による
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目的 高齢者が通いの場での活動を継続するためには,行政や専門職が行う「継続支援」が不可欠である。厚生労働省は通いの場を,だれが(運営)×どこで(場所)×なにを(活動)という観点で類型化しているが,運営母体が異なれば活動で抱える課題や必要な支援も異なると考えられる。本研究の目的は,住民主体の通いの場における運営母体による課題認識の差異を明らかにして有効な継続支援方法を検討すること,また前記の検討を深めるため運営母体によるソーシャル・キャピタル(SC)認知の差異を明らかにすることとした。
方法 2018年に島しょ部を除く東京都内53区市町村の担当者を通じて通いの場活動を行う自主グループへ自記式質問紙調査への協力を依頼し,40区市町の155グループ2,367名より回答を得た。運営母体は,厚生労働省の類型をもとに,住民団体(地縁),住民団体(ボランティア),住民個人(行政養成),住民個人(有志),行政・医療介護専門職の5つに分類した。通いの場における課題は,参加者の不足など10種類からあてはまるものを選択させた。SCは,集合的効力感を構成する概念である,近隣に対する信頼を示す社会的凝集性と,共有された期待を示す私的社会統制を尋ねた。運営母体による課題認識の差異をχ2検定および残差分析で,SC認知の差異を性と年齢を調整した共分散分析で検討した。
結果 分析対象は運営母体に欠損のない153グループ2,342名(男性14.0%,平均年齢76.9歳)で,運営母体の内訳は,住民団体(地縁)27グループ,住民団体(ボランティア)22グループ,住民個人(行政養成)49グループ,住民個人(有志)33グループ,行政・医療介護専門職22グループだった。課題認識者の割合は,「参加者の不足」が住民団体(地縁)で多く(18.5%),住民個人(行政養成)で少なく(9.9%),「場所の確保」が住民団体(ボランティア)と行政・医療介護専門職で多く(それぞれ16.9%,15.3%),住民団体(地縁)で少なく(5.0%),「グループ内の人間関係」が住民団体(ボランティア)で多かった(9.5%)。社会的凝集性,私的社会統制ともに,住民団体(地縁)に所属する者はそれ以外に所属する者より有意に得点が高かった(すべてp<0.001)。
結論 運営母体により活動時の課題認識は異なり,必要とされている継続支援も異なることが明らかとなった。また,SCも考慮に入れながら支援を行うことで効果的な支援となる可能性が考えられた。
キーワード 地域づくりによる介護予防,住民主体の通いの場,運営母体,課題,ソーシャル・キャピタル
第71巻第3号 2024年3月 児童虐待の社会的背景に関する実証研究-都道府県レベルにおけるリスク因子に着目して-張 詩琪(チョウ シキ) |
目的 本研究では都道府県レベルにおける児童虐待の社会的要因を解明し,今後の児童虐待予防対策への示唆を得ることを目的とする。
方法 都道府県別の児童虐待率,人口・世帯,経済,女性の労働,生活時間,ソーシャルサポートに関する統計データを利用し,因子分析,重回帰分析,構造方程式モデリング(SEM)を用いて分析した。
結果 因子分析の結果,「都道府県の都市化」「都道府県の性別役割分業体制」「都道府県の経済的課題」という3つの因子が抽出された。都道府県別における妻の就職率,妻の家事時間,核家族の割合,専業主婦の割合から構成された「都道府県の性別役割分業体制」が強いほど,児童虐待率が高い。都道府県における民生委員・児童委員1人当たりの相談・支援件数が多いほど,児童虐待率が低い。また,「都道府県の都市化」が進んでいるほど,「都道府県の性別役割分業体制」が強い。同時に民生委員・児童委員1人当たり相談・支援件数が少なくなり,児童虐待率が高いという間接的効果が認められた。
結論 標準的な家庭を前提とした労働,社会保障制度,性別役割分業を維持する社会構造はストレスになる可能性があり,ジェンダー平等な子育て支援,働き方改革,社会政策が求められる。つながりの希薄化と地域からの孤立の問題に関して,地域におけるソーシャルキャピタルの充実,地域の絆の再生をめぐる地域レベルの児童虐待予防対策が必要である。
キーワード 児童虐待,社会的背景,都道府県レベル,性別役割分業体制
第71巻第3号 2024年3月 周産期における救急搬送先選定困難事案の
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目的 わが国の周産期医療提供体制は,比較的小規模な多数の分娩施設が分散的に分娩を担うという特徴を有している。総合母子周産期医療センターを中心とし,地域母子周産期医療センター,主に低リスク分娩を扱う一次分娩施設(一般病院,有床診療所(以下,診療所),助産所)が連携しあい,地域の周産期医療を担うという体制をとっている。その中でも,周産期医療提供体制を構築する上では,母子周産期医療センター(以下,周産期センター)が中心となり,24時間対応できる救急医療体制が求められている。しかし地方都市では,主にローリスク分娩を担っていた産科診療所の自然減により,周産期センターにハイリスク分娩だけでなく,ローリスク分娩も集中している。このことにより周産期センターへの負担が増え,救急搬送先選定困難事案(以下,選定困難事案)が発生している可能性がある。そこで診療所での分娩割合と選定困難事案の発生割合には負の相関がある(診療所での分娩割合が多いと,選定困難事案の発生割合が少ない)という仮説を立て,本研究を行った。
方法 2016年から2020年までの5年間に消防庁が実施した「救急搬送における医療機関の受入れ状況等実態調査の結果」に基づき,一般住民から通報される救急要請における周産期救急搬送の現状を分析した都道府県レベルのエコロジカル研究を行った。アウトカムを選定困難事案の発生割合とし,診療所での分娩割合と関連をみるために重回帰分析を行った。調整変数として,15~49歳の女性人口割合,周産期センター数,MFICUとNICUの病床数を調整した。
結果 重回帰分析の結果,選定困難事案の発生割合と15~49歳の女性人口の割合には有意な正の関連(回帰係数=0.63,p<0.01),診療所での分娩割合には有意な負の関連(回帰係数=-0.05,p=0.02)を認めた。
結論 本研究では,選定困難事案の発生割合と診療所での分娩割合の関連をみた結果,負の関連を認めた。周産期救急搬送体制の中で,周産期センターが中心的な役割を果たさなければならないため,平時から周産期センターが受け入れをしやすい体制を整えていく必要がある。その解決策として,既存の診療所を利用することも有用かもしれない。
キーワード 周産期救急搬送,救急搬送先選定困難事案,診療所での分娩割合
第71巻第3号 2024年3月 障害福祉サービスにおけるピアサポーターの雇用に関する課題-ピアサポーターを雇用した経験がない事業所を対象とした質問紙調査の内容分析-横山 和樹(ヨコヤマ カズキ) 小川 賢一(オガワ ケンイチ) 小笠原 啓人(オガサワラ ヒロト) 小笠原 那奈(オガサワラ ナナ) 窪田 優美菜(クボタ ユミナ) 木村 智之(キムラ トモユキ) 中島 邦宏(ナカジマ クニヒロ) 稲垣 麻里子(イナガキ マリコ) 矢部 滋也(ヤベ シゲヤ) |
目的 令和3年度の障害福祉サービス等の報酬改定において,ピアサポート体制加算・ピアサポート実施加算が新設され,今後は自身の障害の経験を生かして同様の障害を持つ人をサポートするピアサポーターの活躍が期待される。本研究では,これらの加算の対象である障害福祉サービス事業所のうち,ピアサポーターを雇用した経験がない事業所におけるピアサポーターの雇用に関する課題を明らかにすることを目的とした。
方法 2022年2月から9月に郵送法による質問紙調査を実施した。対象施設は,北海道内のピアサポート体制加算・ピアサポート実施加算の対象のうち,ピアサポーターを雇用した経験がない事業所とし,20歳以上の代表者に調査を依頼した。調査項目は,事業所の基本属性(選択形式),ピアサポーターの雇用に関する課題(自由記述)で構成した。データ分析は内容分析を用いて,ピアサポーターの雇用に関する課題についての同一記録単位および類似する同一記録単位をまとめたカテゴリーを作成し,ピアサポート体制加算対象施設およびピアサポート実施加算対象施設ごとに全体に対する割合を求めた。
結果 返答があった343事業所のうち,ピアサポーターを雇用した経験がない事業所は308事業所(89.8%)であった。ピアサポーターの雇用に関する課題についての7つのカテゴリーが得られ,多い順に[ピアサポーターの理解と必要性の不足][事業所の人員や業務内容から生じる問題][ピアサポーターに出会えていない状況][ピアサポーターの雇用に関わる費用負担の大きさ][地域の実情に基づく制約][ピアサポーターの就業と生活のスキルに対する不安][雇用以外の手段でのピアサポートの活用]であった。
結論 ピアサポーターを雇用した経験がない事業所は全回答数の9割程度であり,雇用が定着しているとは言い難い現状が明らかになった。事業所の多くは,ピアサポ―ターそのものや雇用に向けた制度等の知識が不足していた。また,事業所の人員不足や業務内容の問題により,ピアサポーターの雇用まで手が回らず,ピアサポーターとの協働を負担と捉える場合もあった。一方で,ピアサポーターに出会えていない等の回答もあり,地域の関連機関が連携することによって,ピアサポーターの雇用が実現する可能性もあった。以上より,ピアサポーターに関する正しい知識と実践の普及啓発,ピアサポーターの雇用に向けた組織間の連携などが課題となることが示唆された。
キーワード ピアサポーター,ピアスタッフ,ピアサポート体制加算,ピアサポート実施加算,就労支援,障害者雇用
第71巻第3号 2024年3月 就労系障害福祉サービスの利用決定で用いられる
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目的 就労アセスメントの制度にかかる課題を明らかにするため,本研究では就労アセスメントを用いた支給決定に携わる市区町村の課題に基づく類型化を試みることを目的とした。
方法 全国の市区町村1,741カ所の就労アセスメントの支給決定に携わる職員に対して,2022年10月14日~11月4日の期間でオンライン調査を実施した。調査票は,市区町村の人口,就労アセスメントの実施に関して認識している課題,就労アセスメントの結果を支給決定等に活用する上での対策の必要性,就労アセスメントの結果を支給決定に活用する上での対策について問う項目から構成される。回答のあった464カ所の市区町村のデータを分析に用いた。市区町村の人口分類,課題の有無,対策の必要性,具体的な対策の実施状況を変数とした階層的クラスター分析を実施した。また,各クラスターの特徴を把握するために,χ2検定を実施した。
結果 クラスター分析を実施し,解釈可能性を基準に,最終的に4クラスターが適切と判断した。次にχ2検定により得られた各クラスターにおける回答市区町村数の有意な差から,各クラスター「課題未発生(小規模)」「対策未実施」「対策実施」「課題未認識(大規模)」と命名した。
結論 本研究では,市区町村は4つの類型に分類することができた。この類型化により,就労アセスメントに関する課題が「どのようなもの」であり,この課題を改善するために「どのような改善」が想定されるかを示すことができた。就労アセスメントに関する課題として,何をどのように改善するのかの具体的なイメージを持てておらず改善が後手に回っている状況,何らかの課題が存在するが不十分な実施や形骸化も含めて手続きにおいて課題を認識していない状況が明らかになった。また,対策として,結果を利用者の進路に役立てるための多機関連携を意識した取り組みが行われている状況が明らかになった。以上より,この市区町村の類型化は,個々の市区町村の置かれている状況の違いを前提とした,様々な改善に向けたアプローチを提案する際の参考資料となると結論づけた。
キーワード 就労アセスメント,就労選択支援,就労継続支援B型事業所,多機関連携,社会参加
第71巻第2号 2024年2月 児童相談所児童福祉司と地域の
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目的 児童虐待の相談件数が増加する中,児童相談所児童福祉司(以下,児童福祉司)の機能強化が求められる一方で,児童虐待対応における市町村の役割は拡大し,児童福祉司と地域の関係機関との連携の重要性が高まっている。本研究の目的は,児童福祉司および地域の関係機関で構成される要保護児童対策地域協議会(以下,要対協)それぞれの立場からみた連携の困難感や現状,影響する要因を明らかにし,連携を促進する方策を検討することである。
方法 A県で協力の同意が得られた児童福祉司および要対協の構成員を対象に質問紙調査を実施した。連携困難感尺度および顔の見える連携尺度を用い,関係機関による困難感の違い,顔の見える連携の現状と年齢,経験年数,保持資格,多職種連携研修の経験との関連を分析した。
結果 分析対象者は児童福祉司42名,要対協58名だった。連携困難感尺度の結果,児童福祉司は市町村窓口や児童養護施設等よりも教育機関に対する困難感が有意に高いことがわかった。また,顔の見える連携尺度では,児童福祉司は要対協よりも情報共有に関する項目の得点が有意に高かった。また,資格や多職種連携研修の経験がある方がないよりも「地域のリソース(資源)が具体的にわかる」の項目で有意に得点が高かった。
結論 資格や多職種連携研修の経験が連携の入口において重要であることが示唆された。海外では児童虐待に特化した多職種連携教育(Inter Professional Education,IPE)が進んでいるが,本邦では関連職種の多様性等からIPEが行われていない実情がある。今後,保健医療福祉分野にとどまらず,心理,教育,司法などを含めた児童虐待に関連するIPEが推進され,意思決定において不一致を排除しない価値に基づく実践の考え方にそった専門職連携実践(Inter Professional Work,IPW)が浸透していくことが重要である。
キーワード 児童相談所児童福祉司,要保護児童対策地域協議会,連携,多職種連携教育(IPE)
第71巻第2号 2024年2月 墨田区保健所における保育園サーベイランスの活用
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目的 墨田区では2013年度に保育園サーベイランスシステムを区内すべての保育園において導入した。本研究では,導入後約9年間の保育園サーベイランスの活用状況について分析した。
方法 保育園では,毎日,症状,疾患診断別の欠席者数,また,保育中の発症についてシステム入力が行われる。入力情報は保健所,保育主管課,園医等で参照され,感染症の発生状況が関係者に伝達されるとともに日常的な指導等にも活用されている。2013年8月より2022年12月までを分析期間とし,評価の要素は,探知経路,対応方法,対応内容,疾患・症状,各保育園での通算対応回数,探知事例の患者数とした。新型コロナウイルス感染症に関しては,2020年以降の分析期間中,一例発生ごとに保育園から保健所に報告され,他の感染症とは扱いが異なるため検討の対象から除外した。
結果 保育園で発生した感染症の探知件数は,2014年度が最も多く,次いで2022年度が多かった。このうち,保育園サーベイランスで探知された割合は,2020年度を除き47~88%であった。対応方法として2013年度から2020年度までは訪問の割合は少なかったが,2021,2022年度は訪問の割合(それぞれ32%,18%)が増加した。対応内容は発生状況確認が最も多かった。疾患ではインフルエンザ,感染性胃腸炎,症状では嘔吐,下痢,発熱が多かった。全期間で対応を要する回数が10回以上であった保育園は全体の24%にみられた。探知事例の患者数は10人が最頻値であった。最大患者数56人の事例は2022年度に発生し,患者数が24人を超える事例は,すべて2022年度に発生していた。
結論 保育園サーベイランスで探知された割合は高く,これは保育園で流行が探知され保健所に連絡されるよりも先に,保健所が対応していることを意味している。症状と疾患の両面からサーベイランスを行い感染症の発生状況をモニタリングする症候群サーベイランスのアプローチが感染症の早期探知には有用である。2022年度は新型コロナウイルス感染症の流行が大きくなり,その対応が優先されたことから保育園サーベイランスによる探知,介入が遅れた可能性がある。保健所における保育園サーベイランスの活用の評価は厳密な意味では困難であるが,2022年度の集団発生の多さや,規模の大きさは逆説的に保健所における保育園サーベイランスによる早期探知,早期介入がいかに重要であるかを示していると考えられた。
キーワード 症候群サーベイランス,感染症,早期探知,集団感染,保育園児
第71巻第2号 2024年2月 健康寿命の延伸と健康づくり事業実施量との関係性-基礎自治体を対象とする生態学的研究-友澤 里穂(トモザワ リホ) 細川 陸也(ホソカワ リクヤ) |
目的 健康寿命の地域差を説明する要因として,基礎自治体(市区町村)の健康づくり事業の取り組み状況の差異については十分に検討されていない。本研究では,健康寿命の経年的な変化量と健康づくり事業の事業実施量との関連性について検討した。
方法 全国1,726カ所の基礎自治体を分析対象とする生態学的研究を実施した。2015年から2020年まで6年間分の男女別の65歳時健康寿命(要介護2以上を不健康期間とする「日常生活動作が自立している期間の平均」)を用いて,分散の逆数を重みとする重み付き線形回帰直線を自治体ごとに算出した。この回帰直線の傾きを健康寿命の変化量として目的変数とし,健康づくり事業(特定健診・特定保健指導・介護予防普及啓発事業・介護予防活動支援事業)の事業実施量を説明変数,2015年時健康寿命と自治体の特徴(75歳以上人口割合・可住地人口密度・1人当たり課税対象所得額)を調整変数とする重回帰分析を実施した。
結果 全国の健康寿命の変化量は,男性で0.118(標準誤差(SE)=0.001,p<0.001),女性で0.104(SE=0.001,p<0.001)であった。また分析対象の自治体ごとに算定したところ,男性の健康寿命の変化量が正であった自治体は82.7%,女性の健康寿命の変化量が正であった自治体は77.6%であった。重回帰分析の結果では,男性では特定健診(標準化回帰係数(β)=0.132,p<0.001),特定保健指導(β=0.096,p<0.001)の事業実施量が健康寿命の変化量と正の関連を示し,女性では健康寿命の変化量と特定保健指導(β=0.097,p<0.001),介護予防活動支援事業(β=0.045,p=0.033)の事業実施量が正の関連を,介護予防普及啓発事業(β=-0.059,p=0.005)の事業実施量が負の関連を示した。
結論 男性では特定健診・特定保健指導,女性では特定保健指導・介護予防活動支援事業の事業実施量が多い自治体ほど健康寿命の延伸量も大きく,自治体の事業実施量の差異が健康寿命の延伸に関連している可能性が示唆された。しかし,その説明力は小さく,これら事業により健康寿命の延伸を達成するには,一定の事業実施量を確保していく必要があると考えられる。事業の質・過程などを考慮したさらなる分析が期待される。
キーワード 健康寿命,日常生活動作が自立している期間の平均,健康づくり事業,自治体
第71巻第2号 2024年2月 日本の高等教育機関における
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目的 研究の目的は,日本の高等教育機関におけるスクールソーシャルワーカー(SSWer)養成の全国実態を明らかにすることである。
方法 調査は,一般社団法人日本ソーシャルワーク教育学校連盟より「スクール(学校)ソーシャルワーク教育課程認定事業」の認定を受けている63の養成校を対象に実施した。調査票は,29の養成校から回答を得た。回収率は46%であった。調査項目として,①養成校の概要,②養成教育の概要,③実習内容の実施程度,④養成教育における難しさ,4つにまつわる項目を設定した。
結果 過去3年間の教育課程修了者数の中央値(四分位偏差,最小値-最大値)は,2019年度2(2,0-16)人,2020年度2(4,0-13)人,2021年度2(3,0-13)人であった。過去3年間の教育課程修了者のうちの新卒SSWer数では,2019年度0(0,0-3)人,2020年度0(0,0-5)人,2021年度0(0,0-4)人であった。実習生の就職可能な範囲の正規SSWerの求人の有無について,求人がある7校(24%),求人がない22校(76%)であった。実習先となる実習機関・施設の種別(複数回答)では,小学校14校(48%),中学校16校(55%),高等学校10校(34%),教育委員会22校(76%),その他11校(38%)であった。実習指導者の職種(複数回答)において,社会福祉士,精神保健福祉士の資格をもつSSWer26校(90%),元教員のSSWer8校(28%),その他3校(10%)であった。実習内容の実施程度の項目のなかで,中央値が4点の項目は,12項目中6項目,3点の項目が5項目,2点では1項目であった。養成教育における難しさは,実習先の少なさが自由記述に回答のあった23養成校のうちの9校であった。以降,実習調整の困難8校,実習内容の不十分さ7校とつづいた。実習以外の難しさでは,正規採用の少なさ8校であった。
結論 スクールソーシャルワーク(SSW)教育課程を選択する学生は少なく,新卒SSWerを輩出できていない実態が明らかとなった。また,養成教育の難しさにおいて,養成校の課題に加え,実習を受け入れる教育行政のSSWに関する認知度や正規採用の少なさなどの課題が存在した。今後,養成校と教育行政との協働により,SSW活用の重要性や養成教育を検討していく必要がある。
キーワード スクールソーシャルワーク(SSW),養成,教育課程,新卒スクールソーシャルワーカー(SSWer),全国実態
第71巻第1号 2024年1月 既婚女性の家事分担・就業に対する
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目的 本研究では,既婚女性の家事分担・就業に対する規範意識と現実の就業行動についての実証分析を行い,規範意識の実態と規範意識が現実の就業行動に与える影響を検証した。
方法 全国の核家族世帯に属する男女を対象に調査を行い,そこから得られたデータを使用し,単純集計,クロス集計,多項ロジスティック回帰による分析を行った。
結果 第1に,専業主婦の規範は,核家族においてほとんど共有されておらず,回答者の3割は,家事に支障がない範囲で,妻が働くのがよい(妻に対する消極的就業規範)と考えており,回答者の約6割は夫婦で家事を分担してでも,妻が働くのはよい(妻に対する積極的就業規範)と考えていた。第2に,家事に支障があるのであれば,夫と分担して,妻が働くのはよいという考えをもっているものの,実際には妻が専業主婦であるという回答者の割合が30.7%存在していた。この割合を男女別で分析すると,男性が26.7%,女性が33.9%であり,女性のほうが希望(意向)を満たされていなかった。第3に,妻の就業の形態の選択については,妻本人よりも夫の意向が反映されていた。
結論 回答者のほとんどは,妻の就業をよいと考えていた。しかし,そのような希望(意向)に反して,妻が専業主婦の地位にある回答者も一定数存在した。そして,妻の現実の就業選択においては,妻本人よりも夫の意向が反映されていた。これは,夫婦間のエンパワーメントにおけるジェンダー平等の観点からは,1つの問題提起とみなされるであろう。
キーワード 既婚女性の就業,家事分担,規範意識,ジェンダー平等
第71巻第1号 2024年1月 東京都世田谷区における新型コロナウイルス感染症の
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目的 東京都世田谷区における新型コロナウイルス感染症の積極的疫学調査から明らかになった主な感染経路は家庭内感染であった。本研究では,これまで報告がない東京都内の家庭内感染率と家庭内感染の発生に関わる要因を明らかにすることを目的とした。
方法 感染症法に基づいて実施された新型コロナウイルス感染症患者に対する積極的疫学調査で収集されたデータを用いた。従来株流行期である2020年12月とB.1.1.7系統(アルファ株)の流行期である2021年5月の初発患者から同居家族への家庭内感染率を算出した。また,初発患者の属性別の感染率とリスク比を算出し,年代別感染率と発症から診断までの日数について多変量解析を行った。
結果 初発患者における家庭内への感染率は従来株流行期が31.1%,アルファ株流行期は36.6%であった。初発患者の属性と家庭内感染の発生状況では,初発患者の年代,発症から診断までの日数,診断時の症状の有無,世帯人数,療養場所,流行株が家庭内感染の発生の有無と関連していた。多変量解析による結果からは,初発患者の年代では0~19歳に対して65歳以上でリスク比が1.59(95%信頼区間:1.19-2.14),発症から診断まで2日以内に対して3日以降でリスク比が1.52(95%信頼区間:1.30-1.77)で,それぞれ独立して家庭内感染の発生と関連していた。
結論 世田谷区の積極的疫学調査より,家庭内の初発患者が同居者に感染させる割合は,従来株31.1%,アルファ株36.6%であった。家庭内感染を起こした感染源群から同居家族への感染率が高い関連要因としては,感染源が65歳以上の高齢者であること,患者の発症から診断までの遅れが関連していた。
キーワード 新型コロナウイルス感染症,SARS-CoV-2,家庭内感染,積極的疫学調査,B.1.1.7系統(アルファ株)
第71巻第1号 2024年1月 大学生の朝食欠食と生活行動および経済状況との関連小島 里菜(コジマ リナ) 近藤 健太(コンドウ ケンタ) 大沢 舞美(オオサワ マイミ) |
目的 朝食欠食は将来の健康に影響する食行動の1つであるが,若者の朝食欠食率は高い状態が続いている。朝食欠食を減らす政策は行われているものの,改善はされていない。本研究の目的は朝食欠食が習慣化する可能性のある大学生の生活行動や経済状況と朝食欠食の関連を明らかにすることである。
方法 研究デザインは横断研究であり,データは全国大学生活協同組合連合会が実施した「第54回学生生活実態調査,2018」を二次利用した。分析は,記述統計量を算出し,朝食の有無と基本属性,大学生の生活行動,大学生の経済状況との関連についてχ2検定およびCochran-Armitageの傾向検定を実施した。さらに朝食の有無と大学生の生活行動,大学生の経済状況との関連は,性別,所属学部,学年,住まいを調整因子とし,最近1週間の登校日数,登校時刻,片道の通学時間,深夜食の有無,深夜食の食べた内容,1日のスマートフォン使用時間合計,1週間の勉強時間合計,現在アルバイトをしているか,現在奨学金を受給しているかをそれぞれ独立変数とし,朝食の有無を従属変数として多重ロジスティック回帰分析を行った。
結果 対象は18,555名(男性9,883名,女性8,672名),平均年齢は20.32±1.66歳であった。多重ロジスティック回帰分析を用いた結果,登校時刻では「9時以降」,深夜食の有無では「食べた」,深夜食の食べた内容では「常食」,現在アルバイトをしているかでは「している」,現在奨学金を受給しているかでは「受給している」の各項目で朝食欠食していると回答していた人のオッズ比が高かった。また,1週間の登校日数では,5日を基準とすると0~4日でオッズ比が高く,6,7日でオッズ比が低かった。さらに,片道の通学時間が短くなる,1日のスマートフォン使用時間合計が長くなると朝食欠食のオッズ比が高くなった。
結論 大学生の朝食欠食と生活行動および経済状況との関連を検討した結果,朝食欠食をする大学生は,登校日数が少ない,登校時刻が遅い,片道の通学時間が短い,深夜食を摂取している,深夜食の内容は常食を摂取している,1日のスマートフォン使用時間合計が長い,勉強時間が短い,アルバイトをしている,奨学金を受給しているといった特徴があることが明らかになった。大学生の朝食欠食率を下げるためには,経済状況を考慮すると同時に,スマートフォンの使用時間や,アルバイトを含む時間の使い方を見直す必要が示唆された。
キーワード 朝食,大学生,スマートフォン,アルバイト,横断研究
第71巻第1号 2024年1月 一地域における救急搬送自傷例の性・年齢階級
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目的 自殺未遂者には自殺企図再発のリスクが高いが,適切な支援を提供すればこのリスクを下げられる。そのためには警察・消防・救急医療機関・精神医療・地域保健福祉等の連携が重要である。連携体制の検討にあたり,自殺未遂が多発する季節・曜日・時間帯を知るために,119番通報があった自傷例の性・年齢階級別発生数,自傷行為手段と重症度の関連,季節・曜日・時間帯と自傷例発生数との関連を検討した。
方法 大分市で2018~2020年に発生した自傷例の資料を消防局から入手し,集計分析した。
結果 通報があった自傷例は同じ期間の自殺死亡者の2.4倍で,その1割は死亡しており,他方3分の1は搬送されず受診していなかった。未遂例には20歳代女性が多かった。不搬送未遂例には死亡例・重症事例と同様に致命率の高い自傷手段がみられ,かつ月曜の発生が多かった。これ以外は未遂例の発生に季節性や曜日による差が小さく,深夜の発生は少なかった。
結論 不搬送未遂例には救急搬送の必要がなくても,生きる上で深刻な問題を抱え「死ぬ意図」が強かった事例が含まれる可能性があるので,救急隊と地域保健福祉行政との連携の必要がなかったか検討する必要がある。地域保健福祉行政から退院前の未遂者に接触して支援を始めるとすれば,多発日を想定する必要はないが休日の対応体制が課題であり,救急医療機関や転院先と地域保健福祉行政との連携手順をはじめ,消防・警察・搬送先医療機関・地域保健福祉行政・精神科医療機関等が連携して未遂者を支援する体制を構築する必要がある。そのために,自殺企図に至る背景,精神科受療歴,搬送先での在院日数,退院後の転帰等について,医療機関ベースでの情報収集も必要である。
キーワード 自殺未遂,救急搬送,救急医療機関,重症度,自傷手段,地域保健福祉
第71巻第1号 2024年1月 医育機関に勤務する医師の
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目的 医師の偏在解消と労働環境の改善は喫緊の課題である。昨今,働き方改革関連法が成立し,医師の労働時間の上限規制が設けられた。病院で働く医師は,主たる従事先とは別に従たる従事先を有する場合がある。労働時間は主たる従事先と従たる従事先とで通算されるため,働き方改革により従たる従事先の就労環境に影響を与える可能性がある。医育機関は,教育の役割の他に地域医療の現場への医師供給の役割もあると考えられている。本研究では,病院または医育機関の医師の従たる従事先に関して実態を明らかにした。
方法 2018年の医師・歯科医師・薬剤師統計(3師統計)で病院に常勤し診療を主業務とする,臨床研修医を除いた医師(n=157,426)を対象とした。はじめに,対象者を医育機関の医師と医育機関以外の病院(以下,それ以外の病院)の医師とに分類し,従たる従事先を有する医師の属性や従たる従事先を保有する割合を比較した。次に全国の3次医療圏(都道府県単位)を各都道府県の医師確保計画にある医師偏在指標による分類に従って,医師多数県,医師中程度県,医師少数県の3つに分類し,主たる従事先と従たる従事先の医療圏に関して比較検討した。また,医師多数県の医育機関の医師が医師少数県を従たる従事先にした場合の主たる従事先と従たる従事先との都道府県の移動に関する図を作成した。
結果 従たる従事先を有する医師の割合は医育機関(44.9%)のほうがそれ以外の病院(11.5%)と比較して有意に高かった。主たる従事先が医師多数県で従たる従事先が医師少数県である医師の割合は,医育機関(17.1%)のほうがそれ以外の病院(9.8%)よりも高かった。医育機関の医師の従たる従事先が病院である割合はそれ以外の病院よりも高かった。すべての医師少数県は医師多数県に所在する医育機関の医師の従たる従事先であった。
結論 医育機関の医師は従たる従事先を有する割合がそれ以外の病院よりも高く,従たる従事先は病院である割合が高かった。医師多数県にある医育機関の医師は医師少数県を従たる従事先にすることで医師を供給する役割を担っていることが示唆された。
キーワード 医師偏在,医育機関,医師・歯科医師・薬剤師統計,医師届出票,従たる従事先
第70巻第15号 2023年12月 中高年住民における情報通信技術(ICT)
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目的 本研究では,情報通信技術(以下,ICT)機器による交流が,地域中高年住民の社会活動およびうつ傾向に与える影響を明らかにすることを目的とした。
方法 大阪府下2自治体の住民ボランティア927名を調査対象として,無記名自記式質問紙調査を実施した。調査項目は基本属性,所持ICT機器,所持ICT機器による交流,社会活動頻度,うつである。所持ICT機器による交流では,ICT機器による交流頻度と交流人数について把握した。社会活動頻度では,過去1年間の社会活動の頻度について把握した。うつについては,GDS5を用いて把握した。
結果 390名(42.1%)を有効回答とし,分析対象者とした。対象者の属性は,年齢は65歳未満の者が95名(24.4%),65~74歳の者が206名(52.8%),75歳以上の者が89名(22.8%)であった。性別は男性が125名(32.1%),女性が265名(67.9%)であった。所持ICT機器はフィーチャーフォンのみ群が39名(10.0%),スマートフォンのみ群が126名(32.3%),複数所持群が225名(57.7%)であった。ICT機器による交流が社会活動・うつに及ぼす影響を分析した結果,ICT機器による家族との交流頻度が高い群は低い群に比べ,うつのオッズ比が有意に低かった(オッズ比0.52,95%信頼区間=0.29-0.91,p=0.024)。ICT機器による交流人数が多い群は少ない群に比べ社会活動頻度のオッズ比が有意に高かった(オッズ比1.66,95%信頼区間=1.08-2.57,p=0.023)。また,ICT機器による交流人数が多い群は少ない群に比べ,うつのオッズ比が低い傾向がみられた(オッズ比0.58,95%信頼区間=0.33-1.00,p=0.051)。
結論 本研究では,中高年住民のICT機器による交流頻度が高いことおよびICT機器による交流人数が多いことは,うつの頻度を下げることに有効であることが示された。また,ICT機器による交流人数が多いことは,社会活動頻度を高めることが示唆された。
キーワード 情報通信技術(ICT)を利用した交流頻度,情報通信技術(ICT)を利用した交流人数,社会活動,うつ
第70巻第15号 2023年12月 健康保険組合における特定保健指導の実施率・改善率と
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目的 健康保険組合の共通評価指標のデータを用いて,被保険者の構成など被保険者の属性による影響を考慮したうえで,保険者による保健事業の実施状況および効果と,加入者全体の健康状態(内臓脂肪症候群該当者割合)との関係を明らかにすることを目的とした。
方法 第2期データヘルス計画の中間評価においてデータヘルス・ポータルサイトに共通の評価指標を入力した845組合を分析対象とした。共通の評価指標5指標のうち,特定保健指導実施率(実施率)および「特定保健指導による特定保健指導対象者の減少率」(改善率)の高低により組合を4群に分類し,4群間での内臓脂肪症候群該当者割合の違いを比較した。群間比較においては,共分散分析により加入者数の対数,被保険者の男性割合,被保険者の平均年齢,特定健康診査実施率を共変量として調整したうえで比較した。
結果 特定保健指導の実施率と改善率の間には有意な相関は認められなかった。実施率および改善率のそれぞれが高いほど内臓脂肪症候群該当者割合は有意に低い結果であった。
結論 実施率(量)を上げることと改善率(質)を上げることは独立の要素であり,内臓脂肪症候群該当者割合を減少させるためには,特定保健指導の実施率と改善率いずれも上げていくことの必要性が示唆された。
キーワード 内臓脂肪症候群,特定保健指導実施率,特定保健指導による特定保健指導対象者の減少率,共通評価指標,データヘルス
第70巻第15号 2023年12月 介護支援専門員の貧困観の構造
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目的 介護支援専門員の貧困の原因認識の構造と,その認識が経済的に問題のある利用者・家族に対する業務にどのような影響(困難感および支援への肯定的態度)を及ぼしているのか明らかにした。原因認識は先行研究に基づき「個人的」「社会的」「運命的」の3因子構造モデルを設定した。
方法 東京都区部の居宅支援事業所に対して調査協力の依頼を行い,協力意向を示した182事業所に属する全介護支援専門員457人を調査対象者とした。調査は2021年11月に自己式調査票を用いた郵送調査で行った。因子構造の妥当性は確認的因子分析で検証した。
結果 回収された調査票は397票で,回収率は86.9%であった。分析に有効な調査票は304票であった。貧困の原因認識は3因子構造が支持され,個人的原因認識の平均が最も高かった。原因認識の中で,社会的原因認識が困難感の増加に,個人的原因認識が支援への肯定的態度の減少に有意に影響していた。
結論 原因認識と業務への影響に関しては,まず現状の枠組みでは介護支援専門員は社会的原因を解決する手段が乏しいため,社会的原因認識が対応の困難感に影響したと考えられる。貧困の原因を個人的要因だと捉えた場合は,自己責任があると考え積極的な支援姿勢がそがれている可能性がある。そして,3つ目の要因である「運命的」要因が困難感や支援への肯定的態度に影響しなかった理由および貧困が社会構造の中で引き起こされていることが指摘されているなかで,個人的原因への支持が高いことについてはさらなる検証が必要である。
キーワード ケアマネジメント,貧困帰属,ミクロ・メゾ・マクロ,困難感,肯定的態度
第70巻第15号 2023年12月 新型コロナウイルス感染症の
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目的 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)第5波(2021年7~10月)以降は,療養解除基準期間経過後も症状悪化等により療養日数を延長した患者が散見された。静岡県熱海保健所管内は,従来から肥満や喫煙・糖尿病等の者が多く,健康課題とされてきた。そこで熱海保健所がもつCOVID-19患者の疫学調査表を用いて,療養期間延長の有無と肥満,喫煙状況や基礎疾患保有状況の関連を明らかにし,今後のCOVID-19重症化対策や生活習慣病対策推進のための知見を得ることを目的とした。
方法 静岡県熱海保健所管内で対応した第5波,第6波のCOVID-19患者の疫学調査表を用い,基準の療養期間延長の有無と患者のBody Mass Index(BMI)(㎏/㎡),喫煙状況,基礎疾患等との関連を分析した。分析は流行株の違いから第5波,第6波を分けて行い,χ2検定またはFisherの正確確率検定,ロジステック回帰分析を行った。
結果 療養期間延長ありの者は,第5波では91人(40.4%),第6波では242人(16.5%)であった。多変量調整の結果,療養期間延長の要因として挙げられた基礎疾患等の多変量調整オッズ比(95%信頼区間)は,第5波では肥満(BMI≧25.0㎏/㎡)2.34(1.20-4.56),第6波では,糖尿病あり2.40(1.51-3.81),やせ(BMI<18.5㎏/㎡)2.22(1.41-3.50),肥満2.08(1.50-2.88)が有意に高く,療養期間延長に影響を与えていた。一方,ワクチン接種との関連は,第5波,第6波いずれも2回以上接種で,それぞれ0.27(0.08-0.99),0.44(0.31-0.62)と有意に低く,療養期間延長の抑制要因であった。また,第6波において糖尿病とやせ,糖尿病と肥満を併存している者はそれぞれ5.18(1.20-22.40),5.68(3.01-10.70)とリスクがより高かった。
結論 COVID-19第5波においては肥満が,第6波においてはやせ,肥満,糖尿病の保有が療養期間延長の要因となり,いずれの波においてもワクチン接種が療養期間延長抑制に寄与していた。COVID-19重症化抑制のためにも,地域の従来の健康課題である肥満や糖尿病等の生活習慣病対策をより一層推進する必要がある。
キーワード 新型コロナウイルス感染症,療養期間,やせ,肥満,糖尿病,ワクチン接種
第70巻第13号 2023年11月 生活実態調査を用いた小・中学生の抑うつに関する分析-学校生活と子どもの抑うつとの関連に注目して-近藤 天之(コンドウ タカユキ) 加藤 承彦(カトウ ツグヒコ) 石塚 一枝(イシツカ カズエ) 阿部 彩(アベ アヤ)
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目的 わが国における子どもの抑うつ研究は,家庭関係という視点からの研究成果が蓄積されている一方で,子どもが多くの時間を過ごす学校に関連する要因に注目した研究は極めて少ない。本研究では東京都および広島県の子どもの生活実態調査を利用し,小学5年生および中学2年生の抑うつ症状の社会人口学的要因を明らかにするとともに,学校生活に関する調査項目と子どもの抑うつ症状との関連に焦点を当てて分析を行った。
方法 大規模調査である「子どもの生活実態調査」から作成した小学5年生とその保護者(n=16,350),中学2年生とその保護者(n=14,927)のデータセットデータを分析に使用した。抑うつの評価には,抑うつ自己評価尺度(DSRS-C)を用いた。分析では,子どもの抑うつに関する社会人口統計学的データを示した上で,学校生活を「友人関係」「教師との関係」「部活動」「学校の授業」の4つの側面に分け,それぞれの側面を表す変数と抑うつとのクロス分析を行い,関連性を検討した。
結果 小学5年生は全体の14%(男子13%,女子14%)が,中学2年生は全体の23%(男子20%,女子25%)が抑うつ群であるという結果となった。学校生活との関係について,「友人との交流が少ない」「いじめを受けた経験がある」「先生と会うことが楽しみでない」「部活動に参加していない」「部活動が楽しみでない」「学校の授業が楽しみでない」「授業理解度が低い」子どもについて,抑うつ群の割合が有意に高いという結果を示した。
結論 学校生活と抑うつの関係については,おおむね先行研究と一致する結果であったと確認できた。また,学校生活の中でも特に,友人との関係の悪さ・希薄さが抑うつと強い関連をもち,その傾向は男子より女子のほうが,小学5年生より中学2年生のほうがより顕著であることが示唆された。教師との関係についても,友人関係ほど強くないが子どもの抑うつに与える影響が示唆された。本研究の限界として,学校生活と抑うつとの関連を再確認できたものの,横断研究であるため因果推論が難しい。抑うつの時系列的な変化を観測し要因を特定するためには,コホート調査の実施が重要である。
キーワード 学校,抑うつ,小学生,中学生,思春期,子どもの生活実態調査
第70巻第13号 2023年11月 母子世帯における母親の身体的・精神的健康の現状-「2017年北海道ひとり親家庭生活実態調査」の二次分析-江 楠(コウ ナン) 鳥山 まどか(トリヤマ マドカ) |
目的 母子世帯の母親はひとりで経済的,仕事や子育てにおける葛藤を抱え,健康に問題が生じやすいと考えられる。母子世帯の母親の健康問題を明らかにすることは,子育て・就労・経済,また健康維持のための支援策の構築にとって意義がある。そこで本研究では,母子世帯の母親の身体的・精神的健康の現状を確認することを目的とした。
方法 「2017年北海道ひとり親家庭生活実態調査」のデータを用い,二次分析を行った。調査期間は平成29年8月1日~8月31日である。札幌市を除く北海道全域で児童扶養手当を受給しているひとり親世帯に質問紙を郵送し回収した。調査票は母子世帯へ3,995票配布し,有効回答票数は1,904票であった(回収率47.7%)。本研究は祖父母等と生計同一ではない母子世帯1,558を分析対象とした。調査項目のうち,「母親の年齢」,社会経済状況として,「就労」「家計状況」「貯金」「学歴」,身体的健康として,「母親の現在の健康状態等」,精神的健康として,「調査時点から過去1カ月の間の母親の心の状態」を用いた。母親の年齢と社会経済状況の項目ごとに,身体的・精神的健康をクロス集計により確認した。心理的ストレスK6得点の10点以上を精神的健康が不調とした。
結果 母子世帯の母親の年齢が高くなるほど,身体的健康に問題を抱えている割合が高かった。経済状況が厳しいほど,働いていない母親,また「中学卒業」と「高校中退」の母親の方が身体的健康に問題を抱えている割合が高く,K6得点が10点以上である割合が高い傾向にあった。2019年国民生活基礎調査における女性より,北海道の母子世帯の母親は身体的健康に問題を抱えている人がより多く,K6得点が高かった。とりわけ,北海道の母子世帯の母親は年齢層がより若い世帯,また社会経済状況と身体的・精神的健康がよりよい層においても,2019年国民生活基礎調査における女性と比べて,身体的健康に問題を抱え,精神的健康も不調の傾向がみられた。
結論 母子世帯における社会経済状況が不利な状況であり,かつ身体的・精神的健康が不調という困難が重なっている母親が一定数存在することを確認できた。ひとり親世帯に対する今後の施策では,母子世帯の母親へのより一層の健康のケアや子育て・就労・経済的支援の必要性がある。また,家族や友人によるソーシャルサポートや育児・家事サービスの利用によって,身体的な負担を軽減し,母親の精神的健康を維持する必要がある。
キーワード 北海道ひとり親生活実態調査,母子世帯,社会経済状況,身体的健康,精神的健康
第70巻第13号 2023年11月 COVID-19の影響下で乳幼児を育児する親における
草訳 彩乃(クサワケ アヤノ) 小池 琴音(コイケ コトネ) 小森 美玖(コモリ ミク) |
目的 COVID-19による生活の変化や制限は育児中の両親に,育児ストレスや心理的な不調といった弊害を生じさせている可能性がある。本研究の目的はCOVID-19の影響下で乳幼児を育児する親における育児ストレスの関連要因を明らかにすることである。
方法 研究デザインは量的横断的記述研究であり,2022年6~7月に自記式質問紙法を実施した。対象者は乳幼児を育児中の両親であり,調査内容は,性別,年齢,就業状況,既往疾患の有無,生殖器疾患の有無,1番下の子どもの年齢,子どもの人数などであった。分析は,因子分析,信頼性分析を実施の上,育児ストレスおよび精神健康度と属性およびCOVID-19によるストレス内容との関連をt検定,一元配置分散分析,重回帰分析を用いて分析した。
結果 調査票を1,030名に配布し,有効回答565部(有効回答率54.9%)を用いてデータ分析を行った。COVID-19の影響による育児ストレスがある人は67.8%であり,原因は「自由な行動の制限」「感染防止生活が続くこと」「マスクや手指消毒」等であった。育児ストレス尺度得点は,父親群29.1点,母親群40.3点であり,母親群は有意に高く育児ストレスが多かった(p<0.001)。精神健康度得点は,父親群1.6点,母親群3.0点であり,母親群は有意に高く精神的な健康の度合いが悪かった(p<0.001)。育児ストレスに対して父親群は「家事分担の増加」(p=0.001),「習い事の遅れ」(p=0.046)が有意に育児ストレスを及ぼす影響を与えており,母親群は「行動制限」(p=0.012),「世帯収入変化」(p=0.034),「旅行できない」(p=0.001),「基礎疾患」(p=0.016)が有意に育児ストレスを及ぼす影響を与えていた。精神健康度に対して父親群は「家事分担の増加」(p=0.003),「パートナーとの時間増加」(p=0.016)が有意に精神的な健康の度合いに悪影響を与え,母親群は「行動制限」(p=0.007),「世帯収入変化」(p=0.040),「子どもの基礎疾患」(p=0.042)が有意に精神的な健康の度合いに悪影響を与えていた。
結論 育児ストレスの関連要因として,父親は「家事分担の増加」「習い事の遅れ」であり,母親は「行動制限」「世帯収入変化」「旅行できない」「基礎疾患」と違いがあった。
キーワード COVID-19,乳幼児,両親,育児ストレス
第70巻第13号 2023年11月 育児中の母親の生活習慣と育児に関する
縞谷 絵理(シマタニ エリ) 斉藤 恵美子(サイトウ エミコ) |
目的 生活習慣病の発症には性差とライフステージが関連し,特に育児中の母親は,望ましい生活習慣の維持が難しいと報告されている。育児中の母親を対象とした健康増進のための支援は限られており,母親の生活習慣と情緒的支援,手段的支援などの関連を明らかにした研究はほとんどない。そこで,本研究では,母親の生活習慣と育児に関する情緒的支援,手段的支援の関連を明らかにすることを目的とした。
方法 関東圏内の保育所と幼稚園の合計10施設に子どもを通所・通園させている母親1,309人を対象に,2016年6~7月に無記名自記式質問紙調査を行った。生活習慣の測定には,日本語版健康増進ライフスタイルプロフィール(HPLP)を用い,育児に関する情緒的支援,手段的支援との関連を検討するため,年代,家族構成,子どもの人数,就業状況を調整変数として,強制投入法による重回帰分析を行った。
結果 485票(有効回答率37.1%)を分析対象とした。対象者は,30歳代が63.3%であり,HPLP得点の平均値は2.5点であった。育児に関する情緒的支援については,家事・育児の相談相手がいると回答した割合は95.3%であった。手段的支援では,夫の育児参加,子どもの体調不良時に子どもの世話をしてくれる存在,自分の体調不良や受診時に子どもの世話をしてくれる存在は,いずれも「時々している」「時々いる」と回答した割合が50.1%,47.0%,51.5%と最も多かった。重回帰分析の結果,HPLP得点には,育児ストレスが少ないこと(β=-0.18,p<0.001),育児不安が少ないこと(β=-0.13,p=0.006),家事・育児の相談相手がいること(β=0.23,p<0.001),夫の育児参加があること(β=0.08,p=0.046),自分の体調不良や受診時に子どもの世話をしてくれる存在がいること(β=0.08,p=0.035),が関連しており,調整済み決定係数は0.225であった。
結論 母親の健康増進に向けた生活習慣には,育児ストレスの少なさ,育児不安の少なさ,家事・育児の相談相手がいること,自分の体調不良や受診時に子どもの世話をしてくれる存在がいることが関連していた。母親のよりよい生活習慣を支援するためには,家事と育児に関する相談相手を確認すること,母親の体調不良や受診のための支援が重要であることが示唆された。
キーワード 母親,生活習慣,健康増進,情緒的支援,手段的支援
第70巻第13号 2023年11月 子育て世代包括支援センターの認知度と利用状況-こども家庭センター設置に向けた考察-植田 紀美子(ウエダ キミコ) |
目的 2022年6月の児童福祉法等の一部を改正する法律により,子育て世代包括支援センターと子ども家庭総合支援拠点が統合し,「こども家庭センター」を設置することですべての妊産婦,子ども,子育て世帯への一体的な相談支援が強化される。現在,全市区町村の9割を超える自治体で設置されている子育て世代包括支援センターの認知度と利用状況,利用者の特性を調査し,こども家庭センターを広く普及していくための基礎資料とすることを目的とした。
方法 (株)クロス・マーケティング保有の「長子・末子・出産月」のスペシャルパネルを用いて,2021年度において3歳以下の子どもをもつ母親に無作為にアンケートを配信し,無記名自記式のオンラインアンケート調査を実施した。子育て世代包括支援センターの認知度と利用状況について,記述統計により基本属性に基づき整理し,認知度や利用状況が基本属性によって差がないか,妊娠期の利用状況と出産後の利用状況の関係をχ2検定により統計学的に比較した。
結果 母親866名から回答を得た。子育て世代包括支援センターを知っている者は66.9%で,そのうち,52.5%が知っているが利用していなかった。大都市に居住している方が,無職の方が,また,祖父母と同居している方が子育て世代包括支援センターを知らなかった。66.9%が母子健康手帳取得のための利用,26.2%が妊娠期に妊娠,出産,子育てについての相談利用,37.8%が出産後の子育てについての相談利用であった。子育て世代包括支援センターで妊娠期に積極的に相談していた者は,出産後も継続利用していることが明らかとなった。
結論 2017年に子育て世代包括支援センターが法定化され,その後に出生した子どもをもつ母親を対象に,子育て世代包括支援センターの認知度,利用状況,利用者の特性を整理することができた。今後,設置されるこども家庭センターが広く利用されるためには,人口規模に応じた周知の工夫や,職域での情報入手がない無職層への情報発信が重要であること,また,妊娠期からの丁寧な関わりにより出産後も子育て支援をより継続できることが示唆された。今後,設置されるこども家庭センターの妊娠期からの子育て支援推進の基礎資料になると考える。
キーワード 子育て世代包括支援センター,こども家庭センター,子育て支援,児童虐待予防,実態調査,児童福祉法
第70巻第13号 2023年11月 児童相談所への虐待通告の地域差-都道府県単位の人口密度を用いた分析-松田 昌史(マツダ マサフミ) 奥村 優子(オクムラ ユウコ) 小林 哲生(コバヤシ テッセイ)樋口 大樹(ヒグチ ヒロキ)
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目的 児童虐待の通告件数には地域差があり,都市ほど通告が多いと指摘されている。ただし,先行研究では質的な区分を用いて都市が定義されていた。本研究では,都市の数量的定義として人口密度を用い,先行研究の知見を検証する。つまり人口密度の高い都道府県ほど虐待通告件数の多いことを実証する。
方法 「令和2年国勢調査」から人口密度および「令和2年度福祉行政報告例」から児童虐待通告件数を取得し,都道府県を単位とした相関係数を求めた。通告件数の分析にあたっては各都道府県人口10万人当たりの数値とした。
結果 都道府県ごとの児童虐待通告件数と人口密度には有意な正の相関係数があり(r=0.66,p<0.001),人口密度の高い都道府県ほど児童虐待通告件数の多いことが確認された。また,通告元による違いを分析したところ,「警察」(r=0.63,p<0.001),「近隣・知人」(r=0.69,p<0.001)からの通告は人口密度と強い相関があった。一方,「児童相談所」(r=0.31,p<0.05)は比較的相関係数が小さくなり,「学校等」(r=0.15,ns)からの通告は人口密度との有意な相関を示さなかった。通告元によって人口密度との関係が異なることが示唆された。
結論 人口密度の高い地域ほど児童虐待通告件数の多い説明として,2つの仮説を提唱する。「発見しやすさ」仮説は,人口密度の高い地域は近隣家庭との物理的距離が近いため,児童虐待の現場を目撃したり,物騒な物音を聞いたりする可能性が高く,結果として児童虐待が通告されやすくなると考えるものである。「心理的要因」仮説は,児童虐待への意識や閉鎖的コミュニティにおける通告への忌避感などの心理的傾向が人口密度によって異なり,都市ほど防止意識が高く,通告忌避が起きにくいと考えるものである。これらの仮説については,今後の検証が待たれる。
キーワード 児童虐待,人口密度,通告,国勢調査,福祉行政報告例
第70巻第12号 2023年10月 父親の職業と周産期死亡
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目的 本研究では,人口動態統計および人口動態職業・産業別統計を用いて,父親の職業と周産期死亡,自然死産,人工死産の関連を経年的に調べた。
方法 1995年度から2015年度まで5年おきの人口動態職業・産業別統計の出生票と死産票データと,1995年から2015年までの5年おきと1996年から2016年までの5年おきの10年分の人口動態統計の死亡票データを用いた。父親の職業別での早期新生児死亡を把握するため,出生データと死亡データをリンクさせた。また,父親の職業について,上級非肉体労働者,下級非肉体労働者,肉体労働者,その他にクラス分類した上で,自然死産率,人工死産率,周産期死亡率を職業クラスおよび年度ごとに算出した。さらに,対数二項回帰モデルを用いて,周産期死亡,自然死産,人工死産に対する父親の職業クラスのリスクを他の属性で調整した上で分析した。
結果 自然死産率,人工死産率,周産期死亡率について,職業クラスによらず1995年度から2015年度にかけて値は減少し,上級非肉体労働者の値が年度によらず最も低かった。回帰分析の結果,アウトカム指標と年度によらず,ほとんどの場合において,下級非肉体労働者,肉体労働者,その他のリスクは統計学的に有意に上級非肉体労働者よりも高かった。一方で,上級非肉体労働者に対するそれ以外の職業クラスの人工死産のリスク比は年度を追うごとに減少していた。
結論 周産期死亡,自然死産,人工死産において,上級非肉体労働者以外の職業クラスのリスクは上級非肉体労働者よりも高かったが,人工死産については上級非肉体労働者とそれ以外の職業クラスのリスクの違いが経年的に減少傾向であることが示された。
キーワード 人口動態,自然死産,人工死産,周産期死亡,父親の職業
第70巻第12号 2023年10月 新型コロナウイルス感染拡大前後における
岡野 員人(オカノ カズト) 杉山 正樹(スギヤマ マサキ) |
目的 本研究は,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)感染拡大前後におけるCT検査やMRI検査などの画像検査数を比較することで,COVID-19における「受診控え」が画像検査に与えた影響について検討した。
方法 対象とした検査は,X線検査,CT検査,MRI検査,核医学検査,心臓カテーテル検査とし,2019年度および2020年度におけるレセプト情報・特定健診等情報データベースから検査数をまとめ比較した。評価は,各画像検査における月別の画像検査数の変化を評価するために,2020年度における各画像検査数の前年同月比を算出し比較した。また,2019年度および2020年度の都道府県別算定回数のデータから各都道府県におけるCOVID-19感染拡大前後比を算出し,変動係数を求め地域差を比較した。
結果 月別の画像検査数はすべての画像検査で2020年4~5月に大きくに減少していることがわかった。外来における画像検査数の前年比は,全体でX線検査が90.8%,CT検査が96.5%,MRI検査が94.9%,核医学検査が91.7%であった。入院における画像検査数の前年比は,全体でX線検査が91.0%,CT検査が99.6%,MRI検査が96.1%,核医学検査が91.4%,心臓カテーテル検査が85.5%と外来同様にすべての検査で減少した。また,入院における画像検査数は外来に比べて変動係数が高く地域差が大きい結果となった。
結論 「受診控え」による患者数の減少が画像検査数の減少に関係していることが明らかとなったが,患者数の減少は「受診控え」だけでなく,「新しい生活様式」による行動の変化が様々な疾患の疾病率に影響を与えたことも要因の1つであると推察した。
キーワード 画像検査,COVID-19,受診控え,レセプト情報・特定健診等情報データベース,変動係数
第70巻第12号 2023年10月 家族介護・就業と健康の関連-中高年女性のパネルデータ分析-菊澤 佐江子(キクザワ サエコ) 植村 良太郎(ウエムラ リョウタロウ) |
目的 全国パネル調査データを用いて,同居による親の介護(以下,介護)と健康の関連について,介護開始からの経過時間,就業状況といった社会的文脈を考慮しつつ,精神的健康と身体的健康の両面から検討を行った。
方法 厚生労働省が2005~2014年に実施した「中高年者縦断調査」の第1回~第10回調査の個票データを使用した。分析にあたっては,1年間(T1からT2)を観察単位として,9観察単位(2005~2006年,2006~2007年,…,2013~2014年)をプールした統合データを作成した。分析対象は,50代女性で,分析に用いた変数に欠損値がなかった12,253人(延べ38,330観察単位)である。分析は,2時点間(T1-T2)の介護状況がT2の健康状態に及ぼす影響を検討するために,変量効果モデルを推定した。
結果 身体機能的制限については,いずれのモデルにおいても,介護継続/開始/停止の回帰係数は有意ではなく,係数は負の値を示していた。ディストレスについては,介護開始/継続の回帰係数がともに0.1%水準で正の方向に有意であり,係数は介護開始,介護継続の順で大きかった。就業継続/開始の回帰係数は,身体機能的制限・ディストレスともに,負の方向に有意であった。介護と就業の交互作用は,身体機能的制限についてのみ観察され,介護継続と就業継続,介護継続と就業停止の交互作用がそれぞれ5%,1%水準で正の方向に有意であった。
結論 介護は精神的健康と有意な負の関連をもつものの,その関連は介護の過程によって一様ではなく,たとえば,ディストレスの水準は,介護開始後1年以内の介護者で,介護をしていない者に比べ顕著に高く,1年以上介護を継続している者ではそれよりは低いものの有意に高く,介護停止で元の水準に戻る傾向があることが考察された。介護が健康に及ぼす効果は,精神的健康と身体的健康とで必ずしも一様ではないことも示された。特に,介護の健康への効果に対する就業状況の作用のあり方は,精神的健康と身体的健康の間で,また介護や就業の過程によって異なり,たとえば,介護継続者が就業を継続することは,精神的健康にはプラスに作用するが,身体的健康においては過重な負担となって表れるケースもあることが考察された。介護と健康との関連については,身体的健康や時間の経過のほか介護サービス等の情報を含むデータを用いてさらに詳細な分析を行うことが,今後の課題と考えられた。
キーワード 家族介護,就業,精神的健康,身体的健康,パネル調査データ
第70巻第12号 2023年10月 高齢者介護施設における理念浸透の実態-一般介護職員の理念浸透の構造と離職意向との関係-種橋 征子(タネハシ セイコ) |
目的 本研究は,一般介護職員の理念浸透の構造および理念浸透と情緒的組織コミットメント,仕事のやりがい,離職意向の関係性を明らかにすることを目的とした。
方法 開設から5年以上経過した4府県の小規模多機能型居宅介護事業所と3府県の特別養護老人ホームの一般介護職員を調査対象とし,質問紙調査を実施した。理念浸透の構造を明らかにするために先行研究を基に「理念浸透モデル」を措定し,共分散構造分析を行い,モデルの適合度と各因子間の関係性を確認した。さらに,理念浸透が一般介護職員の組織に対する認識に及ぼす影響を明らかにするために,「理念浸透モデル」と一般介護職員の情緒的組織コミットメント,仕事のやりがい,離職意向との関係について共分散構造分析を行い,適合度と各因子間の関係性を確認した。
結果 「理念浸透モデル」について共分散構造分析を実施した結果,「制度化」は「内面化」よりも「共感」に及ぼす影響の方が大きく,「共感」の方が「内面化」を促進することが明らかになった。「上司の態度」は「内面化」に直接の影響はなかったが,「同僚の態度」は「内面化」に直接影響を及ぼすという結果となった。また,離職意向に負の影響を及ぼす「仕事のやりがい」には,「情緒的組織コミットメント」「同僚の態度」が直接影響を及ぼしていた。
結論 高齢者介護施設における一般介護職員の理念浸透の構造および理念の制度化が一般介護職員の情緒的組織コミットメントや仕事のやりがいを向上し,離職意向を低減する効果があることが明らかになった。そして,上司(リーダー)よりも身近で,共に理念を反映した利用者支援にあたる同僚や先輩の存在が一般介護職員の理念の内面化や仕事のやりがいに影響を及ぼすことが示された。
キーワード 理念浸透,理念の制度化,介護職員,離職意向,情緒的組織コミットメント,仕事のやりがい
第70巻第11号 2023年9月 希釈タイプ乳酸菌飲料を活用した
木下 徹(キノシタ テツ) 丸山 広達(マルヤマ コウタツ) 内田 直人(ウチダ ナオト) |
目的 希釈タイプ乳酸菌飲料を継続して飲むことによる,高齢者の心身のQOL,精神健康度,幸福度の向上効果を調べ,地域単位で実施できる高齢者の心の健康を支える活動に関して検証した。
方法 愛媛県越智郡上島町岩城島の住民118名(男性37名,女性81名,56~94歳)から試験参加の同意を得た。本活動は,乳酸菌飲料を飲まない8週間の前観察期間,乳酸菌飲料を飲用する8週間の飲用期間,さらに乳酸菌飲料を飲まない8週間の後観察期間による,1群3期オープン試験として実施した。参加者は開始時から4週間ごとに健康関連QOL尺度SF-8に回答し,8週間ごとに精神健康尺度GHQ-12,VASによる幸福度アンケートおよびお腹の状態に関するアンケートに回答した。
結果 前観察期間ではいずれの指標においても有意な改善は認められなかったが,飲用期間では,SF-8の「身体機能」「日常役割機能(身体)」「体の痛み」「全体的健康感」「日常役割機能(精神)」「心の健康」「身体的サマリースコア」の各スコアにおいて有意な上昇が認められた(いずれもp<0.05)。また,GHQ-12スコアは有意に低下し(p<0.01),幸福度は有意に上昇した(p<0.01)。また,後観察期間では,SF-8の「身体機能」スコアおよび「身体的サマリー」スコアにおいて有意な低下が認められた(いずれもp<0.05)。さらに,「全体的なお腹の調子」「便秘」について,飲用期間において有意な改善が認められた(いずれもp<0.05)。
結論 希釈タイプ乳酸菌飲料を毎日飲用することによる心身への効果は,乳酸菌による保健効果から生じただけでなく,参加者に毎日のルーティンワークができたことや日々の目的ができて心が前向きになったこと等も要因となった可能性が考えられる。本活動のような取り組みは離島や農村部だけでなく都心部でも実施可能であり,高齢化が進む日本の地域高齢者の活力や幸福度の上昇への貢献が期待される。
キーワード 乳酸菌飲料,高齢者のQOL,幸福度,離島の福祉
第70巻第11号 2023年9月 国民健康保険保険者努力支援制度の
細川 陸也(ホソカワ リクヤ) 友澤 里穂(トモザワ リホ) 尾島 俊之(オジマ トシユキ) |
目的 健康日本21(第二次)の目標に「健康寿命の延伸と健康格差の縮小」が掲げられている。効果的・効率的な地域の健康づくりや保健活動を目指すPDCAサイクルの推進を図る国民健康保険保険者努力支援制度の事業評価が導入されたが,どのような活動が健康寿命と関連するかは明らかとなっていない。そこで,本研究は,同事業評価の各項目スコアと健康寿命との関連を明らかにすることを目的とした。
方法 本研究は,健康寿命の算定の誤差が大きくなる人口1万2千人未満(2020年)の市区町村を除く1,154自治体を分析対象とした。国民健康保険保険者努力支援制度の事業評価に基づき,厚生労働省が公表した2020年度の事業評価スコア集計データを用いた。また,健康日本21の「日常生活に制限のない期間」の考え方に基づき,要介護2以上を不健康な期間とする「日常生活動作が自立している期間」を用いて,男女別に,65歳時の健康な期間の平均を算出し,これを健康寿命として用いた。市区町村の事業評価スコアを説明変数,健康寿命を目的変数,人口密度の対数・財政力指数を調整変数とし,重回帰分析を実施した。
結果 男女ともに,特定健診受診率・特定保健指導実施率・メタボリックシンドローム該当者および予備群の減少率(男性:β=0.179,p<0.001,女性:β=0.155,p<0.001),重複・多剤投与者に対する取り組み(男性:β=0.076,p=0.009,女性:β=0.082,p=0.005),保険料収納率の向上(男性:β=0.211,p<0.001,女性:β=0.188,p<0.001),地域包括ケアの推進(男性:β=0.067,p=0.023,女性:β=0.093,p=0.002)の事業評価スコアが高いほど,健康寿命が有意に長い傾向がみられた。また,重症化予防の取り組み(男性:β=0.045,p=0.117,女性:β=0.099,p<0.001),第三者求償の取り組み(男性:β=0.008,p=0.782,女性:β=0.065,p=0.029)の事業評価スコアが高いほど,健康寿命が長い傾向がみられ,女性のみ有意であった。
結論 特定健診受診率・特定保健指導実施率・メタボリックシンドローム該当者および予備群の減少率,重症化予防の取り組み,重複・多剤投与者に対する取り組み,保険料収納率の向上,地域包括ケアの推進,第三者求償の取り組みの事業評価スコアは,健康寿命と正の関連がみられた。今後,縦断データや個人データでの因果効果の検証が待たれる。
キーワード 国民健康保険,保険者努力支援制度,PDCA,高齢者,健康寿命
第70巻第11号 2023年9月 妊娠期から産後の女性におけるうつ傾向の
岡﨑 あゆみ(オカザキ アユミ) 町屋 奈々美(マチヤ ナナミ) 許 明奈(キョ アキナ) |
目的 産後うつ病の防止のため,妊婦に対する現状把握が必要である。特に,女性の妊娠初期から産後にかけてうつ病のスクリーニングにより,早期介入の時期を検討する必要がある。本研究の目的は,産後うつ傾向のある女性に妊娠中から関わる示唆を得るために,妊娠期から産後の女性におけるうつ傾向の推移と各時期の差異を明らかにすることである。
方法 後ろ向き観察研究デザインを用いて,2020年10月~2022年2月にデータを収集した。研究対象者のデータは,2021年4月~2022年1月に出産した女性175名分の電子カルテから得た。調査内容は属性,妊娠初期・後期・産後2週間のエジンバラ産後うつ病質問票(EPDS)得点とし,記述統計量を算出し,t検定を行った。
結果 138名分の有効データ(78.9%)を用いて分析した。対象者の平均年齢は33.8±4.2歳であり,初産婦が60.1%であった。EPDS得点は妊娠初期3.9±4.2点に比較して,妊娠後期2.6±3.1点(t=4.7,p<0.001),産後2週間2.9±3.4点(t=2.9,p=0.004)と,それぞれ有意に低下していた。妊娠初期にEPDSが高得点のハイリスク群は,妊娠後期と産後2週間のEPDS得点がローリスク群より高かった(p<0.05)。
結論 妊娠初期にEPDS得点が高いハイリスク群はローリスク群と比較して,妊娠後期および産後2週間もEPDS得点が高く持続していた。妊娠初期から産後うつをスクリーニングし,妊娠初期からうつ防止のために関わり,妊娠期から産後にかけて切れ目なく支援する重要性が示唆された。
キーワード 産後うつ病,妊産婦,褥婦,エジンバラ産後うつ病質問票(EPDS),後ろ向き研究
第70巻第11号 2023年9月 高年齢介護助手における職業性ストレスおよび
馬 盼盼(マ ハンハン) 相良 友哉(サガラ トモヤ) 杉浦 圭子(スギウラ ケイコ) |
目的 本研究は介護の補助職として働く高年齢介護助手の情緒的消耗感と職業性ストレスおよびソーシャルサポートとの関連を明らかにすることを目的とした。
方法 2020年度の「介護老人保健施設等における業務改善に関する調査研究事業」の高年齢介護助手調査データを使用し,全国の599施設に勤める1,601名の高年齢介護助手の回答を解析した。この調査では,60歳以上の介護助手を高年齢介護助手と定義した。情緒的消耗感は,日本版バーンアウト尺度の下位尺度を用いた。職業性ストレスは,新調査票職業性ストレス簡易調査票から,「仕事の量的負荷」「仕事の質的負荷」「身体の負担」「仕事のコントロール」「職場の一体感」を用いた。ソーシャルサポートはサポートの種類(情緒的・情報的・評価的・手段的サポート)とサポート源(上司・同僚・家族・友人のサポート)を尋ねた。解析は,情緒的消耗感を従属変数とし,職業性ストレス,ソーシャルサポートを説明変数とした重回帰分析を行った。
結果 対象者は,女性が66.7%,平均年齢が68.4±4.7歳であった。情緒的消耗感得点は,8.98±3.71であった。重回帰分析の結果,職業性ストレスでは,仕事の量的負担(β=0.226,p<0.001),仕事の質的負担(β=0.089,p=0.002),身体の負担(β=0.114,p<0.001)の得点が高いほど情緒的消耗感の得点が有意に高く,職場の一体感(β=-0.210,p<0.001)の得点が高いほど,情緒的消耗感の得点が有意に低かった。ソーシャルサポートでは,サポートの種類の評価的サポート(β=-0.092,p=0.008),サポート源の同僚のサポート(β=-0.100,p<0.001)と家族のサポート(β=-0.063,p=0.016)の得点が高いほど,情緒的消耗感の得点が有意に低かった。
結論 高年齢介護助手の情緒的消耗感の予防や軽減には,業務量や内容が適切かどうかのモニタリング,一体感のある職場環境の創出,高年齢介護助手の仕事を適切に評価する関係性の構築,そして,職員同士が支え合える体制や家族からの支援が得られるように仕事について十分理解してもらうことが重要である。
キーワード 高年齢介護助手,情緒的消耗感,職業性ストレス,業務負担,ソーシャルサポート
第70巻第11号 2023年9月 サービス付き高齢者向け住宅における
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目的 本研究は,サービス付き高齢者向け住宅(以下,サ高住)のタイプ別に,不適切なケア等の実態と意識の現状を明らかにすることを目的とした。
方法 調査は「サービス付き高齢者向け住宅情報提供システム」に2021年10月末時点で掲載され,開設後1年以上経過しているサ高住,4,753件に勤務する介護職員を対象にアンケートを配布して行い,調査に同意できる場合のみ回答するよう依頼した。アンケートの項目は不適切なケア等の実態,不適切なケア等の意識,勤務するサ高住の特性と職員の属性で構成した。分析は,まず不適切なケア等の実態・意識について,それぞれ因子分析を行った。次に,抽出された各因子の下位項目を単純加算した得点を下位尺度得点とし,Kruskal-Wallisの検定によりサ高住のタイプ別に比較した。
結果 944人から回答があり(回収率19.9%),そのうち欠損のあったデータを除く885人分を有効回答として分析に用いた(有効回答率18.6%)。まず不適切なケア等の実態・意識について因子分析を行った結果,「乱暴な介護の実態」「意思に沿わない介護の実態」「身体拘束の実態」と,同じ項目で構成される「乱暴な介護の意識」「意思に沿わない介護の意識」「身体拘束の意識」の3因子が抽出された。次にKruskal-Wallisの検定を行った結果,「介護タイプ」のサ高住について,「意思に沿わない介護の実態」が他のタイプに比べ有意に多く,さらに「意思に沿わない介護の意識」が有意に低いことが明らかとなった。
結論 「介護タイプ」のサ高住は,バーンアウトに陥ったり,BPSDのストレスにさらされたりしやすい環境であることから,「意思に沿わない介護の意識」が低下し,それが「意思に沿わない介護の実態」の多さにつながっていると考えられた。そのため,職員が高い意識やモチベーションを維持できるよう,職員同士が連携・協働し,支え合う仕組みの構築,例えば日常的な申し送りや定期的なミーティングのほか,困難事例の検討を行うことや,連絡ノートや情報共有システムの活用,サービス担当者会議への参加等が有効だといえる。また,「介護タイプ」以外のサ高住も含め,各サ高住の力量に見合った入居者の受け入れやマネジメントを行い,入居者の介護ニーズと各サ高住で提供できるサービスのレベルにギャップが生じないようにすることが,不十分なケアや不適切なケア等の予防にもつながるといえる。
キーワード サービス付き高齢者向け住宅,不適切なケア等の実態,不適切なケア等の意識
第70巻第8号 2023年8月 令和2年都道府県別生命表における平均寿命の地域差分析首藤 陽平(シュトウ ヨウヘイ) 飯田 悠斗(イイダ ユウト) 上平 駿(カミヒラ ハヤオ) 安川 学(ヤスカワ マナブ)
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目的 令和2年都道府県生命表において,各都道府県の平均寿命の全国の平均寿命に対する差(地域差)を,年齢階級別・死因別の寄与へと分解することによって,地域差の要因を明らかにする。また,平成27年と令和2年の年齢階級別・死因別の寄与を比較することによって,その経年変化を明らかにする。
方法 各都道府県の平均寿命と全国の平均寿命の差(地域差)に対する年齢階級別の寄与は,全国の死亡率を低い年齢から順次,各都道府県の死亡率に置き換えたときの平均寿命の変化量として算出した。また,死因別の寄与は各年齢に対し,死亡率を死因別に分解することで同様に死因別寄与を求め,全年齢の総和として算出した。
結果 男で平均寿命が最も長い滋賀県は,年齢階級別では主に50~84歳がプラスに寄与している。また,死因別では不慮の事故と自殺を除く死因がプラスに寄与している。女で平均寿命が最も長い岡山県は,年齢階級別では主に55~89歳がプラスに寄与している。また,死因別では悪性新生物<腫瘍>の寄与が最も大きい。さらに,平成27年と令和2年で地域差を比較すると,地域差は拡大している。
結論 各都道府県の平均寿命と全国の平均寿命の差(地域差)を年齢階級別,死因別に分析するとそれぞれの特徴は都道府県により異なる。また,地域差の年齢階級別・死因別寄与の経年変化を観察することで,地域差の変化や平均寿命の都道府県別順位の変化の要因を詳細に分析できる。
キーワード 都道府県別生命表,平均寿命,地域差,年齢階級,死因,寄与
第70巻第8号 2023年8月 令和2年市区町村別生命表における平均余命の誤差評価について飯田 悠斗(イイダ ユウト) |
目的 令和2年市区町村別生命表報告書に記載のある,平均余命の標準誤差について,その評価式の導出過程を明らかにするとともに,人口規模と誤差の大小関係を観察することを目的とする。
方法 Chin Long Chiang氏の方法に基づき,実績死亡数を人口の回数分の真の死亡確率によるベルヌーイ試行の結果とみなすことから出発し,平均余命の標準誤差を,死亡率の分散を使って表現する。
結論 人口の常用対数と平均寿命の標準誤差率の間には負の相関がみとめられ,相関係数は男-0.76,女-0.68であった。
キーワード 試行結果としての死亡数,平均余命の誤差,人口規模
第70巻第8号 2023年8月 簡易生命表における平均寿命の延びの寄与年数への分解首藤 陽平(シュトウ ヨウヘイ) 安川 学(ヤスカワ マナブ) |
目的 簡易生命表においては,平均寿命の前年からの延びに対する死因別寄与年数を公表し,その算定方法を報告書に掲載している。そこで,本論文では,2つの生命表間の平均寿命の差を要因別寄与年数へと分解する手法の一般論を解説し,令和3年簡易生命表における死因別・死亡月別寄与年数への分解結果を解説する。
方法 平均寿命の前年からの延びを,まず年齢階級別の寄与年数へと分解した後,それらをさらに死因別・死亡月別に加法分解することで行列展開し,それを死因・死亡月ごとに足し上げることで要因別寄与年数を求めた。
結論 令和3年簡易生命表における平均寿命の前年からのマイナスの延びの要因別寄与年数をみると,死因別でみると「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)」等がマイナスに寄与し,死亡月別でみると12月においてプラス幅が,また,5月においてマイナス幅が最も大きく寄与したことがわかった。
キーワード 簡易生命表,平均寿命,死因,死亡月,要因分解,寄与
第70巻第7号 2023年7月 人口動態調査の二次利用提供データを用いた
絹田 皆子(キヌタ ミナコ) 今野 弘規(イマノ ヒロノリ) 董 加毅(トウ カギ) |
目的 平成19年,統計法が60年ぶりに改正され,厚生労働省が実施する人口動態調査等の公的統計データの二次利用に関する規定により,死亡票に記載された死因の県間比較調査や研究が推進されることとなった。しかしながら,人口動態調査に基づく死亡率について,長期的動向の県間比較を行う際,「死因簡単分類名の心疾患(高血圧性を除く)を構成する内訳病名(ICD-10小分類相当,以下,内訳病名)」を用いることの課題点を検証した報告は見当たらない。そこでわれわれは,平成29年度環境省委託事業「放射線健康管理・健康不安対策事業(放射線の健康影響に係る研究調査事業)」「福島県内外での疾病動向の把握に関する調査研究」の一環として,死因簡単分類名の「心疾患(高血圧性を除く)」における内訳病名別死亡率の長期的動向の県間比較を行い,その課題点を検証した。
方法 1995年から2015年までの人口動態調査の二次利用提供データを用いて,福島県と近隣9県(岩手,宮城,山形,茨城,栃木,群馬,埼玉,千葉,新潟)の40~79歳日本人男女を対象として,10県全体および各県別の「心疾患(高血圧性を除く)」(ICD-10:I01-I02.0,I05-I09,I20-I25,I27,I30-I52,以下,心疾患)の内訳病名割合(%)を5年ごとに算出し,上位10位までの疾患を比較した。
結果 「心疾患」において,1995年では,10県全体における内訳病名上位10疾患は,1位の「急性心筋梗塞,詳細不明(I21.9)」が約半数を占め,次いで「心不全,詳細不明(I50.9)」が約1/5を占めていた。各県別の全期間における「心疾患」の内訳病名割合は,山形・福島・茨城ではほぼ変化が認められなかった。しかしながら,岩手・宮城・千葉・新潟は1995年時点で全体の数%であった「心臓性突然死〈急死〉と記載されたもの(I46.1)」が,2015年には全体の約15~40%に,宮城・栃木・埼玉は1995年時点で全体の数%であった「急性虚血性心疾患,詳細不明(I24.9)」が,2015年では全体の約13~35%に,群馬は1995年時点で全体の数%であった「心疾患,詳細不明(I51.9)」が,2015年では全体の約35%に,それぞれ大幅に増加していた。その逆に,それら7県では,心筋梗塞や心不全の割合は減少傾向がみられた。
結論 「心疾患」の内訳病名は,急性心筋梗塞や心不全などの主要な病名の頻度が1995年以降の20年間で変化の仕方が県によって大きく異なり,判定基準が統一されていないことが明らかとなったことから,死亡率の長期的動向や県間比較には,単純に内訳病名を用いることは適切でないことが示唆された。
キーワード 人口動態統計,心疾患,死因病名,長期的動向,県間比較
第70巻第7号 2023年7月 民生委員が抱える役割ストレスに関する短縮版尺度の開発飛田 和樹(ヒダ カズキ) 斉藤 雅茂(サイトウ マサシゲ) |
目的 本研究では,民生委員が抱える役割ストレスに関する短縮版尺度を開発し,その妥当性を検証することを目的とした。
方法 首都圏大都市のA市B区において,地域特性や地区の民生委員定数等を考慮して抽出した7地区の民生委員計153名を対象に質問紙調査を実施した。質問紙は101件回収(回収率66.0%),性別無回答の1件を除き100件を有効回答とした(有効回答率65.4%)。杉原による民生委員の役割ストレスに関する尺度について,Item-Total相関分析,探索的因子分析(最尤法,プロマックス回転)により短縮版項目を抽出した。抽出された項目群についてクロンバックのα係数を確認し,基準関連妥当性として民生委員の活動継続意欲と援助成果との相関関係を確認した。調査対象者の基本属性による役割ストレスの差異について,対応のないt検定および一元配置分散分析で確認した。
結果 本研究では短縮版尺度として,7項目版(クロンバックのα=0.800)および3項目版(クロンバックのα=0.677)を開発した。原版12項目のなかで,「責任の範囲がはっきりしていない」「何が期待されているのかわからない」「十分な情報や援助がないのに仕事を割り当てられる」「意味がないと思われることを行政から割り当てられる」「行政や関係機関からの依頼事項が多い」という5項目が原版12項目の総得点と強い相関関係が確認された(r=0.603~0.753)。7項目版と3項目版のいずれも,活動継続意欲(r=-0.507,-0.511)や援助成果(r=-0.409,-0.445)に原版と同等以上の相関関係が確認された。調査対象者が54歳以下の若年層,70歳以上の高年齢層で役割ストレスが低い傾向にあり,60~64歳の役割ストレスが最も高かった(原版12項目:P=0.031,7項目版:P=0.042,3項目版:P=0.061)。
結論 本研究による短縮版尺度を活用して民生委員が抱える負担感を適時・適切にモニタリングすることで,各地域での支援方針や重点的な介入策を検討する一助になり得ると考える。
キーワード 民生委員・児童委員,役割ストレス,短縮版尺度
第70巻第7号 2023年7月 住民主体の活動を促す行政保健師行動評価尺度の開発岩本 真弓(イワモト マユミ) |
目的 地区活動において住民主体の活動を促す行政保健師の行動評価尺度(以下,行政保健師行動評価尺度)を開発し,信頼性・妥当性を検討することを目的とした。
方法 住民主体の活動が地域づくりに発展している好事例に関わる行政保健師を対象に半構造的面接法によるインタビュー調査から抽出した48項目を文献と照合し,専門家調査による項目の精選,内容妥当性を確認した41項目を使用した。行政保健師行動評価尺度開発のための本調査は,2県62市町村の保健師610人を対象に郵送による質問紙調査を実施した。調査期間は2022年5~6月である。調査内容は,基本情報,行政保健師行動評価尺度案,パートナーシップ構築プロセス評価尺度である。
結果 200名の有効回答(回答率32.8%)を分析対象とした。行政保健師行動評価尺度案41項目の項目分析にて回答に偏りがみられた9項目を除いた32項目について探索的因子分析を行った結果,「情報提供・発信」「地域の人材育成」「ネットワーク構築」「協働事業における進行管理」の4因子21項目から構成され,尺度全体のCronbachのα信頼係数は0.93,構成概念妥当性については,構造方程式モデリングによる確認的因子分析で検証を行った結果CFI=0.916,RMSEA=0.067となり,信頼性と妥当性が検証された。
結論 開発された,住民主体の活動を促す行政保健師の行動を4因子,21項目で評価する行政保健師行動評価尺度について,一定の信頼性・妥当性が確認され,住民とともに地域特性に応じた新たな価値を創り出す内容を包含した行政保健師の特徴的な行動を評価することが可能になったと考えられる。
キーワード 住民主体の活動,行政保健師,地区活動,行動評価尺度
第70巻第7号 2023年7月 福祉学科学生の認知症の人に対する態度とイメージ
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目的 本研究は,福祉先進国の日本と福祉発展途上国の中国における福祉学科学生の認知症の人に対する態度,イメージ,認知症に関する知識の現状を明らかにし,日中比較を通して,今後の両国の福祉人材育成の取り組みについて提案することを目的とした。
方法 2022年の時点で,日本のA大学と中国のB大学の福祉学科に在籍する1~3年次の学生を対象とした。調査期間は,中国では5月9日~20日,日本では6月21日とし,アンケート調査を行った。最終的に397人(日本109人;中国288人)を分析対象とした。調査により両国の福祉学科学生の認知症の人に対する態度とイメージおよび認知症に関する知識について回答を得て比較した。調査対象者の基本属性と認知症関連項目の日中比較について,χ2検定を用いた。また,認知症の人に対する態度とイメージ,認知症に関する知識の項目別の日中比較についてはχ2検定とMann-WhitneyのU検定を用いた。さらに,認知症の人に対する態度および下位尺度の肯定的態度と否定的態度,認知症に関する知識,認知症の人に対するイメージ合計得点の平均値に日中の間に差があるかどうかを調べるため,t検定を用いて,分析を行った。
結果 両国の福祉学科学生が認知症の人に対する肯定的態度を持つ傾向を示した。下位尺度の肯定的態度と否定的態度では,中国の福祉学科学生の認知症の人に対する肯定的態度が有意に強く,否定的態度も有意に強い。また,両国の福祉学科学生の認知症に関する知識の全体の正答率ともに6割強であり,中国の方が認知症の原因,行動・心理症状およびその対応方法に関する7項目の正答率が有意に高く,日本の方が記憶障害と幻覚・妄想の対応方法および治療に関する6項目の正答率が有意に高かった。さらに,認知症の人に対するイメージでは,日本の方がネガティブな回答が多く,中国の方がポジティブな回答が多く,中国の方が認知症の人に対するよりポジティブなイメージを持つことが明らかになった。
結論 今後,両国の認知症高齢者が増加する高齢社会に向けて,専門的な福祉人材を育成するために,両国とも福祉学科学生に対して,認知症の人に対するポジティブなイメージを促進し,認知症に関する知識を全般的に高めることが必要である。特に,深刻な認知症問題を来す中国において,福祉学科学生に対して,認知症の人に対する否定的態度を解消し,治療等に関する知識を高める必要性が提示できる。
キーワード 認知症の人に対する態度,認知症に関する知識,認知症の人に対するイメージ,福祉学科学生,日中比較
第70巻第7号 2023年7月 日常生活に制限のない期間の
川戸 美由紀(カワド ミユキ) 橋本 修二(ハシモト シュウジ) |
目的 健康日本21(第二次)で利用される「日常生活に制限のない期間の平均」(以下,健康寿命)について,健康状態の測定対象を居宅者から医療機関の入院者と介護保険施設の在所者への拡大および計算の最終年齢階級を85歳以上から95歳以上へ変更することによる,2010~2019年の指標値の変化を検討した。
方法 基礎資料として国民生活基礎調査,簡易生命表,患者調査,介護サービス施設・事業所調査と人口を,算定方法として健康日本21(第二次)での算定方法(標準の算定方法)を,測定対象と最終年齢階級をそれぞれ上記のとおり変更した算定方法を用いた。
結果 2010年の健康寿命について,標準の算定方法の男性70.42年と女性73.62年に対して,測定対象を変更すると男性-0.76年と女性-1.10年,最終年齢階級を変更すると男性-0.05年と女性-0.14年の変化であった。2010年と2019年の健康寿命の年次差について,標準の算定方法の男性2.26年と女性1.76年に対して,測定対象と最終年齢階級を変更しても0.1年未満の変化であった。
結論 2010~2019年の健康寿命は測定対象の変更に伴ってかなり低下し,最終年齢階級の変更に伴って若干低下したが,年次差はほとんど変化しなかった。健康日本21(第二次)の健康寿命の目標達成の評価結果には測定対象と最終年齢階級の変更がほとんど影響しないことが確認された。
キーワード 健康寿命,算定方法,日常生活に制限のない期間の平均,国民生活基礎調査,健康日本21(第二次)
第70巻第6号 2023年6月 訪問看護サービスの利用と提供に
杉井 たつ子(スギイ タツコ) 門間 貴史(モンマ タカフミ) 武田 文(タケダ フミ) |
目的 全国市町村単位の各種統計データを用いて,訪問看護サービスの提供と利用の状況について過疎地域と全国とで比較検討した。
方法 訪問看護サービスの提供について,過疎地域と全国の①人口10万人・老年人口・1㎢あたりの訪問看護ステーション(ST)数,②人口10万人・老年人口・1施設あたりの訪問看護STの常勤看護師数,③訪問看護サービス提供施設の設置主体別内訳を算出した。訪問看護サービスの利用について,過疎地域と全国の要介護認定者における④利用割合,⑤1人あたりの利用回数,⑥訪問看護サービス提供1施設あたりの利用人数(月平均値)を,介護区分別に算出した。上記③を除く全項目について,全国を母集団として過疎地域との相違を母比率の差の検定およびt検定により検討した。③については,全国の設置主体別内訳を理論値とし過疎地域における観察値の適合度についてχ2検定を行ったのち,各設置主体別割合に関する残差分析を行った。
結果 訪問看護サービスの提供状況をみると,人口10万人・老年人口・1㎢あたりの訪問看護ST数,および人口10万人・老年人口・1施設あたりの訪問看護STの常勤看護師数は,いずれも過疎地域が全国より有意に少なかった。また訪問看護サービス提供施設の設置主体別内訳は,過疎地域は全国より営利法人が少なく,社会福祉法人(社協),その他法人,社団・財団,農協,地方公共団体(市町村等)が多かった。要介護認定者における訪問看護サービスの利用状況をみると,サービスの利用割合は要支援1を除くすべての介護区分において,利用者1人あたりの利用回数はすべての介護区分において,訪問看護サービス提供1施設あたりの利用人数(月平均値)は要支援1を除くすべての介護区分においても過疎地域が全国より有意に少なかった。
結論 過疎地域は全国と比較して,人口および面積あたりの訪問看護ST数と常勤看護師数が少なく,訪問看護サービス提供施設の設置主体は営利法人が少なく地方公共団体が多く,要支援1を除くすべての要介護認定者において利用割合が少なかった。利用者1人あたりの利用回数と,訪問看護サービス提供1施設あたりの利用人数も少ないことが明らかとなった。
キーワード 訪問看護サービス,過疎地域,市町村,要介護認定者,提供,利用
第70巻第6号 2023年6月 障害福祉サービス費用からみた居住支援と日中活動支援-自治体障害者自立支援給付データの分析-榊原 賢二郎(サカキバラ ケンジロウ) |
目的 障害者の地域移行は,施設入所・グループホーム居住・在宅という居住形態にまずは関わるが,地域生活は日中も含めて成立する。入所施設では日中・夜間が事実上一体であるが,その他の居住形態で個々の日中系サービス等がいかに利用されているかを定量的に解明する。
方法 4自治体から匿名の障害者自立支援給付データ5~14年分(最長2007-2020年度。障害者手帳データを含む)の提供を受け,居住形態や手帳等級も活用して集計した。
結果 日中の比重が大きい施設入所者とは異なり,グループホーム居住者の場合,居住支援(共同生活援助)が利用単位数の半ばを占め,日中系では生活介護・就労継続支援B型(・利用なし)に分散した。在宅者では,生活介護・就労継続支援B型のほか,訪問系の居宅介護などが利用されており,それらの比重には地域差がみられた。各居住形態における障害福祉サービスの1人当たり平均利用単位数は,施設入所者>グループホーム居住者>在宅者となった。療育手帳重度者では,グループホーム居住者・在宅者において,より平均利用単位数が高い生活介護の比率が高まるが,重度の在宅者への就労継続支援B型の提供が多い自治体もあった。居住形態ごとの療育手帳重度者1人当たり平均利用単位数は,グループホーム居住者が施設入所より高くなる傾向がみられた。日中系サービス利用者の療育手帳重度者割合をみると,生活介護が一貫して重度者中心であるのに対して,就労継続支援B型では,3自治体で重度者割合の低下傾向がみられた。
結論 居住形態や障害の重度性により,日中活動支援の利用状況も変化していた。このことは,障害者の社会参加機会やサービス供給体制への含意を有する。前者に関しては,通所サービスの中でも,就労という枠組みと「常時介護」の枠組みがどの程度選ばれるかに関わる。また,本稿の日中と夜間の総合的分析は,サービス基盤の整備の基礎資料となりうる。
キーワード 障害者総合支援法,地域移行,生活介護,就労継続支援,障害者手帳
第70巻第6号 2023年6月 DPCデータを用いた福岡県の二次医療圏別にみた
宮﨑 裕也(ミヤザキ ユウヤ) 石原 礼子(イシハラ レイコ) |
目的 厚生労働省が公表しているがん診療連携拠点病院等の整備指針では,二次医療圏に1カ所の地域がん診療連携拠点病院を整備することが望ましいとされている。本研究では,福岡県の二次医療圏別にみたがん医療の現状を明らかにし,福岡県での今後のがん医療の在り方や課題について考察することを目的とした。
方法 厚生労働省が公表している令和元年度退院患者調査を用い,福岡県の二次医療圏別の患者推計値を求め,流入流出患者数を算出する。その後,主要な6つのがんについて,二次医療圏別の手術の有無別患者数を求め,患者推計値との比較を行った。また,4診療圏に集約した場合についても同様に比較を行った。
結果 胃がん,肺がん,大腸がん,子宮がん,肝がんでは,9の医療圏で患者数が患者推計値を下回る結果となった。また,乳がんでは,11の医療圏で患者数が患者推計値を下回る結果となった。4診療圏別での比較では,筑豊診療圏で,大腸がん,子宮がん,乳がん,肝がんの患者数が患者推計値を大きく下回っていた。
結論 福岡県は,全国に比べてすべてのがんの人口10万人当たりの入院患者数は多いが,がん医療は二次医療圏で完結しているとは言い難い結果であった。また,4診療圏で比較しても,筑豊診療圏では他診療圏への流出がみられたため,少子高齢化の進展や核家族化の進展,高齢者の移動能力,治療と仕事の両立を考慮すると,筑豊診療圏に属する直方・鞍手医療圏には,地域がん診療病院の設置,もしくは外来でのがん治療の充実を図る必要があると考える。しかし,がん医療の現状を把握するためには,経時的な変化を観察していく必要があり,また,地域の実情に基づいたがん医療の在り方を今後さらに研究していく必要があると考えた。
キーワード DPC,がん医療,二次医療圏
第70巻第6号 2023年6月 都道府県別の社会経済状況を測る合成指標の開発-健康寿命の都道府県間格差対策に向けて-片岡 葵(カタオカ アオイ) 井上 勇太(イノウエ ユウタ) 西岡 大輔(ニシオカ ダイスケ)佐藤 倫治(サトウ トモハル) 福井 敬祐(フクイ ケイスケ) 伊藤 ゆり(イトウ ユリ) 近藤 尚己(コンドウ ナオキ) |
目的 健康日本21(第2次)の主目標に健康格差の縮小が掲げられ,都道府県間の健康寿命の差が評価されてきた。しかし,健康格差の評価は地域間差だけでなく,地域の社会経済状況の違いも考慮することが重要である。日本では,市区町村単位の社会経済状況を包括的に測定する地理的剥奪指標が健康格差の評価に広く使用されている。一方,都道府県単位の各種公的統計を用いた指標は近年開発されておらず,健康日本21(第2次)の主目標に掲げられている健康寿命との関連も検証されていない。本研究では,都道府県単位で集計・公表されている各種統計データにより社会経済状況を測定する合成指標を作成した。また,それらが男女別の健康寿命とどの程度関連するかを観察した。
方法 先行研究をもとに都道府県の社会経済状況を示す18変数を選択し,2010年・2013年のデータを政府統計から収集した。指標作成には主成分分析を使用し,主成分得点を指標の得点として算出した。説明変数に作成した指標,目的変数に2010年・2013年の都道府県別の健康寿命を用いて,ピアソンの積率相関係数の算出と分散重み付け線形回帰を行い,作成した指標と健康寿命の関連を男女別に検討した。
結果 主成分分析の結果,2因子9変数が得られた。第1主成分は,高齢者がいる世帯の割合,住戸面積,住宅保有割合,人口集中地区の人口比率の4変数の相関が高いことから「中心部への人口偏在性」を示す因子とした。第2主成分は,母子・父子世帯の割合,サービス業の就業率,若年無業者の割合,県民所得,失業率の5変数の相関が高いことから,「経済状況」を示す因子とした。男性では,「経済状況」スコアが高い都道府県ほど健康寿命が短く(相関係数:-0.38),「経済状況」スコアが最も高い地域と低い地域の間で0.88歳の健康寿命の差があった。女性では「中心部への人口偏在性」スコアが高いほど健康寿命が短く(相関係数:-0.27),「中心部への人口偏在性」スコアが最も高い地域と低い地域の間で0.72歳の健康寿命の差があった。
結論 中心部への人口偏在性と経済状況を示す指標を得た。それぞれ,男女の健康寿命と相関がみられたことから,本指標が健康格差の評価指標として有効と考えた。得られた指標を用いて健康格差を定期的に評価することで,介入の優先地域の選定,地域の特性に応じた介入手法の開発,施策の効果評価,保健分野の枠を超えた連携等,健康格差縮小に向けた活動が前進することが期待される。
キーワード 健康格差,健康寿命,社会経済状況,地理的剥奪指標
第70巻第6号 2023年6月 病床規模別・所有形態別にみた病院機能の変遷-60年間の推移分析から-加藤 尚子(カトウ ナオコ) 鈴木 修一(スズキ シュウイチ)近藤 正英(コンドウ マサヒデ) 長谷川 敏彦(ハセガワ トシヒコ) |
目的 病院の歴史的経緯を検証するために,病床規模別・所有形態別に病院機能の変遷を辿った。過去のどの時点において病院の機能が分化していったかを,病院機能の年次推移分析によって検討した。
方法 医療施設調査・病院報告において,国民皆保険達成の前年である1960年を始点としコロナ禍前年の2019年を終点とする60年間を分析期間として,一般病院を対象に,病床規模別・所有形態別に病院機能を表す各種の指標を時系列に収集した。病床規模別では,49床以下を小規模病院群,50床以上299床以下を中規模病院群,300床以上を大規模病院群と称して,3つの病院群に大別化した。所有形態別では,「国」「公的医療機関」「社会保険関係団体」「その他」を公的病院群,「医療法人」「個人」を私的病院群と称して大別化した。長期にわたる年次推移の変曲点を明らかにするために,ジョインポイント回帰分析を行った。
結果 施設数および病院機能を示す指標である一般病床割合,看護師数,退院患者数,平均在院日数,外来患者割合に関して,病院群ごとにジョインポイント回帰分析を行った結果,60年間の年次推移の傾向には,大規模病院群と公的病院群,中規模病院群と私的病院群に類似性が認められた。病院群ごとに各指標に関して,ジョインポイント回帰分析の結果抽出された年次ごとの変曲点を集計すると,合計ポイントの高かった年次は,1997年(25.06ポイント),1998年(18.19ポイント),1968年(15.41ポイント),2001年(14.64ポイント),1971年(14.10ポイント),1996年(10.07ポイント),1986年(8.19ポイント),2000年(7.81ポイント),2007年(6.41ポイント),2008年(5.72ポイント)の順になった。
結論 ジョインポイント回帰分析で抽出した変曲点を根拠に,現在の病院機能に至る変遷を辿ると,1970年頃を基点に急性期ケアと慢性期ケアの機能分化が始まり,1980年代後半に分化が確立したと想定できる。大規模病院群および公的病院群は,1960年から現在に至るまで,一貫して急性期ケアに特化した変化を遂げている。その一方,中規模病院群および私的病院群は機能の変動が大きい。しかし1960年代までは,現在にみられるような機能の相違は認められなかった。中規模病院群および私的病院群においては,1970年代以降の施設数増加に伴い慢性期ケアの機能を取り込んでいったと考えられる。1986年を変曲点に1990年代初頭の量的拡大の終了によって,その勢いは停滞した。2000年以降は,一部に急性期ケアの機能を取り込んでいる可能性があるが大きな変動は認められず,機能の相違は解消されていない。
キーワード 病床規模,所有形態,病院機能,歴史的経緯,急性期ケア,慢性期ケア
第70巻第5号 2023年5月 小地域における高齢者の社会参加活動への
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目的 趣味や生きがい活動など高齢者の社会参加活動が活発的に行われている島根県松江市淞北台地区に着目し,参加する当事者である高齢者の社会参加活動の特徴を明らかにするとともに,社会参加活動と地域の環境的要因に対する認識から,小地域における高齢者の社会参加活動を促進する要因を明らかにすることを目的とした。
方法 先行研究などから高齢者の社会参加活動を促進する要因について30項目を設定し,当該地区の65歳以上の257名を分析対象者として2020年4月25日から5月16日までアンケート調査を実施し,探索的因子分析を行った。
結果 回答者の年代からみると,社会参加活動に参加している方は,前期高齢者より75歳以上の後期高齢者が多かった。社会参加活動の参加割合は,趣味関係では前期高齢者25.0%,後期高齢者75.0%,スポーツ関係では前期高齢者26.6%,後期高齢者73.4%,ボランティアでは前期高齢者27.7%,後期高齢者72.3%,老人クラブでは前期高齢者16.0%,後期高齢者84.0%,町内会・自治会では前期高齢者33.1%,後期高齢者66.9%,住民同士の親睦交流会では前期高齢者26.8%,後期高齢者73.2%であった。また,趣味関係のグループでは,「週1回程度」および「月1〜2回」の高頻度の参加者が合計78.4%であり,スポーツ関係のグループでは,「週1回程度」および「月1〜2回」の高頻度の参加者が合計65.6%,いずれも「年数回程度」の低頻度の参加者(趣味21.6%,スポーツ関係34.4%)より多く,他の社会参加活動より参加頻度が高かった。社会参加活動についての探索的因子分析を行った結果,小地域における高齢者の社会参加活動への参加促進要因として,「地域住民との協力による地域とのつながり」「地域活動への参加のしやすさ」「地域貢献への主体的な取り組み」「満足感や自己効力感の獲得」の4つの因子が抽出された。
結論 小地域において高齢者の社会参加活動を活性化するためには,第一に,高齢者自身の趣味や嗜好を反映した参加を促進する環境の整備を行うこと,第二に,参加者同士の緩やかな関係性を尊重しながら,参加する当事者である高齢者の主体性を最大限に活かすことが重要であること,第三に,社会参加活動を促進するためには,高齢者自ら認めた成果が実感できるようなプログラムの創出が求められる。
キーワード 小地域,高齢者,社会参加活動,参加促進要因,因子分析
第70巻第5号 2023年5月 循環器研修・研修関連施設における循環器疾患の医療連携金岡 幸嗣朗(カナオカ コウシロウ) 岩永 善高(イワナガ ヨシタカ) 住田 陽子(スミタ ヨウコ)笹原 祐介(ササハラ ユウスケ) 和田 晋一(ワダ シンイチ) 宮本 恵宏(ミヤモト ヨシヒロ) |
目的 循環器疾患は,急性期治療後も再発や増悪を繰り返すことが特徴であり,治療継続および予防の観点において,急性期から回復期・慢性期までの医療提供体制の連携が重要である。本研究の目的は,円滑に地域連携を進めるための,急性期から回復期・慢性期にかかる,わが国の循環器疾患医療提供体制の連携の現状および課題点を明らかにすることである。
方法 2021年10月1日~11月30日の期間に,日本循環器学会の協力のもとに,全国の日本循環器学会専門研修・研修関連施設(1,349施設)を対象にアンケート調査を行った。2020年4月から2021年3月までの期間における,各施設における医療連携の体制および取り組み,さらには同期間に入院した急性冠症候群,急性心不全患者に対する診療について,Web形式で回答を得た。
結果 調査依頼を行った1,349施設のうち,759施設(56%)から回答を得た。回答があった施設のうち,572施設(75%)が何らかの診療連携の取り組みを行っていると回答した。地域連携パスを運用している施設は,急性冠症候群では84施設(11%),急性心不全では113施設(15%)と少数であった。地域連携パスを運用している患者の割合は,いずれの疾病群でも2割未満であった。患者教育資料を用いている施設は,急性冠症候群では177施設(23%),急性心不全では358施設(47%)であり,運用している患者の割合は,いずれの疾病群でも8割以上と回答した施設が最も多かった。また,実際に外来心大血管リハビリテーションを行った患者の割合は,2割未満と回答した施設が最も多かった。
結論 日本循環器学会研修施設・研修関連施設を対象として,急性期から回復期・慢性期にかかる連携の実態に関するアンケート調査を行った。地域連携パスおよび患者教育資料の運用実態は施設間および対象疾患により異なることが明らかになり,今後どのような診療連携に関する取り組みを進めていくかについて,さらに議論が必要であることが示唆された。
キーワード 循環器疾患,医療連携,地域連携パス,患者教育資料,急性冠症候群,急性心不全
第70巻第5号 2023年5月 海外渡航における日本人の
三好 知美 (ミヨシ トモミ) 渡邉 正樹(ワタナベ マサキ) |
目的 新型コロナウイルス感染症の流行以前は,海外に渡航する日本人は増加傾向にあった。同時に海外渡航における日本人の事件,事故,傷病も増加し,2015年の海外邦人総援護人数は2万人を超え,海外渡航者の安全対策が喫緊の課題である。本研究の目的は,海外渡航において日本人が遭遇する主なハザードである犯罪,事故,感染症を取り上げ,リスク認知,自己効力感および主観的知識を把握し,予防行動意図との関連を明らかにすることである。
方法 調査機関の登録者のうち日本国籍を持つ20~69歳の計2,000名を対象にWeb調査を実施した(有効回答者1,989名)。調査時期は2016年12月であった。調査内容は,基本属性,過去10年間の渡航回数および被害経験,犯罪,事故,感染症に対するリスク認知(重大性,被害可能性),自己効力感,主観的知識および予防行動意図である。予防行動意図は,安全情報収集意図,感染症情報収集意図と海外保険加入意図の3項目であった。
結果 渡航回数別の比較では,重大性は,すべてのハザードにおいて渡航回数間に有意差(p<0.05)が認められ,犯罪では渡航回数5回以上の者は,渡航回数1回の者より重大性の認知が低かった。被害可能性は,事故のみで渡航回数間に有意差が認められた。一方,自己効力感,主観的知識では,すべてのハザードにおいて有意差が認められ,渡航回数が多い者が有意に高い傾向がみられた。自分の被害経験有無では,重大性,被害可能性は,すべてのハザードで有意差が認められなかった。しかし,身近な人の被害経験の有無では,重大性は犯罪,事故で,被害可能性はすべてのハザードで,身近な人の被害経験がある者が,ない者に比べて有意に高かった。安全情報収集意図,感染症情報収集意図,海外保険加入意図それぞれを従属変数とした重回帰分析を行ったところ,重大性の標準偏回帰係数が高く,他の独立変数に比べて強く影響していた。
結論 海外渡航で遭遇する新たなハザードの種類や程度によっては,過去の経験と大きく異なる場合がある。過去の経験が判断を誤らせリスクを過小評価したり,自己効力感,主観的知識が高い場合には,予防行動やリスク回避行動を妨げたりすることが懸念される。経験による認知バイアスを考慮した対策が必要であることが示唆された。
キーワード 海外渡航,ハザード,リスク認知,自己効力感,主観的知識,予防行動意図
第70巻第5号 2023年5月 製造業労働者の生活習慣に関する性別・年齢階級別検討-製造業94社における約7 万人(20~69歳)の特定健康診査データから-土田 ももこ(ツチダ モモコ) 門間 貴史(モンマ タカフミ) 小澤 咲子(オザワ サキコ)菊地 亜矢子(キクチ アヤコ) 武田 文(タケダ フミ) |
目的 特定健康診査データを用いて,20~69歳の製造業労働者の生活習慣(喫煙,運動,食事,飲酒,睡眠等)に関する性別・年齢階級別のリスク傾向を明らかにする。
方法 製造業94社が加入している2つの健康保険組合の2015年度特定健康診査を受診した20~69歳の従業員75,498名(男性:62,056名,女性:13,442名)を分析対象とした。特定健康診査の標準的な質問票の11項目(喫煙1項目,運動3項目,食事4項目,飲酒2項目,睡眠1項目)を用いて,生活習慣の性別・年齢階級別(20歳代,30歳代,40歳代,50歳代,60歳代)の状況をχ2検定およびBonferroniの多重比較によって検討した。
結果 性別にみると男性では,喫煙,就寝前2時間以内に夕食をとる,朝食を欠食する,食べる速度が速い,毎日飲酒をする,の割合が高く,女性では,運動習慣がない,身体活動が少ない,歩行速度が遅い,夕食後に間食をする,飲酒量が多い,睡眠による十分な休養がない,の割合が高かった。さらに男性で割合の高い上記5項目を年齢階級別にみると,朝食を欠食する者は20歳代で,現在喫煙をしている者,就寝前2時間以内に夕食をとる者,食べる速度が速い者は40歳代で,毎日飲酒をする者は60歳代で最も多かった。また女性で割合が高い上記6項目を年齢階級別にみると,運動習慣がない者,歩行速度が遅い者,生活習慣病リスクを高める飲酒量の者は20歳代で,身体活動が少ない者は40歳代で,睡眠による十分な休養がとれていない者は50歳代で最も多く,夕食後の間食については年齢階級による差異を認めなかった。
結論 製造業労働者における生活習慣リスクについて性別・年齢階級別に分析した結果,男性における20歳代の朝食の欠食,40歳代の喫煙,就寝前2時間以内の夕食,食べる速度の速さ,60歳代の毎日の飲酒が,また女性における20歳代の運動習慣の欠如,歩行速度が遅いこと,飲酒量が多いこと,40歳代の身体活動の欠如,50歳代の睡眠による休養の不足が,改善すべき重点課題であることが示唆された。
キーワード 製造業労働者,生活習慣,性別・年齢階級別,特定健康診査
第70巻第5号 2023年5月 乳がんの住民検診における受診間隔の遵守に関連する要因-全国データの集計および地域相関分析-高橋 則晃(タカハシ ノリアキ) 高橋 宏和(タカハシ ヒロカズ)中尾 睦宏(ナカオ ムツヒロ) 山崎 力(ヤマザキ ツトム) |
目的 健康増進事業として市区町村で実施されている乳がんの住民検診における2年連続受診者の状況と特性を明らかにすることを目的とした。
方法 「地域保健・健康増進事業報告」の2018・2019年度の乳がん検診データを用いて日本全国の2年連続受診者の割合を年齢階級ごとに集計した。同割合に関連する市区町村の要因を特定するために地域相関分析を実施した。分析に用いる市区町村の背景因子には人口,産業・就業,医療に関する各変数および検診受診率の計12変数を使用した。
結果 2年分の受診者数を分母とした計算式において2年連続受診者の割合は全体で9.7%であり,年齢階級が上がるにつれて増加する傾向が認められた。地域相関分析の結果,2年連続受診者割合と最も関連が大きかった市区町村の背景因子は受診率そのものであり,そのほか総人口,人口密度,転出者割合の面で都市部に対して地方において同割合が高い傾向が示された。2年連続受診者割合と受診率との散布図から,指針通りの隔年受診を遵守している自治体とそれ以外の自治体に大きく二分している傾向が示された。
結論 利益・不利益のバランスから隔年受診が推奨される乳がん検診において,日本の全市区町村の住民検診データを用いて2年連続受診者割合の状況を明らかにした。隔年受診の遵守を意識していない自治体では積極的に受診率の向上に取り組む際に,未受診者だけでなく既に隔年で受診している市民に対しても毎年の受診を促進してしまっている可能性がある。今後の課題として,適切な受診間隔を遵守している自治体を奨励するための評価指標の確立が望まれる。
キーワード 乳がん検診,マンモグラフィ,受診間隔,受診率,不利益,地域相関分析
第70巻第4号 2023年4月 独居認知症高齢者の在宅生活継続困難時に
中島 民恵子(ナカシマ タエコ) 杉山 京(スギヤマ ケイ) |
目的 本研究は独居認知症高齢者の在宅生活継続に向けて,介護支援専門員からみた独居認知症高齢者が在宅生活継続困難時に直面する課題の構造を明らかにすることを目的とした。
方法 オンライン調査会社のパネルを用いて,独居認知症高齢者のケアマネジメントの経験がある介護支援専門員400人に対して,Web上での質問紙調査を実施した。回答は400人から得られ,統計解析には在宅継続が困難となった独居認知症高齢者を支援した経験がある345人による資料を用いた。質問紙は在宅生活を中断した独居認知症高齢者を担当した経験の有無や,過去に担当した事例において在宅生活継続困難時に直面した課題等の調査項目で構成した。分析では,在宅生活継続困難時に直面する課題を構成する因子を確認するため,探索的因子分析を行った。さらに,抽出された因子の構成概念妥当性を,構造方程式モデリングを用いた検証的因子分析によって検討した。
結果 探索的因子分析の結果,【セルフマネジメント能力】【本人の独居生活への意欲】【住環境】【外出時の本人の注意力】【インフォーマルサポートとの関係】の5因子が抽出された。【セルフマネジメント能力】は栄養摂取,服薬管理,金銭管理等に関する項目で構成,【本人の独居生活への意欲】は本人の在宅生活に対する内面的な状況を示す項目で構成,【住環境】は生活をしていく上でバリアになりうる,商店のなさ,外出しづらい環境の項目で構成,【外出時の本人の注意力】は外出時の迷子,信号無視などによって交通事故に巻き込まれる可能性がある項目で構成,【インフォーマルサポートとの関係】は,主に家族との関わりと地域住民との関わりとの2つの側面に関する項目で構成されていた。検証的因子分析におけるモデルの適合度は統計学的許容水準を満たしており,構成概念妥当性が支持された。
結論 統計学的手法を用いて,独居認知症高齢者が在宅生活継続困難時に直面する課題の構造が確認された。独居認知症高齢者が在宅生活を望む場合に,それらを困難にしうる要因を捉える視点を持つ指標開発の一助となる点が意義深い。今後は,全国の介護支援専門員を対象とした郵送型の調査を実施,結果の一般化を図ることが課題である。
キーワード 独居認知症高齢者,在宅生活継続,介護支援専門員
第70巻第4号 2023年4月 大都市で生活する軽度認知機能低下を認める
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目的 本研究は,大都市で生活する軽度認知機能低下が認められる一人暮らしの利用者に対し,介護支援専門員の視点から訪問看護利用の効果を見いだすことを目的とした。
方法 介護サービス情報公表システムに登録している,関東地区の政令指定都市A市すべての居宅介護支援事業所926カ所に勤務する介護支援専門員を対象にした。要介護1で認知機能低下を認め訪問看護を利用しているケースと,訪問看護以外の他の介護サービスを利用しているケースを担当する者それぞれ1名抽出した。抽出された介護支援専門員に,担当する利用者の概要,介護支援専門員からの視点から判断した病状,認知機能,生活状況,家族の不安について,担当当初から現在までの状況の変化について,無記名自記入式質問紙による調査を実施した。得られたデータは,訪問看護利用者群と訪問看護未利用者群の2群に分け,介護支援専門員の担当当初から現在までの状況の変化をクロス集計し,各々の関係についてχ2検定を行った。さらに効果の認められた項目についてロジスティック回帰分析を行った。
結果 質問紙の回収は256カ所(回収率27.8%)で介護支援専門員386名から回答を得た。そのうち,担当するケースで「独居」と回答した160名を本研究の分析対象とした。訪問看護を利用しているケース89名を「訪問看護利用者群」とし,訪問看護以外の他の介護サービスを利用しているケース71名を「訪問看護未利用者群」とした。両群とも平均年齢は82歳であった。「訪問看護利用者群」と「訪問看護未利用者群」に分け,利用者の変化を「病状」「認知機能」「生活状況」「家族の不安」について関係をみたところ,「認知機能」と「家族の不安」に有意な関係がみられた。そして,「認知機能」と「家族の不安」についてロジスティック回帰分析の結果,「認知機能」の維持改善においては,訪問看護の利用,認知症薬を内服中,認知症高齢者日常生活自立度判定基準に有意な関連が認められた。「家族の不安」の維持改善においては,訪問看護の利用,認知症薬を内服中に有意な関連が認められた。
結論 大都市で生活する軽度認知機能低下を認める一人暮らしの方について,介護支援専門員の視点では「訪問看護利用者群」は「訪問看護未利用者群」に比べ,認知症薬の内服や認知症高齢者日常生活自立度判定基準の影響も存在するが,認知機能は現状を維持し,家族の不安は改善されている傾向がみられた。このことは,訪問看護の利用に関する効果の1つと推察された。
キーワード 訪問看護,軽度認知機能低下,大都市,一人暮らし
第70巻第4号 2023年4月 家族エンパワメント尺度短縮版の作成佐藤 伊織(サトウ イオリ) 藤岡 寛(フジオカ ヒロシ)松澤 明美(マツザワ アケミ) 涌水 理恵(ワキミズ リエ) |
目的 家族エンパワメントは,何か目前の課題がある場合に家族が自分たちのおかれた状況に気づき,問題を自覚し,自分たちの生活の調整と改善を図る力をつけることを目指すことと定義される。家族エンパワメント尺度(FES)は,障がいのある子どもの主たる養育者が回答する自記式尺度であり,日本を含む世界各地の研究で使用されているが,34項目と項目数が多く,多忙な養育者へ回答を求めるには負担がある。そこで,FESの短縮版を作成し,信頼性および妥当性を検討した。
方法 在宅重症心身障害児の家族を対象とした既存のデータセット(N=561)を用いて項目反応理論(段階反応モデル)により10項目の短縮版を作成した。項目削減プロセスにおいては研究者間で項目内容の検討・議論を行い,全項目版で担保されている内容的妥当性の維持につとめた。情緒・発達障がいのある子どもの主養育者を対象とした別のデータセット(N=204)を用いて,10項目でのCronbachのα係数,再テストの級内相関係数(ICC),FES34項目総合得点との相関係数を算出した。確認的因子分析を行い,一因子モデルの適合度を算出した。
結果 識別力の高い10項目を選択できた。Cronbachのα係数は0.887,ICCは0.737,FES34項目総合得点との相関係数は0.937であった。修正指標に基づき共分散パスを引いた一因子モデルの適合度指標は,χ2値が66.4(自由度=28,p=0.000),RMSEAが0.048,CFIが0.98であった。
結論 FES日本語版の10項目短縮版を,項目反応理論により作成し,内的一貫性・再検査信頼性・基準関連妥当性・構成概念妥当性を確立した。FES10項目短縮版の合計得点はFES総合得点と同様に家族エンパワメントの高さの指標として利用可能である。家族エンパワメントを詳しく査定するために3つの下位尺度得点を算出したい場合は,短縮版でなく元の34項目版を利用すべきである。
キーワード 親,介護者,家族エンパワメント,家族看護,尺度開発,障がい児
第70巻第4号 2023年4月 熊本地震被災者の中長期的メンタルヘルスの実態と関連要因-コロナ禍からの復興-大河内 彩子(オオコウチ アヤコ) 何 慕(カ モ) 佐美三 知典(サミソ トモノリ) |
目的 熊本市で最大11万人が避難した熊本地震の発災後5年となった。しかし,東日本大震災では復興期に睡眠障害および心理的苦痛となる割合が増加したことから,熊本地震被災者についても同様の状況が危惧され,熊本地震の被災者の健康や生活における中長期的影響の評価が必要である。さらに,熊本地震では復興期に新型コロナウイルス感染症(以下,コロナ)パンデミックが生じた。よって,コロナの影響を含めて,仮設住宅退去後の熊本地震被災者の生活状況とメンタルヘルスリスクとの関連を精査し,今後の支援に役立てることを目的とした。
方法 仮設住宅を退去した熊本地震被災者のうち熊本市内居住18歳以上の者全数を対象とし,11,479世帯に調査票を配布し,郵送回収した。データ収集期間は2020年7-12月とし,回答のあった8,966人のデータを分析した。調査項目は,属性,現在の住まい・生活習慣・社会関係・コロナによる変化,メンタルヘルスリスク(要支援基準該当の有無,心理的苦痛,不眠症,PTSDリスク)である。独立性の検定後,メンタルヘルスリスクの有無を従属変数としオッズ比と95%信頼区間を用いたロジスティック回帰分析を行った。
結果 ロジスティック回帰分析の結果,現在の住まいが公営住宅,孤独感あり,コロナによる活動機会減少が心理的苦痛・睡眠障害・PTSDリスク・要支援基準(熊本市が支援を必要と考える基準)のすべてに関連していた。中でも孤独感ありのオッズ比が最も高かった。また,女性は要支援基準を除いた,すべてのメンタルヘルスリスクに関連していた。
結論 東日本大震災後の社会的孤立者の全死亡リスクの増加もあり,孤独感との関連について今後精査が必要である。女性との関連では,性差への配慮が必要である。現在の住まいの形態との関連は,東日本大震災の復興公営住宅居住者ほど心理的苦痛が高い傾向だったのと同様であり,つながりづくりが求められる。最後にコロナという新たなストレッサーに配慮した支援が求められる。
キーワード 熊本地震,新型コロナウイルス感染症,メンタルヘルス,孤独,女性,現在の住まい
第70巻第4号 2023年4月 特定機能病院の36協定で定める医師の延長労働時間三隅 達也(ミスミ タツヤ) |
目的 医師の約4割が年約960時間,約1割が年約1,920時間以上の時間外・休日労働を行っている実態がある。医師の労働時間縮減のため,2024年4月以降,医師に異なる水準の労働時間規制が設けられる。本研究の目的は,それまでに2年を切った時点における全国すべての特定機能病院の最新の時間外・休日労働に関する協定届(以下,36協定)で定める医師の特別延長時間等を明らかにし,それが医師の労働実態にどの程度沿っているかを明らかにすることである。
方法 すべての特定機能病院から労働基準法(以下,法)の適用外となる1施設を除く86施設を調査対象とした。2022年5月14日付けの行政文書開示請求書を各都道府県労働局へ郵送し,各施設から2021年度および2022年度に届け出された36協定を開示請求した。
結果 36協定なしは1施設(1.2%),1年単位の原則または特別延長時間の長い方が一般労働者の特別延長時間の上限の720時間以下は30施設(34.9%),720時間を超え一般の医療機関の医師に適用されるA水準の960時間以下は34施設(39.5%),960時間を超え特定地域医療提供機関の医師に適用されるB水準等の1,860時間以下は20施設(23.3%),1,860時間超は1施設(1.2%)であった。
結論 結果は医師の労働実態に照らして過少である。これは法違反の常態化および36協定の形骸化を示唆する。特定機能病院であってもその約7割はB(特定地域医療提供機関)・連携B(連携型特定地域医療提供機関)・C-1(技能向上集中研修機関)・C-2(特定高度技能研修機関)水準に特定されることを希望しないことが予想される。
キーワード 労働基準法,36協定,労働時間規制,医師,特定機能病院
第70巻第4号 2023年4月 緊急入院した脳梗塞患者の
桝田 真里(マスダ マリ) 馬場園 明(ババゾノ アキラ) |
目的 脳梗塞は発症後の経過や後遺症の程度に個人差があり,地域や家庭内に患者を受け入れる余裕がなければ急性期病院での在院日数が長くなると予測される。本研究では急性期脳梗塞患者に関する入院期間の長期化に影響する社会的要因を検討した。
方法 DPC対象病院である福岡県済生会福岡総合病院に脳梗塞で緊急入院した694名を対象として,院内データから患者特性と社会的要因の項目を抽出した。社会的要因と入院期間の関係を明らかにするために,DPC制度で定められた基準に基づいて「全国平均在院日数以内での退院群」と「長期入院群」に分け,2群の患者特性と社会的要因の割合を比較した。ロジスティック回帰モデルを利用して,長期入院に影響する社会的要因を検討した。
結果 長期入院群と対照群間で「キーパーソンとの同居あり」「経済的不安あり」「低所得である」「生活保護受給あり」の項目に有意差が認められた。ロジスティック回帰分析の結果,長期入院に影響すると選択された因子は「経済的不安あり」で,特に「移動能力の自立あり」に区分された患者は「経済的不安あり」の場合に長期入院群になりやすいことが示された。
結論 独居でないことよりも介護力を有する身近なキーパーソンの存在の方が医療機関の退院調整に貢献すると示唆される。経済的不安を抱える患者が入院中に社会的資源を活用するための手続きを行うことが入院期間の延長の要因となる可能性がある。
キーワード 急性期脳梗塞,入院期間,DPC対象病院,社会的要因,身近なキーパーソン
第70巻第3号 2023年3月 レセプト統計による推計平均在院日数の妥当性の検証について渡邊 千里(ワタナベ センリ) 伏見 清秀(フシミ キヨヒデ) |
目的 診療エピソードにアプローチする統計にはコホート統計と期間統計があり,入院の在院日数に関するものとしては,コホート統計として患者調査の退院患者平均在院日数が,期間統計として病院報告の平均在院日数がある。厚生労働省保険局調査課では,新たな期間統計として,レセプト統計の件数・日数に関する恒等式から平均在院日数を推計する式を数理的に導出し,この推計値が実質的に病院報告の平均在院日数とみなせることを示している。この推計式を用いれば,業務上自動的に得られるレセプト統計から平均在院日数が推計でき,医療費分析において非常に有用である。本研究では,この推計式と病院報告の計算方法による平均在院日数およびコホート統計の計算方法による平均在院日数を同一のデータからそれぞれ計算し,直接比較することを目的とした。
方法 全国のDPC病院からランダムに抽出した10施設についての2013~2020年度のDPCデータを用いる。調査対象期間を2013~2019年度とし,調査対象期間の各月ごとに病院報告の計算方法による平均在院日数(基準値)と上記推計式による推計平均在院日数を計算し,両者を比較する。また,在院患者数の月内の分布を確認し,月末在院患者数の影響を補正した推計式でも比較する。さらに,コホート統計として新規入院患者平均在院日数と退院患者平均在院日数との比較も行った。
結果 在院患者数の月末変化率は平均△4.2%(95%信頼区間:△5.0-△3.5%,p<0.001)となり,月末に有意に減少していた。推計平均在院日数は基準値と高い相関を示したものの,基準値に対してプラス方向に偏りが見られたが,補正値では偏りが見られなかった。基準値との同等性を比較すると,基準値との差は,推計平均在院日数が平均0.273(95%信頼区間:0.247-0.298),補正値が平均0.007(△0.006-0.020),新規入院患者平均在院日数が平均△0.067(△0.101-△0.033),退院患者平均在院日数が平均0.069(0.018-0.119)で,すべて同等性マージン(±0.5日)の範囲内にあった。
結論 病院報告の計算方法による平均在院日数と比べて,推計平均在院日数はおおむね同等である。また,コホート統計ともおおむね同等である。
キーワード 平均在院日数,推計平均在院日数,レセプト統計,診療エピソード統計,コホート統計,期間統計
第70巻第3号 2023年3月 COVID-19流行前後の健康関連行動の変化と
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目的 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行前後での健康関連行動(運動,飲酒,喫煙)の増減を説明する要因として行動経済学的概念である時間割引率に着目し,時間割引率が低い人々と高い人々の間の健康関連行動の差がCOVID-19流行前よりもコロナ禍(COVID-19流行下)において拡大したかを検討した。
方法 東京近郊4市区に在住の25歳から50歳までの男女から確率的に抽出された人々を対象とした,まちと家族の健康調査(J-SHINE)の第3回(2017年)と第4回(2020年)のデータを使用した。両調査に回答し,かつ分析に使用する変数に欠損のなかった1,048人のデータを分析対象とした。目的変数として3種の健康関連行動(運動習慣,毎日の飲酒習慣,喫煙習慣:それぞれ2017年と2020年の両調査で測定)を,説明変数として回答した年(2020年ダミー),時間割引率,それらの交互作用項を使用し,調整変数として年齢,性別,最終学歴,テレワーク・在宅勤務,配偶者・パートナーとの同居を投入したロジスティック回帰分析を行った。
結果 運動習慣については,2020年ダミー×時間割引率の交互作用効果が統計学的に有意であり(オッズ比[OR]=1.35,95%信頼区間[CI]:1.00-1.83),時間割引率が高い人々において2017年から2020年にかけて運動習慣者割合の増加が大きかったことが示された。一方,毎日の飲酒習慣(OR=1.01,95%CI:0.86-1.18)と喫煙習慣(OR=0.92,95%CI:0.80-1.05)については,いずれも2020年ダミー×時間割引率の交互作用効果は統計学的に有意ではなかった。
結論 本研究の結果から,COVID-19流行前に比べて,流行下の方が時間割引率の高低による運動習慣の格差が縮小していることが示された。しかし,コロナ禍後には再び格差が拡大し得るのか,そして,格差が再拡大するのだとすればコロナ禍後のヘルスプロモーションをどのように行っていくべきか,といった点については継続的な調査研究により検討していく必要がある。
キーワード COVID-19,運動,飲酒,喫煙,時間割引率,時間選好
第70巻第3号 2023年3月 40~50代非肥満型糖尿病予備群のリスク要因の特徴-健康群,肥満型糖尿病予備群との比較-柳澤 理子(ヤナギサワ サトコ) 横山 加奈(ヨコヤマ カナ) 杉山 希美(スギヤマ キミ)杉山 晴子(スギヤマ ハルコ) 佐野 弥生(サノ ヤヨイ) 竹内 恵美子(タケウチ エミコ) 小林 純子(コバヤシ ジュンコ) 清水 かおり(シミズ カオリ) |
目的 本研究の目的は,豊川市の特定健診における有所見者状況を示すとともに,40~50代の健康群,非肥満型糖尿病予備群,肥満型糖尿病予備群を比較し,非肥満型糖尿病予備群に関連する生活習慣リスク要因を検討することである。
方法 愛知県豊川市の特定健診における有所見率を,愛知県,国と比較した。また,同市で糖尿病予防活動が強化される前の2015年に特定健診を受けた糖尿病非治療者をHbA1c値で分類し,健康群(HbA1c<6.0%),非肥満型糖尿病予備群(6.0≦HbA1c<6.5%,BMI<25.0),肥満型糖尿病予備群(6.0≦HbA1c<6.5%,BMI≧25.0)に分類し,生活習慣リスク要因を比較した。分析には,χ2検定,一元配置分散分析,多項ロジスティック回帰分析を用いた。
結果 特定健診の有所見率は,LDLコレステロールおよびHbA1cで愛知県および全国より高く,特にHbA1cは突出しており,40~50代から高い傾向を示した。リスク要因の分析対象者は1,825人で,男性679人(37.2%),女性1,146人(62.8%)であった。また,健康群1,479人(81.0%),非肥満型糖尿病予備群218人(11.9%),肥満型糖尿病予備群128人(7.0%)であった。非肥満型糖尿病予備群は,健康群に比較して年齢が高く,20歳の時から体重が10㎏以上増加しており,人と比較して食べる速度が速い者が多かった。一方,毎日飲酒する者は健康群より少なかった。肥満型糖尿病予備群は,健康群に比較して年齢が高く,20歳の時から体重が10㎏以上増加しており,1回30分以上の軽く汗をかく運動を週2日以上1年以上実施しており,人と比較して食べる速度が速い者が多かった。また,ほぼ同じ年齢の同性と比較して歩く速度が速い者は少なく,お酒を毎日飲む者も少なかった。
結論 40~50代の非肥満型糖尿病予備群への保健指導においては,現在の体形に関わらず20代の体重を目安に体重の維持あるいは減少を目指すこと,ゆっくり食事をすることが有効な可能性がある。
キーワード 非肥満型糖尿病,境界型糖尿病,糖尿病予備群,生活習慣,豊川市,リスク要因
第70巻第3号 2023年3月 チーム医療が医療の効率性に及ぼす影響-看護職チームの連携に対する認識度合いの分析から-藤谷 克己(フジタニ カツミ) 鈴木 里砂(スズキ リサ) 谷口 優(タニグチ ユウ)市川 香織(イチカワ カオリ) 松下 博宣(マツシタ ヒロノブ) |
目的 本研究では,医療機関における看護職のチーム医療の認識度合いについて計量的評価を行い,医療の効率性に対する影響を調べることを目的とした。わが国では多職種連携を一般にチーム医療と呼ぶことが多く,今回は看護という同職種内での連携を中心に,多職種連携協働の実態に対する認識の程度を計測することにより,多職種連携協働の醸成度を評価し,チーム医療の連携醸成度合いと医療の効率性の関係を調査対象とした。
方法 本研究では,評価指標としてAITCS-Ⅱ-J(Assessment of Inter-professional Team Collaboration Scale-Ⅱ-J AITCS日本語版)を用いた。また医療の効率性に関わる評価指標は,DiNQL(Database for improvement of Nursing Quality and Labor)データを使用し,調査項目については,病床回転率,平均在院日数,ADL改善率とした。調査はA医療施設で働く全職種を対象として行った。調査データの収集はウェブ経由で行い,期間は2019年4月15日から同年5月17日までであった。
結果 AITCS-Ⅱ-Jの総得点の平均値(±標準偏差)は,81.3±1.0であった。AITCS-Ⅱ-Jのサブスケール得点では,パートナーシップが28.7±0.4,協力が29.5±0.5,調整が23.2±0.4であった。信頼性に関しては,AITCS-Ⅱ-Jのクロンバックのα係数は0.933であった。また病床回転率の平均値(±標準偏差)は2.9±0.1,平均在院日数が11.9±0.3,ADL改善率が45.1±1.2であった。
結論 本研究の結果から,AITCS-Ⅱ-Jのサブスケールであるパートナーシップ得点が高いほど,医療の効率性指標である病床回転率が上がり,かつ平均在院日数が有意に短縮されることが明らかになった(それぞれβ=0.232,p=0.007,β=-0.306,p=0.001)。具体的には,患者の要望に耳を傾ける行動,ケアプラン作成には患者や家族と一緒になって行う行動を含む多職種連携を推進,醸成することにより平均在院日数が短縮されることが示唆された。
キーワード 多職種連携,AITCS-Ⅱ-J,医療の効率性,病床回転率,平均在院日数,ADL改善率
第70巻第3号 2023年3月 主任介護支援専門員の事業所内における役割-管理者の重要度と実行度の認識から-三橋 優介(ミハシ ユウスケ) |
目的 本研究では,居宅介護支援事業所(以下,事業所)の主任介護支援専門員の事業所内における役割に着目し,重要性の認識の度合い(重要度)と,実行している度合い(実行度)の実態と相互の関係を構造的に分析することにより,現状を明らかにすることを目的とした。
方法 福岡県の事業所のうち,特定事業所加算Ⅰ~Ⅲを算定している526件を抽出し,そこに所属する管理者を調査対象とした。質問紙の項目は,①調査対象者の基本属性,②事業所内の役割に関する18項目の重要度と実行度,③地域の役割に関する13項目の重要度と実行度等であった。調査方法は無記名自記式質問紙を用いた郵送調査とし,調査期間は2021年3月1日から4月30日までであった。
結果 送付数526件のうち,有効回答数は276件(回収率52.5%)であった。質問項目では,重要度と実行度の双方において「事業所内の介護支援専門員が担当しているケースの,事業所内における情報共有」「事業所内の介護支援専門員が担当しているケースの,管理者への報告」「担当介護支援専門員が不在時の,他の介護支援専門員による対応」「事例検討会の開催」が高値を示した。また,重要度と実行度の間には強い相関関係が認められた。
結論 主任介護支援専門員の事業所内における役割として,事業所内の情報共有に基づいた支援を重視し,かつ実行していることが明らかになった。また,事例検討会の開催についても重要度・実行度は高く,事例検討会を通した介護支援専門員の資質向上を重視し,かつ実行していることが示唆された。さらに,事業所内の役割における重要度と実行度の高さは相互に関連していることが示された。
キーワード 居宅介護支援事業所,主任介護支援専門員,事業所内における役割,重要度,実行度
第70巻第3号 2023年3月 自治体における保育士の離職意思に影響する要因と
宮本 絢子(ミヤモト アヤコ) 白神 敬介(シラガ ケイスケ) |
目的 近年,各地方自治体では保育士確保が大きな課題となっており,多くの自治体で様々な取り組みが行われているが,現場保育士の負担や離職は増加傾向にある。そこで,本研究では,自治体の保育主管課を対象に,保育士の離職要因に加え,業務負担軽減および離職防止策に関する調査を実施した。特に,2020年以降のコロナ禍において,全国的に保育計画(行事)を再考する動きが増えた社会背景を踏まえ,保育主管課が認識する保育士の離職要因や業務負担軽減および離職防止策を整理すること,さらに自治体の規模による比較検討と,コロナ禍以前から保育計画(行事)の見直しを進めていた自治体に関する検討の3点から分析を進める。
方法 政令指定都市等の大都市と人口5万人以下の小都市を含む計105の自治体の保育主管課を対象に2021年9月から12月に質問紙調査を行い,得られたデータを分析した。主な調査内容は,自治体の基本情報,コロナ禍前後を含む行事の実施状況,正規保育士の離職要因,業務負担軽減および離職防止策に関する事項である。
結果 保育士の離職意思に影響する要因については,「人間関係の困難感」が多く選択された。このことは,都市の規模や,保育計画(行事)の変更の検討時期がコロナ禍以前か以後かには関係なく認められた。業務負担軽減および離職防止策については,保育所のICT化は大都市で顕著であったものの,全体でみると「事務・雑務の改善」や「就労時間(時間外労働)の改善」が半数を超え,「保育所の職員間でのコミュニケーションの改善」は,半数以下であった。
結論 結果より,「人間関係の困難感」を主要な離職要因と捉える傾向が確認されたが,これに対する保育の業務負担軽減および離職防止策の割合は低い傾向が見いだされた。このことから,保育主管課においては働き方改革の推進や業務の効率化といった制度的環境の整備に比重が置かれている実態があると考えられる。また,本調査の結果では,保育士を調査した先行研究とは異なり,離職意思に影響する要因として「行事の大変さ」や「家に持ち帰る仕事の大変さ」を選択した自治体はほとんどなかった。このことは,保育の業務負担に対する保育主管課と現場保育士の考えの相違を示唆している。
キーワード 保育計画,保育主管課,公立保育所,保育士の業務負担,離職防止,コロナ禍