論文
第70巻第5号 2023年5月 海外渡航における日本人の
三好 知美 (ミヨシ トモミ) 渡邉 正樹(ワタナベ マサキ) |
目的 新型コロナウイルス感染症の流行以前は,海外に渡航する日本人は増加傾向にあった。同時に海外渡航における日本人の事件,事故,傷病も増加し,2015年の海外邦人総援護人数は2万人を超え,海外渡航者の安全対策が喫緊の課題である。本研究の目的は,海外渡航において日本人が遭遇する主なハザードである犯罪,事故,感染症を取り上げ,リスク認知,自己効力感および主観的知識を把握し,予防行動意図との関連を明らかにすることである。
方法 調査機関の登録者のうち日本国籍を持つ20~69歳の計2,000名を対象にWeb調査を実施した(有効回答者1,989名)。調査時期は2016年12月であった。調査内容は,基本属性,過去10年間の渡航回数および被害経験,犯罪,事故,感染症に対するリスク認知(重大性,被害可能性),自己効力感,主観的知識および予防行動意図である。予防行動意図は,安全情報収集意図,感染症情報収集意図と海外保険加入意図の3項目であった。
結果 渡航回数別の比較では,重大性は,すべてのハザードにおいて渡航回数間に有意差(p<0.05)が認められ,犯罪では渡航回数5回以上の者は,渡航回数1回の者より重大性の認知が低かった。被害可能性は,事故のみで渡航回数間に有意差が認められた。一方,自己効力感,主観的知識では,すべてのハザードにおいて有意差が認められ,渡航回数が多い者が有意に高い傾向がみられた。自分の被害経験有無では,重大性,被害可能性は,すべてのハザードで有意差が認められなかった。しかし,身近な人の被害経験の有無では,重大性は犯罪,事故で,被害可能性はすべてのハザードで,身近な人の被害経験がある者が,ない者に比べて有意に高かった。安全情報収集意図,感染症情報収集意図,海外保険加入意図それぞれを従属変数とした重回帰分析を行ったところ,重大性の標準偏回帰係数が高く,他の独立変数に比べて強く影響していた。
結論 海外渡航で遭遇する新たなハザードの種類や程度によっては,過去の経験と大きく異なる場合がある。過去の経験が判断を誤らせリスクを過小評価したり,自己効力感,主観的知識が高い場合には,予防行動やリスク回避行動を妨げたりすることが懸念される。経験による認知バイアスを考慮した対策が必要であることが示唆された。
キーワード 海外渡航,ハザード,リスク認知,自己効力感,主観的知識,予防行動意図