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論文記事 | 一般財団法人厚生労働統計協会|国民衛生の動向、厚生労働統計情報を提供

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論文

第55巻第4号 2008年4月

ハイリスク高齢者における「運動器の機能向上」を
目的とした介護予防教室の有効性

清野 諭(セイノ サトシ) 藪下 典子(ヤブシタ ノリコ) 金 美芝(キム ミジ)
深作 貴子(フカサク タカコ) 大藏 倫博(オオクラ トモヒロ) 奥野 純子(オクノ ジュンコ)
田中 喜代次(タナカ キヨジ)

目的 現在,新予防給付とともに地域支援事業における特定高齢者施策が自治体レベルで展開されている。しかし,特定高齢者レベルの者を対象とした運動介入の効果に関する報告は少なく,特定高齢者施策における有益な知見の提供が待たれている。そこで本研究では,特定高齢者を含むハイリスク高齢者(将来的に要介護となる可能性の高い高齢者)を対象に,「運動器の機能向上」を目的とした介護予防教室の有効性を身体機能,運動習慣,生活機能の変化より検討した。
方法 ハイリスク高齢者27名(78.4±6.1歳,男性7名,女性20名)を対象とした。週1回のグループ運動と,在宅での運動プログラムからなる介護予防教室を計14週間開催し,事前事後で身体機能および運動習慣,生活機能への変化を比較した。また,運動日誌を配布し,教室中および教室終了後8週間の在宅運動実践状況を確認した。
結果 体力測定10項目中,長座体前屈,ステップテスト,5回いす立ち上がり,Timed up and go,タンデムバランス,タンデムウォーキングの6項目において有意な改善が認められ,運動機能の著しい低下がみられる者の割合も有意に減少した。また,運動習慣を有する者の割合と運動頻度が有意に向上し,介護予防教室終了後8週間にわたって追跡できた11名は,介護予防教室中に比べて一週間当たりの在宅運動実践回数が有意に増加していた。しかし,生活機能には有意な変化がみられなかった。
結論 ハイリスク高齢者における「運動器の機能向上」を目的とした介護予防教室は,身体機能の維持・改善および運動習慣の形成に有効であることが示唆された。その一方で,生活機能への好影響についてはさらなる検討の余地があり,運動に付随する社会的・心理的効果など,身体機能以外の要素をも包括した総合的プログラムによって検討していくことが肝要と考えられた。また,介入終了後も運動習慣および身体機能を維持できるかといった長期的な効果を検証し,3カ月という教室期間が適当であるかについても議論していく必要がある。
キーワード 特定高齢者,介護予防教室,身体機能,運動習慣,生活機能

 

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第55巻第4号 2008年4月

地域保健医療福祉の取り組みの評価に重要な統計指標

世古 留美(セコ ルミ) 川戸 美由紀(カワド ミユキ) 橋本 修二(ハシモト シュウジ)
加藤 昌弘(カトウ マサヒロ) 松田 智大(マツダ トモヒロ) 青山 旬(アオヤマ ヒトシ)
畑 栄一(ハタ エイイチ)

目的 地域保健医療福祉の取り組みの評価において,地域保健関係者からみて重要な統計指標を明らかにする。
方法 都道府県・特別区・指定都市の健康福祉担当部局主管課長85人と保健所長535人に対して,調査票を配布・回収した。調査票は,8分野の141統計指標の中から,地域保健医療福祉の取り組みの評価においてとくに重要なものを複数選択するように求めるとともに,それ以外に重要な統計指標を自由回答形式で質問した。
結果 都道府県・特別区・指定都市は73人(85.9%),保健所は436人(81.5%)から調査票が回収された。地域保健医療福祉の取り組みの評価において,とくに重要と回答された割合が大きかった統計指標は,母子保健分野で「乳児死亡率」「乳幼児健康診査受診人員」等,健康増進分野で「喫煙習慣」「肥満者割合」等,疾病対策分野(生活習慣病)で「悪性新生物の死亡率」「糖尿病の有病率」「基本健康診査の受診率」等であった。疾病対策分野(感染症,結核,エイズ),特定疾患・精神保健福祉・歯科保健分野,高齢者保健福祉分野,医療分野,その他の分野でもいくつかの統計指標が挙げられた。それ以外の重要な統計指標に関する多くの自由回答が得られたが,特定の統計指標への集中はみられなかった。
結論 地域保健医療福祉の取り組みの評価において,地域保健関係者からみて重要な統計指標が選定され,その多くは主要な取り組みと密接に関係していると考えられた。
キーワード 保健医療福祉,統計指標,母子保健,健康増進,生活習慣病

 

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第55巻第4号 2008年4月

都道府県別の職域定期健康診断有所見率と
脳心血管疾患死亡率との関連性

若林 一郎(ワカバヤシ イチロウ)

目的 全国の事業所における定期健康診断の法定項目には,血圧,血中脂質,血糖などの生活習慣病に関連する項目が含まれている。本研究では都道府県別の事業所定期健康診断有所見率の意義を知る目的で,定期健康診断の各項目間での有所見率の相関および各項目有所見率と脳心血管疾患死亡率との間の相関について検討した。
方法 労働衛生統計における都道府県別の事業所定期健康診断有所見率と人口動態統計における都道府県別の主な脳心血管系疾患分類(心疾患,虚血性心疾患,脳血管疾患,脳出血,脳梗塞,くも膜下出血)の粗死亡率および年齢調整死亡率との間の順位相関を分析した。
結果 都道府県別の血中脂質の有所見率は血圧,貧血,肝機能,心電図の有所見率との間で比較的強い相関を示した。また,貧血および心電図の有所見率は血中脂質をはじめ,血圧,肝機能,血糖,尿糖のいずれの項目とも有意な相関を示した。都道府県別の粗死亡率との相関では,都道府県別の貧血,肝機能,心電図の有所見率が,いずれも心疾患,脳血管疾患,くも膜下出血,脳梗塞の粗死亡率と有意な相関を示した。都道府県別の年齢調整死亡率との相関では,貧血および心電図の有所見率が脳梗塞の死亡率と有意な相関を示した。一方,血圧,血中脂質,血糖,尿糖の有所見率はいずれの脳心血管疾患粗死亡率および年齢調整死亡率とも有意な相関を示さなかった。
結論 職域定期健康診断における各項目間の都道府県別有所見率は比較的良く相関するが,このうち動脈硬化のリスク要因の有所見率はその時点の人口動態統計での都道府県別脳心血管疾患死亡率には反映されないことが示唆された。
キーワード 職域保健,動脈硬化,有所見率,脳心血管疾患,死亡率,定期健康診断

 

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第55巻第5号 2008年5月

都道府県別生命表による平均寿命の地域差分析

仲津留 隆(ナカツル タカシ) 大西 雄基(オオニシ ユウキ)

目的 平成12年と17年それぞれの各都道府県の平均寿命と全国の平均寿命の違い(地域差)に対して,年齢別・死因別に寄与分解を試みることで,地域差の要因とその経年変化を明らかにすることを目的とする。
方法 各都道府県の平均寿命と全国の平均寿命の差(地域差)に対する年齢別の寄与は,全国の死亡率を順次,各都道府県の死亡率に置き換えたときの平均寿命の差として算出した。死因別の寄与は各年齢に対し,死亡率を死因別に分解することで同様に死因別寄与を求め,全年齢で足しあげた。
結果 女で1位の沖縄県の地域差は,年齢別には70歳以上が大きくプラスに寄与しており,また,死因別には3大死因が大きくプラスに寄与している。しかし,平成12年と17年との地域差を比較すると,70歳以上および3大死因のプラスの寄与が小さくなっており,地域差が縮小している。男で47位の青森県の地域差は,年齢別には中年層を中心にほとんどの年齢階級でマイナスの寄与となっており,また,死因別には3大死因と自殺がマイナスの寄与となっている。また,平成12年と17年の地域差を比較するとほとんどの年齢階級でマイナスの寄与がさらに大きくなり,死因別には,悪性新生物と自殺のマイナスの寄与が大きくなっている。
結論 各都道府県の平均寿命と全国の平均寿命の差(地域差)を年齢別,死因別に分析するとそれぞれの都道府県ごとに特徴のあることがわかった。また,地域差の経年変化を年齢別・死因別に分解することで,地域差の変化や平均寿命の都道府県別順位の変化の要因を詳細に分析できることがわかった。
キーワード 都道府県別生命表,地域差,年齢,死因,寄与

 

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第55巻第5号 2008年5月

生命表と年齢調整死亡率の関係について

齋藤 重正(サイトウ シゲマサ) 武井 亜起夫(タケイ アキオ) 大西 雄基(オオニシ ユウキ)

目的 死亡状況を表す生命表と年齢調整死亡率の関係について明らかにする。
方法 生命表と年齢調整死亡率に係る各指標の相関について調べてみた。また,島根(女)と沖縄(女)の平均寿命,年齢調整死亡率について,年齢階級ごとの影響を比較することにより,両者の差異について調べてみた。
結果 生命表と年齢調整死亡率の相関の高さが確認された。また,年齢調整死亡率は,中年齢階級の及ぼす影響が大きく,島根(女)の方が高くなる一方,平均寿命は,高年齢階級の及ぼす影響が大きく,沖縄(女)の方が高くなる様子が確認された。
結論 年齢調整死亡率では,死因別の年齢調整死亡率を算出しており,死因別死亡状況を比較することができる。一方,生命表では,年齢別の平均余命を算出しており,当該年齢以上の死亡状況を比較することができる。それぞれの指標に特長があり,必要に応じて両者を使い分けて活用することができる。
キーワード 都道府県別生命表,年齢調整死亡率,生存数,平均寿命,定常人口

 

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第55巻第5号 2008年5月

市区町村別にみた死因別死亡率のベイズ推定について

長谷川 功(ハセガワ イサオ)

目的 市区町村別生命表のような小規模地域における死亡状況を表す指標を算出する際に死因分析を行うことを目標として,小地域の不安定性を解消し,かつ,全死因については従来の推定方法との整合性を持つような死因別死亡率の推定方法を導入し,算出結果を検討する。
方法 従来の市区町村別生命表において中央死亡率をベイズ推定する際に用いるモデル(尤度関数を二項分布,事前分布をベータ分布)を多変数に拡張したモデルとして知られている多項分布とディリクレ分布との組を死因別中央死亡率のベイズ推定モデルとすることを提案する。さらに,導入したモデルにより算出される死因別中央死亡率(ベイズ推定値)を用いて死因を除去した場合の平均余命の延びと死因別死亡確率を試算して,モデルの有用性を検討した。
結果 試算した2種類の指標について,人口規模の小さな市区町村に対しては偶然変動の影響を抑えた結果が得られ,その一方で,人口規模の大きな市区町村に対しては,ベイズ推定を用いない方法とほぼ等しい結果が得られた。
結論 本稿で作成したベイズ推定値は小地域の死亡状況の分析手法として今後検討を重ねて活用されることが期待される。また,生命表以外の死因分析についても本稿と同様な方法で指標を作成できるかどうか今後研究する価値がある。
キーワード 市区町村別生命表,ベイズ推定,死因分析,平均余命の延び,死因別死亡確率

 

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第55巻第5号 2008年5月

最近のベイズ推定研究の小地域の人口動態指標推定への応用の研究

中田 正(ナカダ タダシ) 齋藤 重正(サイトウ シゲマサ) 六車 史(ムグルマ フミト)

目的 人口動態統計のような全数調査であっても存在すると考えられる「モデル誤差」の概念を導入し,小地域の指標推定において,最近のベイズ統計学の手法を用いることで,モデル誤差を克服することを目的とした。
方法 平成10~14年の高知県における市区町村別標準化死亡比について,二次医療圏ごとにベイズ推定した結果および県全体でベイズ推定した経験ベイズ推定値を算出し,ベイズ推定しない結果と比較した。
結果 ベイズ推定することで,小地域間の偶然変動によるばらつきを,かなり小さくできるという結果を得たが,地域選定の判断基準を得るまでは至らなかった。
結論 コンピューターの処理能力の向上により,厳密な計算はできなくともシミュレーションにより近似値を得る方法(MCMC法)が開発され,ベイズ推定の応用範囲が事前分布の制約を受けないところまで拡大したが,シミュレーション結果の妥当性には注意が必要である。小地域人口動態指標における地域選定の考え方として,より広い地域を設定すれば得られる統計指標は安定するが,小地域特性の反映度は薄くなるので,行政的に意味のある結果が得られるよう設定することが重要である。今後の課題として,地域選定の判断基準の分析と,新たな指標を設定し,ベイズ推定法等による計算とその妥当性について,さらに研究する必要がある。
キーワード 小地域,人口動態指標,モデル誤差,市区町村別標準化死亡比,ベイズ推定

 

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第55巻第6号 2008年6月

横浜市K区における,健康づくりに関連した
定年前中高年者の定年後の意識について

-第2報:量的調査の結果より-
船山 和志(フナヤマ カズシ) 堀口 逸子(ホリグチ イツコ) 岡 利香(オカ リカ)
平 智子(ヒラ トモコ) 齋藤 博(サイトウ ヒロシ) 鈴木 敏旦(スズキ トシアサ)
丸井 英二(マルイ エイジ)

目的 保健行政サービスにおける政策立案には,住民の現状を正しく把握することが前提である。われわれは事前に前期高齢者の健康づくりの現状を把握するために実施した質的調査で抽出された「定年」という用語から,これに関連する状況を量的に把握することを目的に質問紙調査を実施した。
方法 調査対象者は横浜市K区内在住の40歳以上の男女5,000人を無作為抽出した。調査方法はプリコード式質問紙調査で,郵送配布,回収した。質問項目は,健康づくりの意欲,職場での定年後の過ごし方に関する講座の有無,定年後の活動内容の決定,定年後の知識(情報)の取得,定年後に行いたい活動内容,である。
結果 定年前から定年後の活動を決めていたり,定年後の知識(情報)を得たいと考えている者ほど健康づくりの意欲が高かった。しかし,過半数の者が定年後の活動内容を決めておらず,多くの職場では,定年後の過ごし方に関する講座はなかった。性別にかかわらず,定年前から定年後の知識(情報)を得たいと7割以上が考えていた。定年後に行いたい活動では,「自治会・町内会活動」については6割以上の者が参加したくないと考えていた。「行政の主催する文化教養講座」「地域のボランティア活動」では,5~6割の者が参加したいと考えており,女性の方が参加したいと考えていた。
考察 定年前から定年後の活動を決めていたり,定年後の知識(情報)を得たいと考えている者ほど健康づくりの意欲が高いという結果は,事前の質的調査の結果と矛盾しなかった。多くの者が定年前から定年後の知識(情報)を得たいと考えているものの,職場に定年後の知識(情報)を得る講座などがない実態が明らかになった。このことから,今後は広範囲の産業保健活動と連携し,定年前からの定年後の社会活動参加の知識(情報)取得をサポートすることの重要性が,地域の健康づくりの観点から示唆された。また,「定年」は男性の生活背景として得られたものであるが,女性においても定年前からのサポートが重要と考えられた。
キーワード 保健行政,定年,健康づくり,質的調査

 

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第55巻第6号 2008年6月

利用者主体の福祉サービスに対する職員と利用者の認識の乖離

渡辺 修宏(ワタナベ ノブヒロ) 森山 哲美(モリヤマ テツミ)

目的 利用者主体の福祉サービスを提供すべき福祉施設において,その提供場面の職員と利用者の相互関係に焦点を当て,福祉サービスに対する両者の認識の乖離(かいり)を検討することを目的とした。
方法 調査対象はA県内の障害者支援施設14カ所(身体障害者療護施設)の職員451名(回収率74.1%)と利用者228名(回収率67.1%)であり,留置法か直接聞き取りのどちらかによる悉皆(しっかい)調査を,2005年6月から同年9月の期間に実施した。福祉サービスの実践場面を具体的に捉えるため,職員と利用者の関係を「かかわり」という言葉で表現した。そして,それに対する両者の認識を把握するための質問20項目を用意し,それらに対する回答を求めた。なお,それらの質問項目は3つのカテゴリー「職員の素養(7項目)」「職員間の関係(3項目)」「利用者への支援のあり方(10項目)」に区分した。
結果 「かかわり」に対する職員と利用者の認識を,現状評価の両者の比較,期待の両者の比較,職員の現状評価と期待の比較,利用者の現状評価と期待の比較,の4つの視点で分析した。結果,職員は,福祉サービスの実践に際し同僚との関係に意識を向け,利用者は,職員の資質や職員同士の関係よりも職員による利用者支援に目を向けているという乖離がみられた。また,「かかわり」に対する職員と利用者のそれぞれの現状評価と期待との比較から,両者ともかかわりが現状より良くなることを強く望んでいることがわかった。あるいは,現状のかかわりに彼らが満足していないと考えられ,両者とも改善の必要性を感じているといえた。しかし,利用者の現状評価と期待の乖離は,職員のそれよりも明確であった。
結論 本調査によって,かかわりに対する職員と利用者の認識に乖離が認められた。それは,職員は,利用者と比べて同僚との関係に意識を向け,利用者は,職員の資質や職員同士の関係よりも職員による利用者支援に目を向けているという乖離であった。また,かかわりに対する「理想と現実」のギャップは,職員よりも利用者のほうが大きかった。職員が考えている以上に,利用者は職員とのかかわりの改善を求めているといえるであろう。職員と利用者が,それぞれの立場からの視点をもち,その違い(乖離)を知って,双方向的な理解を深めることで利用者主体の福祉サービスが促進されると考える。
キーワード 利用者主体の福祉サービス,職員と利用者のかかわり,認識の乖離(かいり)

 

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第55巻第6号 2008年6月

効果的ながん対策による死亡減少効果の一試算

井岡 亜希子(イオカ アキコ) 津熊 秀明(ツクマ ヒデアキ) 大島 明(オオシマ アキラ)

目的 大阪府におけるがん年齢調整死亡率は,1985年以来一貫して男女とも全国ワーストワンであり,大阪府では,がんの予防,診断,治療を含めた総合的かつ効果的ながん対策が,疾病対策上の最重要課題である。そこで,大阪府において効果的ながん対策が実現された場合に,大阪府全体でどの程度の死亡減少が見込めるかを試算する。
方法 がん対策として,①喫煙対策,②肝炎ウイルス検診体制の充実,③早期診断の推進,④がん医療の最適化,に注目し,各々が次に示す目標を達成したと仮定した場合の死亡減少割合を試算した。①については,喫煙率が半減した場合を仮定し,各部位(食道,胃,肝臓,膵臓,肺,子宮頸,膀胱,全部位)における死亡減少割合を試算した。②については,受診率が現状の20%から50%に向上した場合を仮定し試算した。③については,進行度分布が最も良い,すなわち限局割合が最も高い県(胃と肺では新潟県,大腸では長崎県,乳房では山形県,子宮では宮城県)の分布が大阪府で実現されたと仮定し試算した。④については,13部位(食道,胃,大腸,肝臓,胆のう,膵臓,肺,乳房,子宮,卵巣,前立腺,膀胱,リンパ組織)について,生存率分析の結果から受療が望ましいと判断される医療機関で当該がん患者全員が受療した場合を仮定し試算した。
結果 全部位の死亡減少割合は,喫煙率が半減した場合や早期診断が進んだ場合は各々10.8%,がん医療の最適化が実現した場合は9.8%であった。部位別にみると,死亡減少割合が20%以上であったのは,喫煙率が半減した場合では肺と食道,早期診断が進んだ場合では大腸,子宮,胃,がん医療の最適化が実現した場合では子宮,前立腺,リンパ組織であった。肝炎ウイルス検診の体制が充実した場合の肝がん死亡減少割合は10.8%であった。
結論 喫煙対策,肝炎ウイルス検診の体制の充実,早期診断の推進,がん医療の最適化,の4つの対策が達成された場合の死亡減少割合は大きく,これらががん対策として効果的であることが示唆された。
キーワード 喫煙対策,肝炎ウイルス検診,早期診断,がん医療,死亡減少割合

 

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第55巻第6号 2008年6月

岐阜県における国民健康保険からみた糖尿病による受診の動向

丹下 文恵(タンゲ フミエ) 日置 敦巳(ヒオキ アツシ) 森 千夏(モリ チナツ)
冨田 孝子(トミダ タカコ)

目的 糖尿病による医療機関受診状況および受診に影響を及ぼす因子について分析し,地域における一次予防を中心とした糖尿病対策のための資料とする。
方法 岐阜県全体における国民健康保険での糖尿病による受診状況の推移,性・世代別による特徴,地域による特徴,受診に影響する因子について分析した。
結果 糖尿病による受診率および被保険者1人当たり医療費ともに,すべての性・年齢,地域において上昇を示した。出生コホート別に受診率を比較すると,すべての世代で加齢とともに高くなっており,糖尿病では若い世代ほど受診率が高くなっていた。地域別では,平野部の市およびその周辺で受診率が高くなっていた。男では人口密度が受診率と正の相関を示したが,男女とも人口10万対医師数または医療施設数との有意な関連はみられなかった。
結論 糖尿病による受療開始の低年齢化と加齢に伴う増加が顕著に認められ,すべての者を対象とした糖尿病の対策の強化は急務であると結論した。
キーワード 糖尿病,国民健康保険,受診率,医療費,出生コホート

 

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第55巻第6号 2008年6月

結核罹患率の高い地域の接触者は
潜在性結核感染の割合が高い

和田 雅子(ワダ マサコ) 原田 登之(ハラダ ノブユキ) 樋口 一恵(ヒグチ カズエ)
三澤 典弘(ミサワ ノリヒロ) 中坪 直樹(ナカツボ ナオキ) 塚本 和秀(ツカモト カズヒデ)
橋本 栄(ハシモト サカエ)

目的 QFT-2Gを用いた結核患者の接触者検診を行い,2保健所の陽性率の結果を比較し,結核対策の問題点を考察して,今後の結核対策に資する。
方法 肺結核喀痰塗抹陽性患者に接触した者で多摩立川保健所と川崎市川崎保健所で接触者検診を受け,研究に同意した者に対し患者診断2カ月後に,BCG接種歴,既往結核治療歴,胸部X線上の治癒痕の有無,既往の結核患者接触歴など必要な項目を調査票で調査し,同時にQFT-2Gの採血を行い,結果を比較した。発病の有無を調べるため接触者は6カ月ごと胸部X線撮影を行った。また,結核感染が疑われた者に対して,発病予防のためにイソニアジドの予防投薬を勧めた。
結果 研究期間中に研究に同意した者は多摩立川保健所,川崎市川崎保健所でそれぞれ308名,183名であった。以前に感染したと疑われた者は分析対象から除外した結果,それぞれの保健所で272名,138名が分析対象となった。QFT-2Gの陽性率はそれぞれ8.1%,18.8%であり,川崎市保健所の接触者の方が有意に高かった(P<0.01)。患者の背景を比較すると川崎保健所の患者は男性が多く,ホームレスまたは簡易宿泊所入所中の患者が40.4%と高く,胸部X線学会病型の広がり3の割合,喀痰塗抹3+の割合が高かった。
結論 本研究で川崎市保健所管内の接触者のQFT-2G陽性率が高かった理由は,喀痰塗抹3+の重症結核患者に狭い部屋で接触しているためと思われた。罹患率の高い地域ではハイリスク集団に対し効果的な検診を行い,感染性肺結核患者発見に努め,QFT-2Gを用いた接触者検診を行って,積極的に潜在性結核治療を開始し,服薬の完了を支援することが重要である。
キーワード 接触者検診,QFT-2G,塗抹陽性肺結核,結核罹患率

 

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第55巻第7号 2008年7月

クロスロードゲームを用いたリスクコミュニケーショントレーニング

-食の安全をテーマとして-
堀口 逸子(ホリグチ イツコ) 吉川 肇子(キッカワ トシコ) 丸井 英二(マルイ エイジ)

目的 食の安全に関する教育ツールとしてリスクコミュニケーショントレーニングツールを開発し,その評価を行った。
方法 教育ツールとして,ゲーミング・シミュレーションを取り入れることとし,防災におけるリスクコミュニケーショントレーニングツールとして開発されたクロスロードゲームの食の安全編を作成した。このゲームを食の安全に関するステイクホルダーが参加した研修にて試用し,参加者を対象とした質問紙調査によって評価を行った。
結果 質問紙調査の結果から,参加者は,様々な意見があることを実感し,ゲームの実施が楽しく,ゲームの実施が有意義であると実感し,今後,実施をしていく必要性を感じている状況が伺えた。その結果,クロスロードゲーム食の安全編は,リスクコミュニケーショントレーニングのツールとして有用であると思われた。一方,ゲームで取り上げている内容については妥当性を検討し,食の安全に関する状況の変化に伴い改訂の必要があると考えられた。また,クロスロードゲーム食の安全編の普及が,リスクコミュニケーションの資料不足解消に貢献できると思われた。
キーワード 食の安全,リスクコミュニケーション,クロスロードゲーム,ゲーミング・シミュレーション

 

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第55巻第7号 2008年7月

GISを用いた都道府県単位の看護職員離職率の
地図化および地域格差の検討

岡戸 順一(オカド ジュンイチ) 坪井 塑太郎(ツボイ ソタロウ)

目的 本研究では,GISGeographic Information System:地理情報システム)を用いて,都道府県レベルで看護職員の離職率を地図化し,その地域格差について検討することを目的としている。
方法 看護職員の離職率に関するデータは,日本看護協会の病院における看護職員需給状況調査から取得している。GISを用いた地図化については,常勤看護職員では2003年度から2005年度までの離職率,新卒看護職員では2005年度の離職率にかかわる地図を作成し,都道府県および地域ブロックレベルにおける分布事象を考察している。さらに直近のデータである2005年度の離職率については,都道府県別の病院数および200床以上の規模の病院数の分布との比較から,類似の傾向が認められた常勤看護職員の離職率を予測変数,病院数,200床以上の病院数を説明変数とする多項式回帰モデルによる回帰分析を行っている。
結果 常勤看護職員の離職率については,東京圏と大阪圏において高い水準を維持しており,全体として西高東低に類する分布が見いだされた。一方,新卒看護職員の離職率については,東京圏を除く東北地方から近畿地方に至る太平洋側で低い傾向がみられた。また,病院数および200床以上の病院数については,常勤看護職員の離職率との関連性が認められ,離職率の決定要因としての可能性が示唆された。
結論 本研究から,看護職員の離職率について,地理的特性や空間的位相関係から検討することの可能性が示唆された。看護職員の離職率を検討する際には,適切な分析単位の設定が不可欠と考えられる。
キーワード GISGeographic Information System:地理情報システム),看護職員,離職率,地域格差

 

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第55巻第7号 2008年7月

入院外レセプトにおける主傷病の記載状況について

谷原 真一(タニハラ シンイチ) 畝 博(ウネ ヒロシ)

目的 複数の傷病名が記載された診療報酬明細書(以下,レセプト)における主傷病の明示がどのように行われているかを把握した上で,現行の主傷病に基づいたレセプト調査およびレセプトのオンライン化に関する問題点を明らかにすることを目的とした。
方法 ある県の健康保険組合連合会の2007年5月診療分の被保険者本人の入院外レセプト7,819件について,主傷病を明示する事項が付加されたすべての傷病名を傷病名記載欄の各行ごとに連結不可能匿名化を実施した上でデータベース化した。各レセプトごとに主傷病を明示する事項を有する傷病名記載欄の行数,各行に記載されている主傷病数,主傷病を明示する事項を有する傷病名の総数を集計した。
結果 7,819件のレセプト中,主傷病名を明示する事項が付加されたレセプトは4,823件(61.7%)であり,6,462行の傷病名記載欄に主傷病を明示する事項が付加されていた。主傷病を明示する事項が付加された傷病名が複数認められたレセプトは合計で1,246件(15.9%)であった。複数の主傷病が記載されていた傷病名記載欄は全体の7.9%(509行)であり,主傷病を明示する事項が付加された傷病名数の最大値は6であった。複数の傷病名に主傷病を明示する事項が付加されていた傷病名記載欄を有するレセプトは447件(9.3%)であった。
結論 現行の紙媒体によるレセプトにおいて,主傷病の明示に区切り線を用いた場合には,診療開始日が同一の複数の傷病名のすべてが主傷病と判定される。診療報酬明細書等の記載要領等において主傷病および副傷病の明確な定義は存在しないが,診断群分類別包括評価方式におけるレセプトについては,医療資源を最も多く投入した傷病名および医療資源を2番目に多く投入した傷病名を記載することとなっている。現行の紙媒体におけるレセプトの現状と課題を十分把握したレセプト記載事項の設定を行った上でオンライン化が実施され,レセプト記載情報の全項目が利用可能となれば,レセプトを用いた統計調査がより医療現場の現実を反映可能になる。
キーワード 診療報酬明細書(レセプト),主傷病,副傷病,入院外

 

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第55巻第7号 2008年7月

高不安者における不眠傾向および運動習慣による
睡眠改善効果に関する研究

田口 雅徳(タグチ マサノリ) 寺薗 さおり(テラゾノ サオリ) 浜崎 隆司(ハマザキ タカシ)
平井 誠也(ヒライ セイヤ)

目的 今日,多くの先進諸国において睡眠障害は社会問題の1つになっている。睡眠障害の原因については,これまでにも種々の要因が検討されてきたが,本研究では性格的な不安傾向の強さ(特性不安)を取り上げ,不眠症状との関連を検討することとした。さらに,本研究では高不安者の不眠症状を改善しうる要因として運動習慣をとりあげ,その睡眠改善効果について明らかにすることを目的とした。
方法 調査対象は首都圏内の私立大学に通う大学生286名であった。大学内の教室において質問紙を配布し,調査への同意が得られた者に対してのみ回答を求めた。有効回答率は94.4%であった。特性不安については状態-特性不安尺度(STAI)を使用して測定した。質問項目にはこの他に,就寝・起床時刻,眠りの深さ,目覚めの気分,入眠や睡眠維持,寝不足感に関する項目,さらに日頃の運動頻度と運動時間を尋ねる項目などが含まれていた。
結果 STAIのうち特性不安尺度の得点に基づいて高不安群と低不安群を抽出した。両群間で睡眠に関する各指標に違いがあるかを検討した結果,高不安群では入眠潜時が長くて眠りが浅く,睡眠維持が困難であること,また,寝不足感が強く,目覚めの気分が悪いことが明らかとなった。つぎに,運動習慣による高不安者の睡眠改善効果について検討した。高不安群について,まったく運動しない非運動群と,ほぼ毎日または毎日60分以上運動する運動群に分けて,睡眠に関する各指標を比較した。その結果,特性不安が高い者であっても高い頻度で運動する者はまったく運動しない者に比べて睡眠時間が長く,目覚めの気分がよいことが示された。
考察 特性不安の高さも不眠を引き起こす1つの要因であることが示された。さらに,こうした特性不安が原因で起こる不眠症状は運動習慣を形成することによってある程度緩和される可能性があることが示唆された。
キーワード 睡眠障害,特性不安,運動習慣,大学生

 

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第63巻第5号 2016年5月

勤労者における介護の有無と
精神的健康度,身体活動量に関する検討

中原(権藤) 雄一(ナカハラ(ゴンドウ) ユウイチ) 角田 憲治(ツノダ ケンジ) 甲斐 裕子(カイ ユウコ)
朽木 勤(クチキ ツトム) 内田 賢(ウチダ ケン) 永松 俊哉(ナガマツ トシヤ)

目的 介護を必要とする人は年々増加しており,今後働きながら介護をする人が多くなることが予想される。仕事を伴いながらの介護は,心身ともに負担が大きいと推察されるが,勤労者における介護の実態ならびに,その精神的健康度や身体活動量を調査した研究は見当たらない。そこで本研究は,勤労者を対象に精神的健康度と身体活動量を介護の有無別ならびに性差について検討することを目的とした。

方法 東京都内の健診センターにおける受診者のうち,有職者かつ調査データに不備がない9,119名を分析対象とした。質問紙により,学歴や経済状況などの属性項目,介護の有無,精神的健康度(K6ならびに睡眠時間),身体活動量(IPAQ-long)について質問を行った。質問に関する調査用紙は,受診日の約2週間前に本人宛に郵送し,健診当日に回収した。

結果 介護者の割合は,男性は5,045名中200名(4.0%),女性は4,074名中276名(6.8%)であり,男性よりも女性の方が介護を行っている割合は高かった。男女ともに介護者は非介護者に比してK6の点数が高く,精神的健康度が低かった。さらに女性の介護者は非介護者より睡眠時間が短かった。自宅での活動量は男女ともに介護者の方が非介護者よりも多かったが,この傾向は女性において顕著であり,特に自宅での活動量が40メッツ・時/週以上の者はそれ未満の者と比べK6の点数が高かった。また,総活動量においても,女性では介護者は非介護者に比して活動量が多かった。一方,仕事,移動,ならびに余暇での活動量は,介護の有無や性別による違いはみられなかった。

結論 介護者は非介護者と比べ精神的健康度が低く,自宅での活動量および総活動量が多いことがわかった。特に,女性介護者は睡眠時間が短く,総活動量が多く,男性介護者とは異なることが示された。勤労者における介護は,心身ともに負担が大きく,女性においてはその傾向は顕著であることが示唆された。負担軽減のためには,家族のサポートやフォーマルサポートの活用が必要であると思われる。

キーワード 勤労者,家族介護,精神的健康度,身体活動量

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第55巻第7号 2008年7月

介護保険法改正によるサービス利用制限
の影響と残された課題

-東京都の地域包括支援センターへの調査から-
大塚 理加(オオツカ リカ) 菊地 和則(キクチ カズノリ) 鈴木 隆雄(スズキ タカオ)

目的 制度改正に伴うサービス利用制限(特殊寝台を除く)が,利用者の生活に与えた影響を示し,今回の制度改正における未だ解決されていない問題点を明確化し,予防給付における適切な利用者支援のあり方を検討することを目的とする。
方法 東京都内100カ所の地域包括支援センターを対象とし,構造的な質問を用いた質問紙法で,要支援1,2となった利用者の制度改正後の生活への適応が困難な事例として,生活・身体機能の低下した事例,保険外サービス利用の増えた事例,予防給付サービスの利用を停止した事例,また,適応が良好な事例として,利用者支援を適切に実施できた事例について,それぞれ具体的な記述を求めた(郵送調査,回収率39%)。これらの事例について,それぞれの特性から類型化を試み,予防給付サービスへの適応に関連する要因を分析する。
結果 通所介護サービスの利用者において,不適応事例では,外出の機会が減少し,身体・生活機能の低下が生じていた。適応事例では,外出の機会の増加が認められた。また,訪問介護サービスの利用者では,不適応事例において,生活の維持に必要なサービスの不足が示された。しかし,適応事例では,ヘルパーの援助による生活機能の向上が認められた。
結論 今後の課題として,介護予防の認定基準の検討と,利用者の状況に即したサービスの質と量の確保が重要であると考えられる。
キーワード 介護保険制度,予防給付サービス,在宅サービス,生活機能,ブール代数分析

 

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第55巻第8号 2008年8月

老人福祉施設の経営指標に関連する要因の検討

柿本 貴之(カキモト タカユキ) 安部 猛(アベ タケル) 萩原 明人(ハギハラ アキヒト)

目的 老人福祉施設の経営に関しては,財務体質の強化につながる経営手法を見出すことが喫緊の課題である。さらに,適正な経営状態を保持するための要因を特定することも必要である。
方法 本研究では,A県内のそのうち老人福祉施設(73施設)を対象に,自記式質問票を用いた調査を行い,施設の経営状況に関連する要因を検討した。
結果 73施設中52施設から回答が得られた(回収率71%)。対象施設の施設入所利用率は8割を超え(84%),事業活動収入に占める人件費の割合は6割弱で(57%),従業者1人当たり事業活動収入は3.70から7.78百万円であった。施設の経営状態に関連する要因を特定するため,事業活動収入経常収支差額比率を目的変数とする重回帰分析を行ったところ,唯一,人件費率が有意な説明変数であった(p<0.01)。
結論 施設の経営状態は人件費に大きく依存しており,施設の入所利用率や待機率といった他の要因は関係していないことが示唆された。
キーワード 老人福祉施設,経営,事業活動収入

 

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第55巻第8号 2008年8月

農村地域住民の精神的健康度と首尾一貫感覚

畑山 知子(ハタヤマ トモコ) 本城 薫子(ホンジョウ カオルコ) 平野(小原)裕子(ヒラノ(オハラ) ユウコ)
白浜 雅司(シラハマ マサシ) 熊谷 秋三(クマガイ シュウゾウ)

目的 農村地域在住の中高年の精神的健康度と首尾一貫感覚(Sense of coherence; SOC)の実態を明らかにし,精神的健康・不健康と首尾一貫感覚の高低の組合せによって満足度や幸福感などの生活の質(Quality of life; QOL)に相違があるかどうかを,横断的デザインを用いて検討することとした。
方法 佐賀県旧神埼郡三瀬村在住の4069歳(2003年9月1日時点)のすべての村民618名を対象とした。平成15年9月に地区の自治会を通じて質問紙を配布し,回答方法は自記式郵送法とした。調査項目には,生活と健康に関する質問紙(基本属性,疾患および身体障害の有無,健康に関する意識,行動・生活習慣,満足感,主観的健康感,ソーシャルサポート),精神的健康度(General Health Questionnaire30項目版;GHQ30),首尾一貫感覚SOC尺度13項目版を用い調査した。
結果 有効回答数は336名(54.4%)であり,男性151名,女性185名であった。精神的不健康(GHQ≧7)と判定されたものは155名(46.1%)と高頻度であった。SOCの平均は59.3±12.5点であり,60点以上をSOC高値群,59点以下をSOC低値群と設定した。GHQの総合点とSOC得点の間には有意な負の相関関係が認められた(r=-0.527,p<0.01)。精神的健康・不健康とSOCの高低を組合せ,4群間の背景要因および住民の満足度や幸福感の状況について検討した。その結果,同居者がいること,疾患および身体障害(疾患によるものを含む)を有していること,主観的健康度,各種の満足度,幸福感,本音を話せる人がいる割合に有意差を認めた。満足度および幸福感に関しては,精神的健康かつSOCが良好である群の満足度が約80%であるのに対して,精神的不健康かつSOC低値群では4060%の範囲であった。一方,精神的不健康と判定されたものでも高いSOCを有しているものでは満足度は高く保たれていた。
結論 農村地域住民の精神的健康度は低く,その多くがストレス状態にあることが明らかとなった。また,精神的に健康である場合はSOCの高低はQOLに影響しないが,精神的不健康である場合にはSOCの高低がQOLの保持に関与する可能性が示唆された。
キーワード 地域中高年者,精神健康度,首尾一貫感覚,幸福感,満足度

 

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第55巻第8号 2008年8月

看護職の喫煙状況と医療の現場における
喫煙に関する意識の構造

佐藤 康仁(サトウ ヤスト) 加藤 種一(カトウ タネカツ)

目的 本研究は看護職を対象として,喫煙と健康に関する行動および意識について,喫煙状況によりどのように異なるのか,またその構造を明らかにすることを目的とした。
方法 調査は2007年1月に沖縄県にて准看護師を対象に行った。調査票は対象者が集合している状態で配布,記入,回収を行った。回収数は213人,回収率は93.0%であった。
結果 前喫煙者においては「医療従事者は率先してたばこの害を伝える(66.7%)」「医療従事者の喫煙は好ましくない(58.3%)」「医療従事者の喫煙は患者に悪い影響を与える(70.8%)」および「患者はたばこを吸わない方がよい(70.8%)」の割合が高くなっていた。非喫煙者においては「病院・診療所は全面禁煙にする(65.9%)」「医療従事者に対して喫煙防止教育を行う(44.2%)」「医療系学生に対して喫煙防止教育を行う(48.6%)」「患者に対して喫煙防止教育を行う(55.8%)」の割合が高くなっていた。多変量解析の結果,現在喫煙者と非喫煙者においては,喫煙状況は「医療従事者の喫煙は好ましくない(-0.24)」に直接的に関連しており,「医療従事者の喫煙は患者に悪い影響を与える(0.57)」「患者はたばこを吸わない方がよい(0.25)」には間接的に関連していた。現在喫煙者と前喫煙者においては,喫煙状況は「患者はたばこを吸わない方がよい(-0.35)」に直接的に関連していた。
結論 本研究より,喫煙状況の違いにより看護職の喫煙に関する意識や患者の喫煙について考え方が異なることが明らかとなった。看護職が健康増進・疾病予防活動や患者教育・健康教育に取り組む際には看護職の喫煙状況を考慮することで,より効果的な活動が期待できると考える。
キーワード 喫煙,健康,行動,意識,構造

 

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第55巻第8号 2008年8月

知的障害者施設職員の職業意識の実情と課題

三原 博光(ミハラ ヒロミツ) 松本 耕二(マツモト コウジ) 豊山 大和(トヤマ ヒロカズ)

目的 平成18年度の「障害者自立支援法」施行以降,知的障害者施設職員の職業意欲が低下したと福祉関係者によっていわれている。そこで,アンケート調査を通して,知的障害者施設職員の職業意識の実情と課題を明らかにすることを本研究の目的とした。
方法 山口県,広島県,岡山県,兵庫県内の知的障害者施設(通所授産・更生施設,入所更生施設など)の職員を調査対象者とし,質問紙によるアンケート調査を実施した。
結果 181名の職員から回答を得た。その結果,6割が現在の仕事に満足していると回答し,主な理由として,施設利用者との触れ合いをあげていた。仕事の将来の夢としては,「自分の実践の質を高めたい」「福祉のプロになりたい」などがあげられた。また,福祉職を希望する学生達へのアドバイスについて,「給与が安く,仕事はきついが,素晴らしい仕事」と3割が回答していた。しかし,7割が現在の給与には「不満足である」と回答し,8割が同年代の他の職業従事者に比べて給与が安いと感じていた。7割は,現在の仕事を継続したいと回答していたが,半数は転職も考えていると回答し,その理由として「給与が安い」「長期休暇などの休みが取れない」などをあげ,職員の揺れる気持ちが垣間見られた。また,半数は障害者自立支援法の「施設利用者1割負担」などを批判していた。
結論 施設職員は,利用者との関わりには満足しているが,給与や休暇などの待遇には不安を感じていた。特に障害者自立支援法に対しては,職員は強く不満を感じていた。今後,知的障害者施設職員の職業意欲の持続のためには,彼らに対する待遇の改善が必要であると考えられる。
キーワード 知的障害者施設,職員,職業意識,障害者自立支援法

 

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第55巻第8号 2008年8月

脳卒中発症登録を用いた在院日数に影響を与える要因の観察

渡辺 晃紀(ワタナベ テルキ) 中村 好一(ナカムラ ヨシカズ) 塚田 三夫(ツカダ ミツオ)
宮古 真奈美(ミヤコ マナミ) 青山 旬(アオヤマ ヒトシ)

目的 地域での脳卒中の医療連携体制の検討のために,県域での脳卒中発症登録の情報を用いて,主に急性期治療を担う専門的な医療機関での在院日数,および在院日数に影響を与える要因を観察することを目的とした。
方法 対象は,2005年1月~200712月(3年間)に栃木県内の脳卒中専門医療機関の協力により詳細な登録票で登録された5,360人のうち,死亡682人,診断病型がTIA(一過性脳虚血発作)または不明282人,在院日数不明282人を除いた4,114人(男2,289人,女1,825人)である。診断病型別に,在院日数の分布を観察し,在院日数の自然対数を目的変数とし,説明変数を性,年齢,初発再発の別,推定発症と受診の間隔,受診時意識障害,入院医療機関がDPC対象(診断群分類による包括評価)病院か,入院医療機関の回復期リハビリテーション病棟の有無,入院中のリハビリテーション実施とした重回帰分析を行った。
結果 在院日数の中央値は,くも膜下出血(n=371)では40日,脳出血(n=979)では38日,脳梗塞(n=2,764)では24日であった。重回帰分析で以下の説明変数が在院日数延長に寄与する有意な因子として抽出された。くも膜下出血では入院中のリハビリテーション実施,脳出血では入院中のリハビリテーション実施,受診時の意識障害,入院医療機関に回復期リハビリテーション病棟あり,性が女,年齢,脳梗塞では入院中のリハビリテーション実施,受診時の意識障害,入院医療機関に回復期リハビリテーション病棟あり,入院医療機関がDPC対象病院である,性が女,年齢であった。いずれの病型も入院中のリハビリテーション実施が比較的大きな影響として認められた。
結論 在院日数に影響する要因としては,受診時の意識障害などの病態に関する因子のほか,入院医療機関でのリハビリテーションの実施など医療機関の機能や特性に関する因子も認められた。医療計画など地域での医療連携体制を検討する場合には,地域の医療資源の特性を考慮する必要があることが示唆された。
キーワード 脳卒中,脳卒中登録,在院日数,リハビリテーション,DPC

 

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第55巻第10号 2008年9月

一保健所管内の小・中学生を対象とした喫煙行動と
関連要因に関する大規模調査研究(第3報)

-小・中学生の喫煙行動と保護者による養育状況との関連-
藤田 信(フジタ マコト)

目的 小・中学生の喫煙行動と両親による養育状況との関連性を明らかにして,小・中学生の喫煙の解消に資することを目的とする。
方法 静岡県A保健所管内の小学校35校,2,428名,中学校17校,2,316名に対して,無記名自記式の調査票によるアンケート調査を実施した。
結果 家族・友人からの喫煙の勧誘について,小学生では「兄姉」「友人」から喫煙を勧誘された者の喫煙経験率は36.8%,43.9%と比較的高く,「兄姉」から勧誘された者は現在喫煙率も10.5%と比較的高い傾向で,現在喫煙に兄姉の影響が大きかった。中学生では,「父母」「兄姉」「友人」から勧誘された者の喫煙経験率は42.3%,38.6%,35.5%,現在喫煙率はそれぞれ11.5%,11.3%,12.4%と比較的高く,現在喫煙への父母,兄姉,友人の影響はほぼ同等であった。同居する家族の禁煙者について,小学生では例数が少なくコメントできないが,中学生では「祖父」「父」「姉」が禁煙した者の前喫煙率は7.6%,7.4%,9.1%,現在喫煙率はそれぞれ2.3%,1.9%,なしと低い傾向であった。喫煙に対する両親のしつけ方と喫煙行動の関係について,中学生で統計上有意な関係が認められ(p=0.001),喫煙経験の割合は,「身体に悪い」21.4%,「子どもは吸うな」10.3%,「家の中で吸いなさい」100.0%,「何も言わない」31.6%,「知らない」18.1%であった。子どもに対する両親の一般的なしつけ方と喫煙行動について,小学生が喫煙経験,中学生が喫煙経験・現在喫煙に関して統計上に有意な関係が認められ,喫煙経験率と現在喫煙率が「叱る」から「怒鳴る」「殴る」になるにしたがって高くなり,「何もしない」は「怒鳴る」と同程度であった。両親の授業参観の出席と喫煙行動について,小学生が喫煙経験,中学生が喫煙経験・現在喫煙に関して統計上に有意な関係が認められ,小学生と中学生ともに「いつも来る」から「時々来ない」「来ないこと多い」「来ない」になるにしたがって前喫煙率と現在喫煙率が高くなった。「子ども部屋の有無」と喫煙行動について,小学生と中学生ともに「共有」に比べて「なし」「個室」の喫煙経験率が高い傾向であった。子ども部屋の施錠について,小学生と中学生ともに喫煙経験率と現在喫煙率に有意な変化はなかった。
考察 本研究の結果により,小・中学生の喫煙行動は同居家族と友人に大きく影響され,両親の喫煙その他に対するしつけ方が小・中学生の喫煙行動に関係していたことから,その喫煙防止のためには,家族等の周囲の関係者を含めて小学生から中学生,高校生までの一環した喫煙防止教育の実施が必要であるとともに,両親に対して小・中学生の喫煙防止に関して指導助言することが重要と考えられる。また,地域や企業を含めた社会全体の理解と支援の下に,両親が授業参観などの学校行事に参加することにより,学校教育,ひいては小・中学生本人への関心の深さを示す必要があると考えられる。
キーワード 小・中学生,喫煙行動,両親(保護者),喫煙の勧誘,しつけ方,授業参観

 

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第55巻第10号 2008年9月

介護保険に基づく平均自立期間の算定方法の検討

橋本 修二(ハシモト シュウジ) 川戸 美由紀(カワド ミユキ) 加藤 昌弘(カトウ マサヒロ)
林 正幸(ハヤシ マサユキ) 渡辺 晃紀(ワタナベ テルキ) 野田 龍也(ノダ タツヤ)
尾島 俊之(オジマ トシユキ) 辻 一郎(ツジ イチロウ)

目的 介護保険に基づく算定方法による平均自立期間について,2005年の全国と都道府県の値を試算するとともに,死亡率と要介護割合の改善に伴う変化および人口規模による推定精度を検討した。
方法 要介護は介護保険の要介護2~5と規定した。基礎資料には死亡率と要介護割合を,算定法にはChiangの生命表法とSullivan法を用いた。要介護割合は人口と介護給付費実態調査月報(平成1710月審査分)の要介護認定者数から求めた。対象集団の死亡率と要介護割合は2005年の全国を基準ケースとし,その改善に伴う平均自立期間の変化を観察した。対象集団の性・年齢階級別の人口構成,死亡率と要介護割合が2005年の全国と同じと仮定し,総人口の変化に伴う平均自立期間の95%信頼区間の幅を観察した。
結果 2005年の65歳の平均自立期間は,全国の男で16.7年(平均余命に占める割合が92%),女で20.1年(87%)と試算され,また,都道府県の間で男女とも1歳以上の違いがみられた。対象集団の死亡率と要介護割合が基準ケースの0.9倍と0.8倍に改善すると,男の65歳の平均自立期間はそれぞれ約0.9年と約2.0年延び,平均要介護期間はほぼ不変であった。男の65歳における平均自立期間の95%信頼区間の幅は,総人口が100万人では0.4年,15万人では1.0年であり,さらに人口規模が小さくなると極端に広くなった。
結論 平均自立期間の本算定方法は標準的なものと考えられた。その算定と算定結果の解釈に当たって,死亡率と要介護割合の改善に伴う変化および人口規模による推定精度が参考になると考えられた。
キーワード 健康寿命,統計指標,保健統計,要介護,介護保険

 

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第55巻第10号 2008年9月

C型肝炎検診の費用効果分析

朝日 健太郎(アサヒ ケンタロウ) 大久保 一郎(オオクボ イチロウ)

目的 無症候性キャリアに対するC型肝炎検診の経済評価を,マルコフモデルで構築した自然史や,現在標準的なインターフェロン(Interferon, IFN)治療や有効率を反映したモデルに基づく費用効果分析により実施した。
方法 無症候性キャリアを含む40歳の集団に,C型肝炎検診を実施した場合(検診群)とC型肝炎検診を実施しなかった場合(非検診群)のそれぞれについて,70歳まで追跡するモデルを構築した。モデルに組み込むパラメーターは文献報告等から推計した。検診群,非検診群のそれぞれについて,獲得生存年数(Years of life saved, YOLS)としての効果と,直接医療費としての費用を算出し,増分費用効果比(Incremental cost effectiveness ratio, ICER)を求めた。また,パラメーターの不確実性による結果の影響を検証するために,年間治療費用,IFN治療費用,自然史における年間推移確率やIFN有効率等に関して,一元感度分析を行った。
結果 検診群は非検診群と比較して,集団千人当たりYOLS3.44年優り,費用は検診群で718万円高くなり,検診により1年寿命を延長するために必要な費用としてのICER209万円となった。また,一元感度分析の結果,ICERの上限は費用対効果の解釈の閾値とした600万円を超えることはなかった。
結論 C型肝炎検診の費用効果分析を一定の仮説に基づいたモデルを設定して実施した。その結果,本検診は費用対効果の観点から行う価値があるものと解釈された。また,感度分析の結果より,この結論の頑健性も高いことが示唆された。
キーワード C型肝炎検診,費用効果分析,無症候性キャリア,マルコフモデル

 

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第55巻第10号 2008年9月

最近10年間のわが国における低出生体重児増加の分析

馬場 征一(ババ セイイチ) 野村 真利香(ノムラ マリカ) 丸井 英二(マルイ エイジ)

目的 最近10年間の日本における低出生体重児の出生率分布の地域差を見いだし,地域における増加の違いについて検討するため行った。
方法 1995年より2004年までの10年間において,人口動態統計から各都道府県における保健所管轄地域ごとに,低出生体重児出生率を算出し,都道府県における市町村の統廃合によりデータの解析が困難となるケースは除いた。低出生体重児出生率の上昇幅の高かった長野県・鹿児島県と上昇幅の低かった栃木県・佐賀県・山形県を検討した。
結果 日本において低出生体重児の数は,出生数の減少に関わらず,すべての都道府県において増加している。低出生体重児出生率の増加の多少に関わらず,10年間の低出生体重児出生率の推移が,それぞれの県における保健所管轄地域において異なる傾向を示した。
結論 低出生体重児の増加は,最近10年間において,保健所管轄地域において差を認める傾向にあり,その増加原因が妊婦の栄養としての側面や周産期医療の地域による格差,また経済問題など多岐にわたると考えられる。この対策として,全国画一的な政策のみならず地域の特性に即した対策も視野にいれる必要があると考える。
キーワード 低出生体重児,地域,栄養,周産期医療,出生

 

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第55巻第10号 2008年9月

短時間および長時間の過激な
運動負荷による酸化ストレスの影響

網中 雅仁(アミナカ マサヒト) 渡辺 尚彦(ワタナベ ヨシヒコ) 高田 礼子(タカタ アヤコ)
山内 博(ヤマウチ ヒロシ) 吉田 勝美(ヨシダ カツミ)

目的 過度の運動負荷から生じる酸化ストレスの生体影響を尿中8-ヒドロキシデオキシグアノシン(8OHdG)濃度の測定によって明らかにし,生体影響を数量化して評価する方法を検討した。
方法 本研究では過度な短時間運動負荷による生体影響と長時間運動負荷による生体影響を調べるために,2つの調査対象者群を設定した。短時間運動負荷はトレッドミルを用いた運動負荷実験を行った。対象者は負荷実験前後24時間の蓄尿と負荷実験直前後のスポット尿を採取した。また,負荷実験中はMasonLikar誘導法による12誘導心電図と血圧を測定し,Bruce法による運動負荷を用いて被験者の状態を判断しながら最大心拍数の90%(目標心拍数)程度に達した時点まで負荷実験を行った。一方,長時間運動負荷には,マラソン競技会参加者を対象者とした。対象者にはホルター血圧計を取り付け,マラソン走行時の運動負荷量を確認した。また,競技前後におけるスポット尿と血液を採取した。酸化ストレスの指標には尿中8OHdG濃度を測定し,評価した。
結果 短時間運動負荷の8OHdG濃度では,負荷直後が負荷前日や負荷直前と比較して低下傾向であった。また,負荷実験前日,直前,直後に有意差は認められなかった。一方,負荷実験後日の蓄尿では有意な上昇を認めた(p0.01)。長時間運動負荷のマラソン競技者における尿中8OHdG濃度は,競技前後で比較して約2.2倍の有意な上昇を認めた(p0.01)。また,競技後の尿中8OHdG濃度は健常者対照群の約2倍になり,運動負荷による有意な上昇が認められた(p0.01)。
結論 尿中8OHdG濃度の実測値では負荷直前が,負荷直後に比較して上昇傾向を示した。一方,尿中8OHdG濃度補正値では,短時間の運動負荷直後において低下傾向を示し,これは補正に用いたクレアチニン濃度が約12%上昇したためであった。短時間の運動負荷では,酸化ストレス指標である8OHdG濃度の上昇がクレアチニン濃度の上昇よりも遅延することが推察された。短時間の運動負荷では,クレアチニン補正の使用に注意が必要である。一方,マラソン競技者の尿中8OHdG濃度は,競技後急激に上昇し,約3時間の過度な有酸素運動が酸化的DNA損傷を生じさせた。また,酸化ストレス消去能には個人差のあることも推察された。尿中8OHdG濃度の測定は過度の有酸素運動を判断する指標として有用性が期待でき,個々の有酸素運動の適正な負荷量を数量化して判断する指標として今後さらに検討すべき課題であると考えられた。
キーワード 運動負荷,酸化ストレス,8OHdG,トレッドミル,マラソン

 

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第55巻第10号 2008年9月

医学部学生の麻しん,風しん抗体保有率

菊地 正悟(キクチ ショウゴ) 小幡 由紀(オバタ ユキ) 柳生 聖子(ヤギュウ キヨコ)
林 櫻松(リン インソン) 玉腰 暁子(タマコシ アキコ)

目的 麻しんの流行が最近観察されている世代の抗体保有率を明らかにするために,臨床実習前の医学部学生について麻しんと風しんの血清抗体を測定した。
方法 医学部4学年の学生104人を対象に,実習として採血を相互に行わせ,血清を分離した。この血清を用いて,麻しんと風しんの抗体を,市販キット,ルベラIgGII-EIA「生研」および麻疹IgGII-EIA「生研」を使用して能書記載のとおりに測定を行った。麻しん,風しんとも抗体価2.0未満を陰性,2.0以上4.0未満を判定保留,4.0以上を陽性とした。この結果を用いて男女別の麻しんと風しんの抗体保有率を計算した。
結果 麻しん抗体は98人(94.2%)が陽性,判定保留域は4人(3.8%),陰性は2人(1.9%),風しん抗体は,91人(87.5%)が陽性,判定保留域は1人(1.0%),陰性は12人(11.5%)であった。麻しん抗体保有率に男女差はなかったが,風しん抗体保有率は,男性58人(81.7%),女性33人(100%)が陽性であった。
結論 本研究の対象は臨床実習前とはいえ,医学部学生という偏った集団ではあるが,1980年前後に出生した世代で麻しんに感受性がある者の割合は6~10%,風しんに感受性のある者の割合は10%前後と推定される。主に小児がかかる感染症では,ワクチン接種率が高くなる過程で成人での流行が観察されるとされている。麻しんや風しんは成人が感染すると重症化する頻度が高く,女性が妊娠中に風しんに感染すると先天性風しん症候群をおこす恐れがある。麻しん,風しんとも,ワクチン接種によって予防していくべき疾患であり,目標は10代後半での抗体保有率がほぼ100%という状況である。そのためには,ワクチンの安全性と接種率の両者の向上が不可欠である。
キーワード 医学部学生,麻しん,風しん,抗体保有率,ワクチン

 

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第55巻第11号 2008年10月

障害高齢者の日常生活自立度における維持期間と
脳卒中および認知症の相乗影響

東海 奈津子(トウカイ ナツコ) 新鞍 眞理子(ニイクラ マリコ) 下田 裕子(シモダ ユウコ)
鳶野 沙織(トビノ サオリ) 寺西 敬子(テラニシ ケイコ) 山田 雅奈恵(ヤマダ カナエ)
田村 一美(タムラ ヒトミ) 山口 悦子(ヤマグチ エツコ) 永森 睦美(ナガモリ ムツミ)
上坂 かず子(コウサカ カズコ) 成瀬 優知(ナルセ ユウチ)

目的 障害高齢者の日常生活自立度(以下,障害自立度)はどのくらいの期間,維持されるのかを把握するため障害自立度維持期間の算出を試みた。さらに,障害自立度維持期間に脳卒中および認知症はどの程度影響するのかを検討する。
方法 T県Ⅹ地区において2001年4月1日~20061231日の期間に新規に要介護認定を受けた第1号被保険者のうち,障害自立度がJ1からB2であった高齢者を対象に,Kaplan-Meier法を用いて障害自立度維持期間の算出を行った。さらに,脳卒中および認知症の有無により分類した4群において障害自立度ごとに障害自立度の悪化に関するハザード比,障害自立度維持期間を算出した。
結果 障害自立度維持期間は,算出可能なものにおいては0.574.54年であった。また,脳卒中・認知症なし群を基準とした障害自立度の悪化に関するハザード比を算出した結果,ランクJにおいては脳卒中単独群では1.05(p=0.759),認知症単独群では1.33(p=0.016),脳卒中・認知症あり群では1.80(p<0.001)であり,ランクA,Bでも同順で脳卒中・認知症あり群が最も高い値を示した。脳卒中・認知症なし群の障害自立度維持期間を基準とした場合,脳卒中・認知症あり群の障害自立度維持期間は2~2.5倍短く,どの群よりも短かった。
結論 脳卒中と認知症は障害自立度の悪化に相乗して影響を与えることが明らかとなり,脳卒中と認知症が同時に存在することで障害自立度維持期間は最も短くなることが示された。
キーワード 障害高齢者の日常生活自立度,維持期間,脳卒中,認知症

 

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第55巻第11号 2008年10月

診療所勤務医の状況の変化と多相生命表の
原理を用いた医師数の将来推計について

小池 創一(コイケ ソウイチ) 勝村 裕一(カツムラ ユウイチ ) 児玉 知子(コダマ トモコ)
井出 博生(イデ ヒロオ) 康永 秀生(ヤスナガ ヒデオ) 松本 伸哉(マツモト シンヤ)
今村 知明(イマムラ トモアキ)

目的 医師需給についての考察をさらに深めるため,医師・歯科医師・薬剤師調査のデータを用いて診療所勤務医師(いわゆる開業医)の現状を明らかにするとともに,多相生命表の原理を用いて,医師の診療科間の移動の側面を考慮した医師の将来推計を行うことを目的とした。
方法 1972年から2004年調査までの医師・歯科医師・薬剤師調査データを用いて,各年度の調査について横断的に解析を行うとともに,医籍登録番号を用いて縦断的にデータを結合し,医師の勤務状況の変化について解析を行った。さらに,2002年と2004年調査から多相生命表の原理を用いて診療科別の医師数の将来推計を行った。
結果 診療所勤務医の年齢構成に経年的に変化が生じていることが明らかになるとともに,診療所勤務医を引退する年齢が上昇してきている可能性が示唆された。
   2002年から2004年の移動率,および2004年の新規登録医師数が今後も変わらないと仮定した場合の医師数は,2010年で内科10.7万人,小児科1.6万人,精神科1.4万人,外科5.3万人,産婦人科1.2万人,その他8.9万人で合計29.0万,2020年で内科11.8万人,小児科1.8万人,精神科1.6万人,外科5.3万人,産婦人科1.2万人,その他10.2万人で,合計32.0万人と推計された。
結論 本研究で用いた多相生命表の原理を用いれば,診療科別の将来推計に加えて,病院,診療所といった勤務の種別,都市部と地方といった医師の地域分布についても推計が可能であることが示唆され,医師需給の議論を深化させる上で有益な情報を提供しうることが示唆された。新臨床研修を終えた者が最初に届け出を行う2006年医師・歯科医師・薬剤師調査のデータを用いることが可能となり次第,今回の結果と比較することで,新臨床研修制度が医師の診療科の選択・診療科間の移動に与えた影響を評価した形での将来推計を行う等,さらなる研究が推進されることが期待される。
キーワード 医師需給,医師・歯科医師・薬剤師調査,多相生命表,将来推計,キャリアパス

 

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第55巻第11号 2008年10月

日本・英国・フィンランドの公務員における社会経済的状態と健康
:心理社会的ストレスと健康リスク行動の役割

関根 道和(セキネ ミチカズ) 立瀬 剛志(タツセ タカシ) 鏡森 定信(カガミモリ サダノブ)

目的 社会経済的状態による健康度の差が拡大傾向にある。そこで,社会経済的状態と健康との関係,社会経済的状態と健康リスク行動との関係,社会経済的状態と職域およびワーク・ライフ・バランスに関係した心理社会的ストレスとの関係,社会経済的状態と健康との関係における心理社会的ストレスの役割を検討することを目的とした。
方法 日本・英国・フィンランドの公務員を対象とした国際共同研究の中から,上記の目的に関連した研究を選択した。
結果 社会経済的状態と健康との関係は,身体的健康度については,一般に,男女とも社会経済的状態の指標としての職階が低いほど健康度が低かったが,日本の女性においては職階による健康度の差は小さかった。精神的健康度については,英国では職階と健康度に有意差がなかったが,日本では職階が低いほど健康度が低く,フィンランドでは職階が低いほど健康度が高かった。社会経済的状態と心理社会的ストレスとの関係は,一般に,男性では職階が低いほど心理社会的ストレスが多いのに対して,女性ではむしろ職階が高いほど心理社会的ストレスが多い傾向にあった。男性では,職階による健康度の差は,心理社会的ストレスを調整後に減少したが,女性では心理社会的ストレスを調整した後に,むしろ職階による健康度の差が拡大した。これは,心理社会的ストレスと職階との関係の性差に由来する可能性がある。社会経済的状態と健康リスク行動との関連や心理社会的ストレスと健康リスク行動との関連については,国家間や男女間で一貫した関連がなく,社会経済的状態による健康度の差への影響は限定的である可能性がある。
結論 社会経済的状態による健康度の差は,男性では,心理社会的ストレスによって,ある程度説明されることが示唆された。したがって,ストレス対策により健康度の差を縮小させることが可能であろう。女性では,心理社会的ストレスは,むしろ健康度の職階差を縮小させる方向に作用しており,健康度の職階差の縮小には男性とは異なるアプローチが必要である。精神的健康度の職階差は,国家間や男女間で異なっており,今後の検討が必要である。
キーワード 社会経済的状態(SES),Short Form 36SF36),ピッツバーグ睡眠調査票(PSQI),心理社会的ストレス,ワーク・ライフ・バランス,公務員

 

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第55巻第11号 2008年10月

東北における福祉制度対象者に関する
市町村別実態調査について

-東北の市町村社会福祉統計資料作成の試み-
都築 光一(ツヅキ コウイチ) 吉田 渡(ヨシダ ワタル) 阿部 裕二(アベ ユウジ)
田中 治和(タナカ ハルカズ) 増子 正(マスコ タダシ) 李 忻(リ シン)
関田 康慶(セキタ ヤスヨシ)

目的 市町村福祉行政において活用可能な統計資料の作成,統計資料の妥当な収集方法の整理,現状分析や評価等に活用可能なデータの標準化の方法に関する検討を通じて,社会福祉統計の必要性を明らかにすることを目的とする。
方法 研究者および市町村事務担当者により検討班を構成し,調査すべき項目として,人口,制度の対象者,社会資源,マンパワー,フォーマルな事業やサービス,福祉財政を選定した。この結果を踏まえて,東北6県および全市町村を対象に調査を実施した。
結果 今回調査協力を得た市町村に限定されるが,活用可能な社会福祉関係の統計資料を作成することができた。統計資料の妥当な収集方法として,現時点では各都道府県とすべての市町村に調査協力を依頼する方法のみであることが確認された。現状分析および評価のために活用する方法としては,データの標準化により比較可能になると思われた。
結論 東北の各県および市町村の社会福祉行政機関を対象として,社会福祉制度の対象者および委嘱ボランティアに関する実態調査を行い,活用可能な社会福祉統計の枠組みの検討と資料を作成し,必要性を確認した。
キーワード 社会福祉対象者,市町村社会福祉統計,東北地方

 

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第55巻第11号 2008年10月

メタボリックシンドローム危険因子に対する
行動変容技法を用いた生活習慣改善
プログラムの有効性:ランダム化比較試験

甲斐 裕子(カイ ユウコ) 荒尾 孝(アラオ タカシ) 丸山 尚子(マルヤマ ナオコ)
三村 尚子(ミムラ ナオコ)

目的 従来の地域保健の生活習慣病対策では,知識の提供を重視したプログラムが主流であったが,生活習慣改善を促すには行動科学にもとづくプログラムがより有効であるとされている。しかし,先行研究では比較対照となる知識提供型プログラムの介入の時間や頻度が行動変容型プログラムよりも少なく,両プログラムの効果の差が真に介入内容の違いによるかは不明である。本研究では両プログラムの介入の時間と頻度を同じにしたうえでメタボリックシンドロームの危険因子に対する効果の違いについて,ランダム化比較試験による検証を行った。
方法 横浜市磯子区在住の4070歳(57.4±8.3歳)の男女100名を行動変容型プログラム群50名,知識提供型プログラム群50名に無作為に割り付けた。行動変容型プログラムでは,目標設定やセルフモニタリングなどの行動変容技法を採用した。知識提供型プログラムでは,医師,健康運動指導士,栄養士が疾病予防や食事,身体活動についての講義と実習を行い,さらに体力測定とグループワークを行った。両プログラムとも集団介入であり,介入の実施時間,頻度,回数,期間(1回2時間,月1回,計4回,4カ月)は全く同じであった。測定項目は,肥満度,血圧,脂質代謝,糖代謝,インスリン抵抗性指数(HOMA-IR)であった。
結果 介入前の各指標の平均値には両群間で有意差がなかった。教室への参加継続率は行動変容群94.0%,知識提供群86.0%であり有意差はなかった。すべての指標において介入前後の変化量に有意な群間差は認められなかった。しかしながら,BMI25以上の者について検討したところ,BMI,ウエスト周囲径,血糖値,インスリン濃度,およびHOMA-IRにおいて行動変容型プログラム群の方が有意に改善度が大きいことが認められた。
結論 行動変容型プログラムは,従来の知識提供型プログラムと比較して,介入の実施時間,頻度,回数,期間が同一の条件であっても,肥満者のメタボリックシンドロームの危険因子である肥満,糖代謝,およびインスリン抵抗性をより改善する。
キーワード 行動科学,生活習慣病,肥満,地域医療,ランダム化比較試験

 

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第55巻第13号 2008年11月

組合管掌健康保険の保険料率決定に関する分析

佐川 和彦(サガワ カズヒコ)

目的 組合管掌健康保険(以下,組合健保)では,一定の制約の下で個々の健康保険組合(以下,健保組合)は自由に保険料率を決めることができる。しかし,実際には各健保組合が財政状況に応じて保険料率を頻繁に変更するということはない。本稿では,各健保組合は潜在的な保険料率の変更幅が一定の限度を超えないと現実に変更を行わないと想定するモデルを用いる。実証分析によって,その限度の大きさを示すとともに,健保組合の保険料率の水準によって限度が異なることについても検証する。
方法 ある行動をひきおこす潜在的な要因があったとしても現実の行動にスムーズに結びつかない,すなわち,行動に摩擦(フリクション)が生じていると想定するモデルとして,フリクションモデルがある。本稿では,フリクションモデルを応用して,東京都の589組合を対象に実証分析を行った。保険料率の変更幅として用いたのは,2005年度の保険料率の対前年度変化分である。また,2004年度の保険料率の水準によって高低2群に分けた分析を行った。
結果 実際に保険料率の変更を行うか行わないかの分かれ目になる閾(いき)値の推定値は,モデルから予想されるとおりの符号であった(p<0.001)。さらに,保険料率別に分割した推定結果によれば,もともとの保険料率の水準が低いと,保険料率をさらに引き下げることに対してはフリクションがより大きくなった。反対に,もともとの保険料率の水準が高いと,さらに引き上げることに対してはフリクションがより大きくなった。このような保険料率の水準の高低による健保組合の決定の差異は,保険料率の引き下げの場合により顕著であり,引き上げの場合は小さかった。閾値の推定値(絶対値)は,保険料率の平均値を考慮にいれると,かなり大きな値であった。
結論 保険料率の引き下げが考えられる場合,あるいは,引き上げが考えられる場合も,潜在的な変更幅が一定の数値を超えるまでは実際に変更されることはなかった。これは,保険料率の変更についてフリクションが生じたことを意味している。
キーワード 組合管掌健康保険,保険料率,フリクションモデル

 

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第55巻第13号 2008年11月

横浜市の有床,無床,歯科診療所および助産所における
医療安全への取り組み状況について

船山 和志(フナヤマ カズシ) 青柳 晶子(アオヤギ アキコ) 加山 操(カヤマ ミサオ)
小川 信也(オガワ ノブヤ) 堀口 逸子(ホリグチ イツコ) 西川 美智子(ニシカワ ミチコ)
本吉 究(モトヨシ キワム) 鈴木 敏旦(スズキ トシアサ) 高岡 幹夫(タカオカ ミキオ)
大浜 悦子(オオハマ エツコ)

目的 平成19年4月の改正医療法の施行によって,病院だけでなく,有床,無床,歯科診療所および助産所の管理者に対し,医療に係る安全管理のための職員研修の実施等,医療の安全を確保する措置を講じることが義務づけられた。今回,それらの医療機関における医療安全への取り組み状況を把握し,行政における,より良い医療安全推進のサポートを検討するために調査を実施した。
対象と方法 調査対象医療機関は,横浜市に登録されているすべての有床診療所(157施設),無床診療所(2,622施設),歯科診療所(2,026施設)および助産所(81施設)とした。調査方法はプリコード式質問紙調査で,調査期間は平成19年9月である。質問項目は(1)医療法改正に伴う医療安全義務化の内容の主観的把握状況,(2)医療安全で取り組んでいること(複数回答),(3)医療安全への取り組み意欲,(4)横浜市医療安全相談窓口の周知状況,(5)医療安全推進で知りたい情報(複数回答),(6)医療安全の情報源(複数回答)の6問を設定した。
結果 医療安全で取り組んでいることでは,どの種類の医療機関でも,新たに義務づけられた項目は下位に位置していた。しかし,義務化の内容の主観的把握状況では,いずれも50%以上が把握していると回答しており,医療安全への取り組み意欲では,40%以上が既に取り組んでいると回答していた。医療安全推進で知りたい情報では,最近の医療安全知識が最も多く,いずれも約70%を占めていた。次に,横浜市医療安全相談窓口事例が,助産所を除くすべての医療機関で50%以上を占めていた。医療安全の情報源では,医師会等のそれぞれ関係団体広報が最も多く,70%から80%を占めていた。
考察 有床,無床,歯科診療所および助産所では,医療安全への意欲はあるが,医療法改正により求められている項目に,どのように取り組んで良いか戸惑っている状態が考えられた。このため,実施に向けた具体的なサポートが重要と考えられた。また,あらためて医師会など各種団体広報の情報伝達の手段としての重要性が認識され,今後,関係団体と行政が,医療機関への,より効果的で適切な情報提供の方策について協議,協働していくことが必要だと考えられた。
キーワード 改正医療法,医療安全,有床診療所,無床診療所,歯科診療所,助産所

 

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第55巻第13号 2008年11月

知的障害者施設職員における脱施設化志向と
その関連要因の検討

樽井 康彦(タルイ ヤスヒコ) 岡田 進一(オカダ シンイチ) 白澤 政和(シラサワ マサカズ)

目的 200212月に改定された障害者基本計画によって,「施設サービスの再構築」(地域生活移行の推進及び施設の在り方の見直し)という基本方針が示された1)。本研究では,施設職員における脱施設化志向の現状と,その関連要因について因子分析および重回帰分析を用いて検討を行う。
方法 WAM-NETに記載されている近畿2府4県の知的障害者施設200カ所を無作為抽出し,施設長1名とその他の職員1名の合計400名を対象に自記式質問紙を郵送し,回答を依頼した。調査期間は2005年2月14日から3月11日までであり,有効回収率は65.3%(261票)であった。脱施設化志向を援助内容別に明らかにするため,調査項目は援助の多様な側面を考慮した17項目を設定し,因子分析を行った。さらに,各因子に高い負荷量を示した項目の素得点合計値を算出したものを従属変数とし,脱施設化志向に関連していると考えられる5つの要因を独立変数とする重回帰分析を行った。
結果 因子分析の結果,4因子が抽出された。第1因子は自立性・個別性重視の援助,第2因子は医療・行動面の援助,第3因子は地域社会との関係調整の援助,第4因子は重度者の外出促進の援助とした。脱施設化志向の平均得点は第1因子が最も高く3.48であり,次いで第3因子が3.28,第4因子が2.77,第2因子が2.12であった。重回帰分析の結果,「グループホーム実践経験」からは第1,第2,第4因子を従属変数としたモデルにおいて標準偏回帰係数が有意となった。また,「非選別型志向」からは4つの因子すべてのモデルにおいて有意な標準偏回帰係数が示された。ただし,各従属変数における決定係数(自由度調整済みR2)の値は低く,関連要因については今後さらなる検討が必要である。
結論 ノーマライゼーションの理念に示されているように,障害の程度等に関わらず地域生活への移行を推進すべきだという考え方が,脱施設化志向全般に影響を与えている。一方,脱施設化志向は援助の側面により異なっており,現状の地域ケア体制の課題も示唆された。今後は,医療的ケアの確保などの課題をどのように解決していくかが施策推進の課題となる。
キーワード 知的障害者ケア,施設職員,脱施設化志向

 

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第55巻第13号 2008年11月

母子生活支援施設入所中の母親支援の検討

-不適切な育児との関連-
大原 美知子(オオハラ ミチコ) 妹尾 栄一(セノオ エイイチ) 今野 裕之(コンノ ヒロユキ)
近藤 政晴(コンドウ マサハル)

目的 近年,母子生活支援施設にはDV被害者や,心身に障害を持つ入所者が増加している。これらの心身および生活上の諸問題が育児にどのような影響を与えているのか,その要因を多面的に明らかにするとともに,その対策を検討することを研究の目的とした。
方法 都内母子生活支援施設に入所中で0歳から18歳までの子どもを養育している母親を対象とし,自記式アンケート調査を行った。調査項目については基本的属性,母親のソーシャルサポート,不適切な育児行為項目,メンタルヘルス項目(日本語版CES-D,日本語版解離性体験尺度(J-DES),ボンディング質問表(愛着形成障害評価尺度),パートナー,実家との関係などで構成した。解析方法は不適切な育児得点を従属変数に,各項目を独立変数として項目ごとに等分散の検定を行った。その後一元配置分散分析を行い,有意差のみられた項目についてはチューキーの方法による多重比較を行った。不適切な育児に関連する要因については,不適切な育児得点との関連が有意であった変数を説明変数,不適切な育児得点を基準変数として,階層的重回帰分析を行った。
結果 不適切な育児得点と統計的に有意な関連がみられた項目は,属性(年齢,教育年数,年収),ソーシャルサポート,家族関係(実家,パートナー),メンタルヘルス(抑うつ,解離),子どもへの愛着(ボンディング得点)であった。階層的重回帰分析の結果,最も決定係数が大きかったのは年齢(が若い),パートナーからの暴力(DV経験)がない,ボンディング得点(愛着障害が大きい)の順であった。メンタルヘルス項目(抑うつ,解離)が,決定係数の増加に寄与し,また愛着障害の増加もメンタルヘルスについで大きかったことから,メンタルヘルスと愛着障害が子どもへの不適切な育児に大きく関連している可能性がみられた。
結論 これらの結果から,子どもへの不適切な育児を減少させるには愛着障害を減らすこと,また抑うつや解離などのメンタルケアの必要性も明らかとなったが,これらは各々独立したものではなく相互に影響しあうものとして,その双方に介入支援が必要であることが示された。そのため,今後母子生活支援施設はメンタル面,愛着障害など多面的なケアを行える母子ユニットケア機能を持つことが望まれる。
キーワード 母子生活支援施設,抑うつ,解離,愛着障害,不適切な育児,ユニットケア

 

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第55巻第13号 2008年11月

居宅サービス利用水準の地域差と在宅化推進に関する一考察

長倉 真寿美(ナガクラ マスミ)

目的 在宅化推進には,まず介護保険制度の居宅サービスが十分に利用できる状況にあるか否かが重要だと考えられる。ここでは要介護認定者1人当たりの居宅サービス利用水準の地域差を保険者別に把握すること,また水準を高くすることに寄与している要因を明らかにすることを目的とした。
方法 「介護保険事業状況報告(厚生労働省)」のデータを使い,2002(平成14)年度と2005(平成17)年度の訪問介護,訪問看護,通所介護と通所リハビリテーションを足したもの,短期入所のそれぞれについて保険者(市町村と広域連合)ごとに要介護認定者1人当たりの利用件数を偏差値化し,それを平均化したもの(以下,居宅4サービス利用指数)についてランキングを行った。これをもとに両年度の傾向と推移,上位の保険者の特徴等を明らかにした。さらに両年度ともランキング上位の保険者について三角測量的手法を用いたケース・スタディを行い,居宅サービス利用水準を高くすることに寄与している要因を分析した。
結果 2002(平成14)年度と2005(平成17)年度の居宅4サービス利用指数の分布を保険者の区分別にみると,両年度とも町・村は広く分布しておりグループ内の差が大きい。また,指数上位の保険者に長野県,長野県南信州広域連合に属している町村の占める割合が高いことがわかった。また,居宅サービスの利用水準が高い地域の特徴として「在宅化推進への早期取り組み」「ネットワークの構築」「ネットワーク,サービス技術を活用したケアマネジメント」「看取りへの対応」が導き出された。
結論 居宅サービスの利用水準が高い地域の地域ケアシステムは,様々なサービスの単なる寄せ集めではなく,利用可能な社会資源を有効に連携させ,包括的サービスが提供できる体制になっていることがわかった。今後はこの結果を踏まえ,居宅サービスの利用水準が低い地域のケース・スタディを加味し,より条件が厳しい市町村にとっての在宅化推進策を探っていきたい。
キーワード 介護保険制度,居宅サービス,サービス利用水準,地域差,地域ケアシステム

 

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第55巻第13号 2008年11月

乳幼児を持つ母親の子育て不安に影響を与える要因

-子育て不安と児童虐待の関連性-
八重樫 牧子(ヤエガシ マキコ) 小河 孝則(オガワ タカノリ) 田口 豊郁(タグチ トヨヒロ)
下田 茜(シモダ アカネ)

目的 児童虐待の背景の1つとして子育て不安やストレスが高まっていることが指摘されていることから,子育て不安に影響を与える要因の検討を行い,今後の子育て支援の課題を明らかにすることを目的とする。特に子育て不安と母親の虐待的傾向・被虐待的経験との関連性について検討を行った。
方法 調査は,2006年2月に保育所5カ所,幼稚園3カ所の合計8カ所において,保護者を対象に留置き調査を実施した。配布数は877,回収数は418,回収率は47.7%,有効回答数は387,有効回答率は92.6%であった。調査内容は,保護者・家族の概要,子育て状況,子育て観,子育て不安・ストレス,子どもへの虐待的傾向,保護者の被虐待的経験の合計74項目であった。分析するに当たって,項目反応理論を用いて,子育て不安・ストレス・虐待的傾向・被虐待的経験に関する項目母数値の推定と被験者母数の推定を行った。
結果 項目反応理論を用いた項目母数の検討を行った結果,子育て不安は18項目,ストレスは6項目,虐待的傾向は4項目,被虐待的経験は4項目を使用した。子育てサポートと子育て不安の関連性,虐待的傾向・被虐待的経験と子育て不安の関連性が認められた。子育て不安得点と虐待的傾向得点の間にはかなり相関があった(r=0.491,p<0.01)ことから,子育て不安が保護者の虐待的傾向に関連していることがわかった。心理的虐待傾向(無視)と心理的被虐待経験(無視)の間にかなり相関があり(ρ=0.444,p<0.01),世代間伝達が推察された。
結論 地域の実情にあった効果的な子育て支援を進めていくためには,子育て状況を測定する尺度の開発,地域や家庭における子育て支援システムの構築,子育て支援のための実践プログラムの開発の重要性が示唆された。
キーワード 子育て支援,子育て不安,児童虐待的傾向,被児童虐待的経験,項目反応理論

 

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第55巻第15号 2008年12月

法令に基づく権限の所在からみた
保健所の対物業務に関する研究

-健康危機管理の視点から-
堀口 逸子(ホリグチ イツコ) 菅沼 成文(スガヌマ ナルフミ) 玉川 淳(タマガワ ジュン)
河原 和夫(カワハラ カズオ) 谷 修一(タニ シュウイチ) 

目的 法令条文に基づく保健所業務における対物業務について,全国の政令市保健所について権限委譲の状況を把握することとした。
方法 保健所業務の法令条文に基づく対物業務内容を健康危機管理関連業務,健康危機管理周辺業務,その他の業務に分類し,これらの権限の所在について,保健所長に委譲されているものの割合を検討した。
結果 業務は全体で408項目であった。健康危機管理関連業務は82項目(20.1%),健康危機管理周辺業務は325項目(79.7%),その他は1項目(0.2%)であった。法律によって政令市(長)に権限がある業務は199項目で全体の48.8%で,そのうち保健所長に権限委譲されていたのは161項目(80.9%)であった。これら権限委譲されているもののうち健康危機管理関連業務に該当するものは46項目(28.6%)であった。いわゆる危機(クライシス)時の健康危機管理関連業務は,健康危機管理周辺業務の1/2以下であった。このことから,マネジメントにおける機能は日常に比較して十分ではないことが示唆された。
キーワード 保健所,対物業務,健康危機管理,権限委譲

 

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第55巻第15号 2008年12月

非喫煙者,喫煙者および禁煙1年以上継続者
の自覚症状並びに健診結果の検討

謝 勲東(シャ クントウ) 武藤 孝司(ムトウ タカシ) 

目的 非喫煙者,喫煙者および禁煙1年以上継続者の自覚症状および健診結果を検討することを目的とした。
方法 対象は人間ドック受診者のうち,質問票から喫煙状況が得られ,かつ1年以内の禁煙者を除外した男性7,907名(平均年齢51.6歳)とした。質問票で喫煙状態より非喫煙群,喫煙群,禁煙1年以上継続群(禁煙群)の3群に分けた。非喫煙群を対照群として,喫煙群および禁煙群の自覚症状(咳や痰が多い,物忘れ,疲れやすい,どうき,上腹部違和感,しばしば下痢,肩こり,腰痛)および検査値異常(肥満,高血圧,高血糖,高中性脂肪,低HDLコレステロール,高尿酸,高γ-GTP,低1秒率)に関して年齢を調整したオッズ比を求めた。
結果 喫煙群ではすべての自覚症状において非喫煙群よりも有意に大きいオッズ比を示したが(1.16-2.96,2以上は咳や痰),禁煙群で非喫煙群より有意に大きいオッズ比を示したのは物忘れ,しばしば下痢,腰痛の3項目だけであり(1.13-1.38),しかも物忘れ以外の7つの自覚症状において禁煙群のオッズ比は喫煙群よりも小さかった。一方,喫煙群では高血圧と高尿酸以外の6つの検査値異常において非喫煙群よりも有意に大きいオッズ比を示した(1.22-2.60,オッズ比2以上は高中性脂肪,高γ-GTP,低1秒率の3項目)。禁煙群では低HDLコレステロール以外の7つの検査値異常において非喫煙群よりも有意に大きいオッズ比を示したが(1.24-1.56),高中性脂肪,低HDLコレステロール,高γ-GTP,低1秒率の4つの検査値異常において禁煙群のオッズ比は喫煙群よりも小さかった。
結論 喫煙群の自覚症状および検査異常は非喫煙群より明らかに多く,しかも自覚症状の1項目および検査異常の3項目のオッズ比は2以上であった。若いときから喫煙しないことを目的とした健康教育は大事だと思われる。禁煙群の自覚症状は喫煙群より明らかに少なかったが,検査異常項目は少なくなかった。しかし非喫煙群に対してオッズ比2以上の項目はなかった。禁煙群では禁煙後食欲が増すため,過食となり一部の代謝異常は改善しないか,あるいは増悪する可能性があり,禁煙後の適正な食事,運動,ストレス管理など生活習慣の注意が必要である。禁煙の継続や開始に対する動機づけとして,禁煙群の自覚症状改善や高いオッズ比の検査値異常が喫煙群より少なかったことを啓発することは今後重要と思われる。
キーワード 喫煙,禁煙,自覚症状,健診結果,健康教育

 

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第55巻第15号 2008年12月

特別養護老人ホームにおける介護職員の離職率に関する研究

張 允楨(チャン ユンジョン) 黒田 研二(クロダ ケンジ) 

目的 本研究は,特別養護老人ホーム各施設の離職率を3区分し,仕事や職場に対する職員の意識,介護業務の内容,職場内における人間関係,仕事上における施設環境という4つの領域との関連を調べ,離職率の低い施設の特徴を明らかにすることで,介護職員の定着をはかるための要件を検討した。
方法 大阪府に所在する特別養護老人ホームの介護職員を対象とした。調査は郵送法による自記式質問紙調査で,2006年8月に実施した。調査票を,101施設の介護職員3,919人に配布し,2,859人から有効回答を得た(有効回収率73%)。
結果 離職率中位群・高位群に比べ,低位群では以下の特徴がみられた。第1に,低位群の施設では職員の資質向上に積極的に取り組んでいることが示唆された。他の群に比べ,低位群では「専門資格取得を具体的に・積極的に支援している」「職員の研修を個々の力量に応じ体系的・計画的に行っている」と評価した職員が多かった。さらに,実際,事業所から勧められて研修会に参加したと答えた職員も多かった。第2に,低位群の施設職員は「賃金」「休暇の取得」「福利厚生」という項目に関してより高い満足度を示し,低位群の施設では労働環境が充実している可能性がうかがえた。特に,賃金に関する満足度において比較的高い<半外A663>2値を示しており,高位群で4割程度が満足を示したのに対して,中位群・高位群では3割以下であった。第3に,低位群では「職場への所属意識」,職場環境のうち「施設運営への参加」「役割の明確性」において,職員の評価が高かった。
結論 介護職員の離職を防ぎ,定着をはかるためには,専門資格の取得や研修を通じて職員の資質向上を支援する職場環境の構築と,賃金,休暇の取得,福利厚生等の労働環境の整備が重要であると考えられた。これは厚生労働省が発表した福祉人材の確保に関する指針においても指摘されており,本研究はそれを実証的に検証したといえる。さらに,職場への所属意識を高めること,施設運営に参加できる機会を確保すること,仕事上における役割を明確にすることが,職員の定着をはかる要件であることが示唆された。
キーワード 離職率,特別養護老人ホーム,介護職員,職場環境,資質向上支援

 

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第55巻第15号 2008年12月

こころの病をもつ人々への地域住民のスティグマおよび社会的態度

-全国サンプル調査から-
望月 美栄子(モチヅキ ミエコ) 山崎 喜比古(ヤマザキ ヨシヒコ) 菊澤 佐江子(キクザワ サエコ)
的場 智子(マトバ トモコ) 八巻 知香子(ヤマキ チカコ) 杉山 克己(スギヤマ カツミ)
坂野 純子(サカノ ジュンコ)  

目的 こころの病をもつ人々への地域住民の態度について,全国サンプル調査により多角的に把握し,こころの病をもつ人々と地域住民が共に暮らしやすい地域生活実現のための課題を考察する。
方法 国内に居住する1864歳の男女から二段階無作為抽出により1,800名を抽出し,面接調査・留置記入法のいずれかの方法で調査を行った(2006年8~10月,有効回収994票)。質問紙はビニエット方式で,冒頭でこころの病をもつ人物(Aさん)の様子を病名は伏せて提示し,Aさんについての質問に回答してもらうものである。ビニエットはうつ病と統合失調症の2種類で,さらにそれぞれの人物が男女の2種類の計4種類があり,それらを無作為に対象者に振り分けた。質問項目は,Aさんの症状に対する認識,「スティグマ的反応」,Aさんと隣同士になる等の関係をどの程度受け入れるかを尋ねる「社会的距離」,Aさんのような人への保健医療サービスの提供等を行政がどの程度責任をもつべきかを尋ねる「行政の責任」,治療のために入院する等をどの程度法律で強制すべきかを尋ねる「法律による強制」,こころの病をもつ人との回答者自身の接触体験などを尋ねた。
結果 Aさんの症状に対して,うつ病・統合失調症両事例ともに回答者の92%が「精神的な病気の可能性」があると回答し,治療の効果もおよそ95%前後が認めていたが,統合失調症事例に対して約半数が「うつ状態」と回答した。「スティグマ的反応」では両事例とも「Aさんは自分の状況を恥ずかしく思うべきだ」等の不名誉の各項目,「Aさんは治療を受けることで地域ののけ者になるだろう」等の治療の影響の各項目では否定する回答が大半を占めていたが,「Aさんといると緊張する」等の感情の各項目では肯定する回答が半数近かった。「社会的距離」と「法律による強制」は統合失調症事例の方が得点が有意に高かった。「行政の責任」は両事例ともすべての項目で7090%が責任を果たすべきと回答した。
結論 回答者は,ビニエットに示された状態が医学的な精神疾患であることを認識しているものの,精神疾患に対する理解はあいまいなものである様子がうかがわれた。こころの病をもつ人々に対して,あからさまな偏見や差別を示す回答者は少なかったが,実際に接する際に戸惑いや不安を感じる者が多く,地域住民の啓発活動において,接し方等の実践的な情報提供が必要であると考えられた。
キーワード こころの病,全国調査,ビニエット方式,スティグマ,社会的距離,行政の責任

 

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第55巻第15号 2008年12月

メタボリックシンドローム構成因子に及ぼす肥満と
生活習慣の影響についての縦断研究

木山 昌彦(キヤマ マサヒコ) 大平 哲也(オオヒラ テツヤ) 北村 明彦(キタムラ アキヒコ)
今野 弘規(イマノ ヒロキ) 岡田 武夫(オカダ タケオ) 佐藤 眞一(サトウ シンイチ)
前田 健次(マエダ ケンジ) 中村 正和(ナカムラ マサカズ) 石川 善紀(イシカワ ヨシノリ)
嶋本 喬(シマモト タカシ) 野田 博之(ノダ ヒロユキ) 磯 博康(イソ ヒロヤス)

目的 肥満はメタボリックシンドローム(以下,MS)の構成因子である血圧高値,糖代謝異常,脂質代謝異常の重要な原因と考えられているが,日本人において肥満がどの程度それらの発症に寄与しているかは明らかではない。そこで本研究は,肥満および飲酒,喫煙,身体活動等の生活習慣がそれらの因子の出現にどの程度影響するか縦断的に検討することを目的とした。
対象・方法 2001年7月~200212月までに大阪府立健康科学センターを受診した8,893人に生活習慣に関する質問紙調査と身体測定,血液検査等を実施した。次に,20012002年受診者のうち200612月までに再受診した7,276人(81.8%)に同様の検査を実施した。20012002年の検査において血圧高値,糖代謝異常,脂質代謝異常を有する者を除外し,残る4,672人(男性2,607人,女性2,065人)を解析対象として20012002年の肥満,生活習慣と新規の血圧高値,糖代謝異常,脂質代謝異常との関連を検討した。
結果 平均3.8年後のフォローアップ検査において新規に血圧高値,糖代謝異常,脂質代謝異常に当てはまった人数はそれぞれ539人,389人,574人であった。これらに2つ以上当てはまるものをMSありとした場合,男性168人,女性62人,計230人がこの基準に当てはまった。BMIbody mass index)をもとに新規のMS出現頻度をみると,BMIが高くなる程MSの出現頻度は高くなった。一方,MSの出現数はBMI25/㎡以上において91人(39.6%)であり,25/㎡未満の方が出現数は多かった(139人)。また,生活習慣とMS出現との関連をみた結果,1日当たり2合以上の飲酒,現在喫煙していること,ついついお腹いっぱい食べてしまうことがMSの出現に有意に関連した。MS出現に対する性・年齢調整オッズ比は飲酒が2.0995%信頼区間:1.522.87),喫煙が1.39(同:1.031.87),お腹いっぱい食べることが1.51(同:1.142.01)であった。
結論 肥満はもとより,肥満以外からも血圧高値,耐糖能異常,脂質代謝異常が出現する場合が多く,それには飲酒,喫煙等の生活習慣が関連している可能性がある。
キーワード メタボリックシンドローム,血圧高値,糖代謝異常,脂質代謝異常,肥満,生活習慣

 

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第56巻第1号 2009年1月

老年期における死に対する態度尺度(DAP)短縮版の信頼性ならびに妥当性

針金 まゆみ(ハリガネ マユミ) 河合 千恵子(カワアイ チエコ) 増井 幸恵(マスイ ユキエ)
岩佐 一(イワサ ハジメ) 稲垣 宏樹(イナガキ ヒロキ) 権藤 恭之(ゴンドウ ヤスユキ)
小川 まどか(オガワ マドカ) 鈴木 隆雄(スズキ タカオ) 

目的 老年期における死に対する態度を簡便に測定するために,Gesserらが開発し,河合らが日本語版を作成した死に対する態度尺度(DAP)の短縮版を作成し,その信頼性と妥当性を検討した。
方法 対象者は,地域在住の60歳以上の男女1,546人であった。DAPオリジナル版21項目の因子分析結果より,4つの下位次元から3項目ずつ12項目からなるDAP短縮版を作成した。
結果 各下位次元のDAPオリジナル版とDAP短縮版の相関は,死の恐怖0.86,積極的受容0.94,中立的受容0.92,回避的受容0.82であった。DAP短縮版の各下位次元の信頼性係数(Cronbachのα)は,死の恐怖0.60,積極的受容0.59,中立的受容0.52,回避的受容0.54であった。性,年齢,現在の配偶状況,過去1年間の死別経験,主観的健康感,精神的健康と下位次元との間に有意な関連性がみられた。
考察 以上から,DAP短縮版の信頼性,妥当性はオリジナル版に近い性質を示しており,短縮版として使用可能であることが確認された。
キーワード 死,態度,尺度構成,信頼性,妥当性,地域在住高齢者

 

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第56巻第1号 2009年1月

地域レベルのソーシャル・キャピタル指標に関する研究

埴淵 知哉(ハニブチ トモヤ) 平井 寛(ヒライ ヒロシ) 近藤 克則(コンドウ カツノリ)
前田 小百合(マエダ サユリ) 相田 潤(アイダ ジュン) 市田 行信(イチダ ユキノブ)

目的 健康との関連が注目されている地域レベルのソーシャル・キャピタル(SC)指標として,アンケート調査から測定された指標と,地域の協調行動,投票率,地域特性を表す指標との関連を検討し,地域レベルSCに関する基礎的な知見を導出する。
方法 2007年10月から11月にかけて,三重県志摩市に居住する60歳以上の住民20,466人に自記式調査票を郵送し,12,197票を回収した(回収率59.6%)。SC測定のための7つの質問への回答を26地区ごとに集計し,地域レベルのSC指標とした。協調行動として,地域福祉計画づくりの座談会参加割合および社会福祉協議会へのボランティア登録割合,投票率として衆院選,参院選,市長選,市議選の投票率,地域特性として人口密度,平均等価所得,高齢化率,居住年数を地区別に求め,SC指標との地域相関分析および多次元尺度構成法による全変数の関連性の視覚化を行った。
結果 「地域への信頼感」と「地域への愛着」(r=0.821,p<0.01),「垂直的組織への参加」と「近所付き合いの人数」(r=0.747,p<0.01)のように,認知的SC同士,構造的SC同士には強い正の相関関係が確認されたが,両者の間にはほとんど有意な関係がみられなかった。協調行動との関連については,座談会参加割合は構造的SC,反対にボランティア登録割合は認知的SCとの有意な正の相関を示した。投票率は構造的SCとのみ有意な正の相関を示した。地域レベルSCは多くの地域特性とも関連しており,人口密度および居住年数10年以下の回答者の割合とは負の相関関係を示した。
結論 認知的/構造的などの概念上の性質の違いが,測定された地域レベルSCの地域差としても確認された。今後のSC研究においては,その性質を区分して健康とより深く関連するSCを特定すること,さらに,地域特性や個人属性との交互作用についても研究を進める必要性が指摘された。
キーワード ソーシャル・キャピタル,協調行動,投票率,地域特性

 

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第56巻第1号 2009年1月

大阪府におけるがん患者に対する放射線療法実施の実態と需要量の予測

-放射線療法専門施設および米国との比較より-
伊藤 ゆり(イトウ ユリ) 井岡 亜希子(イオカ アキコ)
津熊 秀明(ツクマ ヒデアキ) 西山 謹司(ニシヤマ キンジ)

目的 大阪府がん登録資料を用いて,大阪府におけるがん患者に対する放射線療法の実施状況を把握し,大阪府内の放射線療法専門施設や米国での実施状況と比較する。また,大阪府全体で放射線療法の実施を専門施設や米国での実施レベルに推進した場合の需要量を推計し,都道府県がん対策推進計画の基礎資料とする。
方法 大阪府がん登録資料に基づき,2000~2003年にがんと診断された大阪府全体のがん患者の放射線実施割合を大阪府の専門施設や米国における放射線療法の実施割合と比較した。その際,部位や進行度の分布が異なるため,大阪府全体の分布に調整し,比較した。専門施設あるいは米国の部位・進行度別の放射線療法実施割合を大阪府全体の部位・進行度別罹患数に乗じて,大阪府全体が専門施設あるいは米国での実施割合を達成した場合の需要量を推計した。
結果 大阪府において2000~2003年に診断されたがん患者の放射線療法実施割合は,全部位で14.9%であった。専門施設における放射線療法実施割合は部位および進行度分布を大阪府全体のものに調整すると18.8%となり,大阪府全体の実施割合よりも3.9ポイント高かった。米国における実施割合は胃がんを除いた全部位で比較した。大阪府における胃がんを除く全部位の放射線療法実施割合は18.3%であったが,米国では部位および進行度分布を調整すると26.5%であり,8.2ポイント高かった。専門施設での実施割合を実現した場合には大阪府での実施件数は年平均628件増加し,これを専門施設でまかなう場合,1.3倍の負担増になると推計された。米国での実施割合を実現した場合には年平均1,189件増加し,これを見込むと放射線療法需要件数は現在の1.5倍となった。
結論 大阪府におけるがん患者に対する放射線療法の実施割合は放射線療法専門施設や米国における実施割合と比較すると少なく,同程度の割合で実施するためには1.3倍,1.5倍の負担増となり,施設面,人員面での拡充が必要であることが示唆された。
キーワード がん登録,放射線療法,医療需要量推計,がん対策,医療計画,日米比較

 

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第56巻第1号 2009年1月

国民健康保険レセプトデータを用いた奈良県の医療の実態に関する分析

岸川 洋紀 (キシカワ ヒロキ) 安川 文朗(ヤスカワ フミアキ)

目的 近年,医療費の増大や医療費の地域差が問題となっている。これらの問題を緩和するために,都道府県では法に基づく医療費適正化計画の作成および対策の実施が求められており,都道府県内の医療の実態について把握することが急務である。本研究では,奈良県を対象とし,国民健康保険(国保)の診療報酬明細書(レセプト)データから県内の医療の実態を推察することを試みた。
方法 対象としたデータは平成18年5月診療分の奈良県国民健康保険診療報酬明細書データである。入院および入院外医療を分析の対象とした。二次医療圏別に年齢階層別の1人当たり医療費を計算し,医療費の地域差について検討した。また,市郡別の医療費や医療費に関連する各種指標の相関を求め,医療費に影響を与えている要因について検討した。
結果 後期高齢者において入院,入院外とも1人当たり医療費が二次医療圏間で大きく異なっており,県内において医療費に地域差が生じていることが確認された。後期高齢者の1人当たり医療費は,比較的都市化が進んでいる県北西部で高く,山間部が多い県南東部で低くなっていた。1人当たり医療費と各指標間の関連を調べると,入院,入院外とも受診率との間に強い関連が認められた。入院においては,レセプト1件当たり医療費との間にも関連が認められたが,受診率との関連と比べると弱いものであった。入院外においては,レセプト1件当たり医療費との間には関連はみられなかった。また,入院外では,受診率とレセプト1件当たり医療費との間に強い負の相関が認められた。
考察 県内で生じている医療費の地域差は,入院,入院外とも,受診率の地域差が主な要因であると考えられた。県北西部で受診率が高く,県南東部で低いことから,交通の便などによる医療施設へのアクセスの容易さなどが受診率に影響を与えており,医療費の地域差にも影響を与えているものと考えられる。また,入院外において,受診率とレセプト1件当たり医療費との間に負の相関が認められたことから,都市部において頻繁に診療を受けようとする患者側の受診行動の問題や,受診率の低い地域において診療の単価を上げようとする医療施設などの供給側の問題が生じている可能性が考えられる。
キーワード 医療費,後期高齢者,国民健康保険,二次医療圏,受診率

 

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第56巻第1号 2009年1月

男子平均寿命の国内格差について

-青森県と長野県の比較を通して-
綿引 信義(ワタヒキ ノブヨシ) 畑 栄一(ハタ エイイチ)

目的 青森県と長野県における男子平均寿命の格差を年齢構造と死因構造から分析し,男子平均寿命の国内格差の縮小に資することを目的に検討した。
資料および方法 都道府県別生命表(1995年,2000年,2005年),人口動態統計(1995~1997年,1999~2001年および2003~2005年)そして国勢調査結果(1995年,2000年,2005年)を用い,年齢階級別死亡率が男子平均寿命の格差に寄与している年数・割合と年齢階級別死因別死亡率の格差が男子平均寿命の格差に寄与している年数・割合を算出した。
結果 青森県と長野県の男子平均寿命の格差は,1995年の3.37年から2000年の3.23年へ0.14年縮小し,2005年には3.57年と拡大した。1995~2005年における両県の男子平均寿命の格差に対する年齢階級別死亡率の格差の寄与年数は,55~79歳の間の年齢階級で最も大きかった。また,2005年の60~64歳を除いて10%以上の寄与割合を示し,いずれの年次においても55~79歳の寄与割合は55%以上であった。一方,2005年には0歳の寄与割合は0.0%となり格差への寄与がなくなった。平均寿命の格差に対する死因別死亡率の格差の寄与年数の順位は,3年次とも第1位悪性新生物,第2位心疾患と不変であるが,2005年に自殺が肺炎に変わって第3位となった。悪性新生物の寄与年数は,年次の推移とともにそれぞれ0.97年,1.04年,1.11年と上昇していた。2005年の55~79歳の年齢層における寄与年数は,悪性新生物0.80年,心疾患0.32年,脳血管疾患0.20年,肺炎0.17年および自殺0.13年であった。
結語 これらの結果から,両県の男子平均寿命の格差を縮小するためには55~79歳の年齢階級およびその格差に対する寄与が大きい3大死因(悪性新生物,心疾患,脳血管疾患),自殺,肺炎に焦点を当てたさらなる検討が必要であることが示唆された。
キーワード 男子平均寿命,格差,年齢階級別死亡率,死因別死亡率,寄与年数

 

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第56巻第1号 2009年1月

今後の国民生活基礎調査の在り方についての一考察:健康票を中心に

橋本 英樹(ハシモト ヒデキ)

目的 国民生活基礎調査は,国民生活に関わる基礎的事項を世帯面から調査する指定統計である。第1回調査から20年余が経過し,求められるニーズも大幅に変化・多様化してきている。そこで国民生活基礎調査の政策的・学術的意義や現状における検討課題について整理を試みた。
方法 本統計の策定・利用に関わった経験をもつ有識者から意見聴取を行った。あわせて総務省・旧統計審議会などの討議資料,先行研究事業報告書を参照した。
結果 世帯を単位として健康に影響する社会経済的要因を包括的に測定できている点では本統計の社会的意義は極めて高いが,健康を規定する社会経済的・心理行動学的要因について政策的取り組みとの位置づけを明確にモデル化した上で,測定項目の削除・追加を検討する必要があると考えられた。「健康」概念について主観的・客観的健康,社会活動を支える資源(インプット)としての健康と,社会経済的状況や生活習慣などの結果(アウトプット)として現れる健康と2面性を持つことを考慮し,時間的概念も取り入れた質問の設計や縦断的調査の部分的導入など検討する余地があると思われた。調査規模としては都道府県表彰を許す規模が望ましいと考えられ,現在の所得票・介護票については対象拡大することが求められるが,同時に地域代表性を確保できるような確率論的サンプリングのあり方を検討する必要もあると思われた。学術・政策評価のための目的外利用については個人情報保護に十分配慮しつつ,より開かれた体制で行われることが望ましいと考えられた。
結論 上述された課題に取り組むうえで,まず本統計が社会的共有財産として国民生活の向上にいかに資するのかについて,国民に広く開かれた形で設計・実施・結果公表のあり方を検討することが先決であると考えられた。
キーワード 国民生活基礎調査,健康票,世帯面統計,社会的健康決定要因,新統計法

 

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第56巻第2号 2009年2月

新型インフルエンザ等に関するインターネットを利用した質問紙調査

山上 文(ヤマガミ フミ) 堀口 逸子(ホリグチ イツコ)
鈴木 建彦(スズキ タケヒコ) 丸井 英二(マルイ エイジ)

目的 新型インフルエンザ等への対策を早急に講じるため,インフルエンザ,鳥インフルエンザ,新型インフルエンザに関する国民の知識の現状を把握することを目的とした。
対象と方法 gooリサーチに公募によって登録している20歳台から50歳台消費者モニター1,019人を対象としたインターネット調査で,2006年8月21日から2006年8月22日にかけて実施した。質問は,流行状況,国内発生,感染経路,予防方法,対処方法(行動),治療法の有無,法律の有無とその内容など,全40問である。回答は「はい」「いいえ」の二者択一形式である。
結果 インフルエンザに関して各問の平均正答率は約90%であったが,鳥インフルエンザ,新型インフルエンザの平均正答率は約70%であり,正答率が50%程度に満たない問いもあった。新型インフルエンザに関しては,「新型インフルエンザとは,現在,ヒトに感染している鳥インフルエンザのことである」「これまで鶏肉を食べて鳥インフルエンザに感染した例はない」「新型インフルエンザに対するワクチンは,現在病院で接種することができる」などの正答率が低く,誤った知識を得ていた。
結論 インターネット調査は,迅速性と簡便かつ低コストという点から,早急に対策を講じる必要がある際に活用できると考えられた。インフルエンザと,鳥インフルエンザおよび新型インフルエンザにおいて正答率に差異がみられたのは,インフルエンザが毎年流行が起こる身近な問題であるのに対し,鳥インフルエンザや新型インフルエンザは最近知られるようになったからだと考えられる。報道や,流行の経験などで,知識の獲得に差が生じることが推察された。
キーワード 新型インフルエンザ,鳥インフルエンザ,インフルエンザ,インターネット調査,普及啓発

 

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第56巻第2号 2009年2月

一般住民のインフルエンザ予防接種歴とH5N2鳥インフルエンザウイルス中和抗体

緒方 剛(オガタ ツヨシ) 山崎 良直(ヤマザキ ヨシナオ) 岡部 信彦(オカベ ノブヒコ)
中村 好一(ナカムラ ヨシカズ) 田代 眞人(タシロ マサト) 永田 紀子(ナガタ ノリコ)
板村 繁之(イタムラ シゲユキ) 安井 良則(ヤスイ ヨシノリ) 中島 一敏(ナカシマ カズトシ)
土井 幹雄(ドイ ミキオ) 泉 陽子(イズミ ヨウコ) 藤枝 隆(フジエダ タカシ)
大和 慎一(ヤマト シンイチ) 川田 諭一(カワダ ユイチ) 

目的 一般住民において,インフルエンザ予防接種歴や年齢がH5N2中和抗体陽性と関連しているかについて検討を行う。
方法 一般住民165名を調査対象とした。年齢,養鶏場従事歴,過去1年間のインフルエンザ予防接種歴およびインフルエンザ罹患歴などの変数に対して,H5N2中和抗体価をマン・ホイットニ-検定で比較した。インフルエンザ予防接種歴のある者とない者について,H5N2中和抗体40倍以上の陽性率を計算した。変数のH5N2中和抗体価への関連を調べるため,ロジスティック回帰分析を用いてオッズ比を計算した。
結果 H5N2中和抗体陽性率は,予防接種歴のある対象では16%,予防接種歴のない対象では6%であり,各年齢層でもまた養鶏場従事の有無に分けても,予防接種歴のある者は接種歴がない者よりも高かった。インフルエンザ予防接種歴のある者の調整をしないオッズ比は3.3(95%信頼区間:1.1-9.8),調整オッズ比は3.9(95%信頼区間:1.1-14.2),40歳以上の者の調整をしないオッズ比は8.8(95%信頼区間:1.1-68.9),調整オッズ比は8.5(95%信頼区間:0.99-72.9)であった。
結論 一般住民において,インフルエンザ予防接種歴はH5N2中和抗体陽性と関連していた。
キーワード インフルエンザ,H5N2,中和抗体,予防接種,年齢

 

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第56巻第2号 2009年2月

介護老人福祉施設における機能訓練の現状と課題

小林 規彦(コバヤシ ノリヒコ)

目的 介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)では,その基本方針である居宅生活復帰を念頭に置いて,入所者が自立した日常生活を営むことを目指し,機能訓練指導が行われている。この機能訓練の実施に対し,現在は個別機能訓練加算が算定されているが,この加算は平成18年度から導入されたもので,以前は常勤の理学療法士等の配置加算という算定方式であった。本研究では,機能訓練の加算方式が改定された平成18年前後の状況を比較し,現制度下での介護老人福祉施設における機能訓練の現状と課題を示し,今後の方策について考察する。
方法 老人福祉法と介護保険法ならびに諸基準の解釈と,厚生労働省大臣官房統計情報部「平成18年社会福祉施設等調査報告の概況」および「平成18年介護サービス施設・事業所調査結果の概況」を参考とするほか,著者が平成16年と19年に実施した「介護老人福祉施設における機能訓練の実態調査」をもとにまとめた。対象は,東京都内6カ所の介護老人福祉施設で,調査内容は,施設概要と施設環境(施設内外の環境,入所者の処遇,就労実態,公表内容との相違等),機能訓練の実態について,現地にて聞き取りおよび一部参与観察にて調査した。聞き取り調査は主に施設長,機能訓練指導員に対して実施し,参与観察は機能訓練実施場面を直接観察した。
結果 介護老人福祉施設は,施設数,入所定員,在所者数すべてにおいて年々増加し,入所者の構成割合では高齢化が進み,平均要介護度の上昇も認められた。入所者の生活状況は,寝たきりが平成15年では70.8%,平成18年では73.7%と多くの割合を占めていた。機能訓練の実施に際して,専門性に応じた役割分担的な職務形態をとる傾向がみられた。入所者に対する実施割合ついては,平成16年ではすべての施設において常勤の理学療法士等の配置加算の算定を行っていたが,全入所者を対象としていたのは1施設のみであった。平成19年では全入所者を実施対象とする施設は存在せず,すべての施設において実施割合が減少していた。機能訓練によって入所者の要介護度の変化は平成16年,19年ともに認められなかった。入所者の居宅生活復帰に向けた取り組みについて,すべての施設が機能訓練のみと回答していたが,実現は極めて稀で困難な課題であることがわかった。
結論 介護老人福祉施設において,機能訓練がその目的を果たすためには現行制度ではあまりに<ルビ>脆ぜい弱じゃく<ルビ終>である。より高頻度で継続的な機能訓練が入所者に対し行われる環境にするためには,実施体制の整備が急務であり,居宅生活復帰の実現には復帰後の地域でのサポート体制の充実が必須である。しかし,単に制度改革を望むことは現実的には困難であり,現状において既存の体制化で何らかの有効な方策を考えることも必要である。今後の研究課題として取り組みたい。
キーワード 介護保険,介護老人福祉施設,機能訓練,居宅生活復帰

 

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第56巻第2号 2009年2月

岩手県立病院常勤医師数の推移と臨床研修制度導入の影響

松嶋 大(マツシマ ダイ) 岡山 雅信(オカヤマ マサノブ)
松嶋 恵理子(マツシマ エリコ) 梶井 英治(カジイ エイジ)

目的 全国で最も県立医療機関が多い岩手県を対象に,自治体病院常勤医師数の推移,臨床研修制度導入による自治体病院常勤医師数への影響の2点を明らかにすることを目的に調査を行った。
方法 対象は平成17年3月31日時点のすべての岩手県立医療機関である。調査項目は,平成8,14,16年度の各対象の病床数,病床利用率,1日平均入院患者数,1日平均外来患者数,常勤医師数である。さらに比較のため,平成8,10,12,14,16年度の岩手県内および盛岡市内の医療施設従事者数,盛岡市内診療所数のデータを入手した。すべての項目について年度ごとに,医療機関別および2次医療圏別に単純集計を行い,比較検討した。
結果 対象医療機関(以下,岩手県立病院)は27施設で,すべて病院であった。岩手県立病院全体の常勤医師数は,平成16年度(518名)は8年度(501名)からは増加していたが,14年度(531名)よりは減少した。病院別には,平成8年度から16年度にかけて一貫して常勤医師数が増加した病院は3施設のみであった。また,平成14年度(研修制度導入前)から16年度(研修制度導入後)にかけて,常勤医師数が増加した病院はわずか4施設のみであり,13施設で減少した。2次医療圏別には,平成8年度から16年度にかけて一貫して増加したのは3医療圏のみであり,2医療圏では一貫して減少していた。平成8年度を基準とした16年度時点の岩手県立病院常勤医師数の増加率は3.4%であり,同期間の全国(11.5%)と比較すると,岩手と全国との間に増加率の大きな差を認めた。なお岩手県内の医師数増加のほとんどが盛岡市(県庁所在地)に集中していた。
結論 岩手県立病院の常勤医師数は,平成8年度から16年度にかけてわずかに増加しているものの,その増加の程度は全国と比較して低く,医師数増加(推移)に都市部と地方の格差(地域偏在)がある。また,岩手県立病院では臨床研修制度導入前後で常勤医師数が減少しており,同制度が常勤医師数の増加の減速因子となっている可能性がある。
キーワード 自治体病院,医師不足,医師偏在,新医師臨床研修制度,岩手県

 

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第56巻第2号 2009年2月

浴槽での不慮の溺死・溺水の記述疫学

松井 利夫(マツイ トシオ) 鏡森 定信(カガミモリ サダノブ)

目的 保管統計表を含む「人口動態統計」を用いて,不慮の溺死・溺水の人数や死亡率(人口10万対)の推移を調べ,「浴槽に関連する溺死」の性別年齢区分別,家庭やサービス施設など発生場所別死亡数や死亡率を明らかにし,さらに,都道府県別地域性についても検討した。
方法 昭和55年から平成17年までの26年間の「人口動態統計」(保管統計表)を用いた。平成6年以前は外因性の「不慮の溺死」(E110)を,平成7年以降は「不慮の溺死」(死因簡単分類コード:20103,死因基本コード:W65~W74)を用いて,分類(発生状況)別と発生場所別死亡数や死亡率を算出し,全国の性別年齢階級別死亡数や都道府県別分類別死亡数から国勢調査人口を基に死亡率を算出した。
結果 不慮の溺死数は平成7年から急激に増加し,約6千人で微増・横ばいで推移している。平成7年以降の高齢者割合は67%で,平成12年から17年までの不慮の溺死率(人口10万対)の年平均は男性5.2,女性4.0であり,「浴槽での不慮の溺死」率は男性2.7,女性2.8であった。「浴槽での溺死」総数は3,471人(全年齢の59%)であり,そのうち「家庭」では3,082人(89%),「サービス施設」では231人(7%)であった。高齢者での「家庭」または「サービス施設」のいずれにおいても男性の死亡率が高かった。最近7年間の都道府県別「家庭の浴槽での溺死」率を比較したところ,男女とも富山県や福井県で高く,東北地区の日本海側でおおむね高い傾向が認められ,「サービス施設の浴槽での溺死」率も男女とも富山県や福井県が高かった。
結論 不慮の溺死の6割弱が「浴槽」で発生し,「家庭」での発生割合は89%で,「サービス施設」では7%であった。「浴槽での溺死」の85%が高齢者であり,「家庭の浴槽」での溺死率は全年齢でみた場合,女性がやや高かったが,高齢者では男性が高くなった。「サービス施設」では男性の死亡率が女性より5ないし10倍程度高く,性差が示唆された。「浴槽での溺死」率は北陸・信越地区や東北地区日本海側で高く,環境気象や家屋構造などの他に入浴習慣などの関連も示唆された。
キーワード 不慮の溺死・溺水,記述疫学,浴槽での溺死,家庭,サービス施設

 

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第56巻第2号 2009年2月

訪問介護の利用を決定する要因に関する研究

-ケアマネジャーに対する量的調査をもとに-
笠原 幸子(カサハラ サチコ) 白澤 政和(シラサワ マサカズ)

目的 本研究は,ケアマネジャーは利用者の生活を全体的に把握して介護サービスの利用を決定しているという仮説にもとづき,要介護認定者を対象に訪問介護サービスの利用の決定に関連する要因を明らかにすることを目的とする。
方法 近畿地方にあるA地域ケア協議会の協力を得て,同協議会研修会終了後,参加者(ケアマネジャー)に調査目的を説明し協力を依頼した。理解を得られたケアマネジャーのみに調査票を配布した(112名)。調査方法は自記式質問紙を用いた横断的調査法であり,調査期間は,2007年1月の約2週間である。当該ケアマネジャーが担当している利用者に関するデータをもとに,訪問介護の利用の有無を従属変数,利用者の基本的属性,身体機能状況,精神心理状況,社会環境状況の3領域に大別した各変数を独立変数とする2項ロジスティック回帰分析を行った。
結果 有効回収率は73.2%(82名)で,利用者に関する回答数は1,587(分析対象者数)を得た。2項ロジスティック回帰分析による結果,訪問介護利用の決定に有意な関連があった変数は,「性別」「要介護度」「協力者の就労の有無」が有意な正の関連を示した。一方,「認知症老人の日常生活自立度判定基準」「日常生活での近隣との関わり」「人を自宅に入れたがらない傾向」「世帯規模」「経済状況」が有意な負の関連を示した。
結論 本研究において,ケアマネジャーは利用者の身体機能状況に特化して訪問介護の利用を決定しているのではなく,身体機能状況,精神心理状況,社会環境状況の相互連関性と相互依存性を考慮し,利用者の生活をホリスティック(全体的)に捉えて訪問介護の利用を決定していることが明らかになった。具体的には,訪問介護の利用の決定要因は,利用者の身体機能状況では,「要介護度」と「認知症老人の日常生活自立度判定基準」,利用者の精神心理状況では,「人を自宅に入れたがらない傾向」と「日常生活での近隣との関わり」,利用者の社会環境状況では,「協力者の就労の有無」「世帯規模」「経済的状況」であることが明らかになった。
キーワード 訪問介護,サービス利用の決定要因,ホリスティック(全体的)視点

 

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第56巻第2号 2009年2月

法医剖検例からみた高齢者死亡の実態と背景要因

-いわゆる孤独死対策のために-
松澤 明美(マツザワ アケミ) 田宮 菜奈子(タミヤ ナナコ) 山本 秀樹(ヤマモト ヒデキ)
山崎 健太郎(ヤマザキ ケンタロウ) 本澤 巳代子(モトザワ ミヨコ) 宮石 智(ミヤイシ サトル)

目的 高齢者のいわゆる「孤独死」は深刻な社会問題であり,その予防は重要な政策課題である。しかし実証的データはほとんどなく,その定義も議論上にある。そこで本研究は高齢者のいわゆる孤独死対策に向けた基礎的資料を得るために,まず法医剖検例となった高齢者すべての死亡(すなわち誰にも看取られなかった高齢者死亡)の実態と背景要因を明らかにすることを目的とした。特に,これまで狭義の孤独死の定義として議論になってきた点である世帯構成による実態の違いに着目した。
方法 岡山大学における平成17~18年の同一医師による法医剖検例から65歳以上の死者を抽出し,剖検記録から死因の背景要因となる情報を収集した。全体の状況の記述に加え,世帯構成別に分け,背景要因を比較した。
結果 剖検例210例のうち65歳以上の61例を分析した結果,死因の種類では「不慮の外因死」が77%,直接死因では「焼死」が全体の41%であった。世帯構成では「独居」46%,対象者の特性では杖歩行や義足,片麻痺,寝たきり等,日常生活動作の自立度が低い事例が36%みられた。発見時の状況では,第一発見者は「近隣の人」が41%で,死亡から発見までの時間では,「1日以上」発見されなかった事例は31%であった。また,「1カ月以上」発見されなかった5例のうち,世帯構成の明らかになった3例はすべて「独居」であり,ミイラ化や高度腐乱状態で発見された事例も含まれていた。また,火災等に関する死亡が53%あり,出火原因および場所では「台所・コンロ等」19%,次いで「タバコ」「ストーブ」各16%,「灯明」13%であった。
結論 法医剖検例からみた高齢者の看取られない死(このうちすべてが予防すべき孤独であるかは議論を要する)は,世帯構成でみると,約半数が独居であった。また,独居事例では病死が多く,死亡から発見までの時間が長い事例もみられた。これらのことから,高齢者の看取られない死は必ずしも独居者のみの問題ではなく,その対策としては,独居に限らない高齢者への包括的対策,独居者に対しては心理的・社会的孤立予防への対策がより重要と考えられた。また,対象者は約7割が不慮の外因死であり,特に火災等に関する死亡が多くを占めていたことから,高齢者の不慮の事故対策は重要であり,中でも火災への予防的対策は急務の課題であることが明らかになった。高齢者の「孤独死」とは何かについては今後,より議論を要するが,具体的な対策を講じていくため,把握が難しい個々の事例のさらなる実態把握とそれに基づく検討が必要である。そのためには法医剖検例に基づく背景の疫学的検討は非常に有効であり,法医公衆衛生学ともいうべき新たな研究分野が必要と考える。

 

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第56巻第3号 2009年3月

札幌市における放火の疫学

西 基(ニシ モトイ)

目的 放火事例について,時間的要因の側面を中心として疫学的解析を行う。
方法 2003年1月1日から2007年12月31日までに札幌市消防局が放火もしくは放火の疑いと認定した695件の火災事例を対象とした。対象の5年間のすべての日を休日の観点から分類し(3連休以上の連休入りの前日・中日・明け,通常日曜・通常月曜など),それぞれの日における放火発生頻度を算出した。放火発生時刻は通常の社会活動の観点から5種類(未明・朝・昼・夕刻・夜)に分けた。放火の目的は自殺とそれ以外(ほとんどが単純な放火)に分けた。
結果 対象とした5年間の1日当たり件数は平均0.38件であったが,5月から10月は概して平均より多く,11月から4月までは平均より低かった。これは全国における傾向とは正反対であった。通常金曜から通常月曜にかけて,また連休などの前から後にかけて,発生頻度が単調に増加した。全体の約2割が通常月曜や連休明けなどの休日明けに発生していた。時刻別にみると,全体の約6割が未明と夜に発生していた。全体の約7%を占める自殺放火は昼間に多く,自殺以外の放火とは対照的な時間的分布を示した。通常日曜夜から通常月曜未明にかけて自殺以外の放火が多くみられたが,連休明けは,自殺放火が多いこともあって昼間の頻度が高かった。
結論 札幌市において冬季に放火の頻度が低下することは,低気温や降雪が放火の意志を削ぐことが一因と推測される。一般に自殺は長期休暇明けや週明けに多く発生するが,自殺放火はもちろん,それ以外の放火の特徴もこれと類似しており,全国における失業率と単位人口当たりの放火発生率・自殺率・離婚率の年次推移が極めて強い相関を示したこととも合わせ,放火についても自殺や離婚と共通する社会病理学的背景が想定された。
キーワード 疫学,時間的要素,社会病理学,放火

 

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第56巻第3号 2009年3月

介護保険主治医意見書に記載された診断名の解析

谷原 真一(タニハラ シンイチ) 田中 千恵美(タナカ チエミ) 板並 智子(イタナミ トモコ)
渡辺 美野子(ワタナベ ミヤコ) 北島 純子(キタジマ ジュンコ) 馬場園 明(ババゾノ アキラ)
今任 拓也 (イマトウ タクヤ) 百瀬 義人(モモセ ヨシト) 畝 博(ウネ ヒロシ)

目的 介護保険における主治医意見書の診断名記載欄に傷病名がどのように記載されているかを把握し,主治医意見書に記載された情報を活用する上での問題点とデータベースを構築する上での留意点を検討した。
方法 2000年2月から2007年1月の期間に福岡県Y町(2005年3月22日以後は市町村合併により福岡県T町Y地区)にて要介護認定を受けたすべての者の主治医意見書482件について,性,記入日時点での年齢,3行の診断名記載欄に記載された傷病名を抽出してデータベース化を実施し,主治医意見書ごとに傷病名が記載された記載欄の行数,記載欄に記入された傷病名数,傷病名の総数を集計した。
結果 診断名記載欄の1行目には482件の主治医意見書すべてに傷病名の記載が認められた。54件(11.2%)の主治医意見書で診断名記載欄の1行目に複数の傷病名が記載されていた。診断名記載欄の1行に記載されていた傷病名数の最大値は4であった。主治医意見書に記載された傷病名の総数の最大値は7であり,傷病名数が3のものが232件(48.1%)と最も高い割合を占めていた。診断名記載欄の1行目において,最も多く認められた傷病名は「血管性及び詳細不明の認知症」であり,2行目および3行目の診断名記載欄では「高血圧性疾患」が最も多く認められた。
結論 診断名記載状況が「主治医意見書記入の手引き」に示された様式に従っていない主治医意見書が10%以上存在することが明らかになった。主治医意見書は介護認定審査会における要介護度の最終判定にも用いられ,介護保険に関する貴重な情報が記載されている。しかし,介護保険事業状況報告,介護給付費実態調査,介護サービス施設・事業所調査などの介護保険に関する統計調査には用いられていない。診療報酬明細書(レセプト)は国民医療費,社会医療診療行為別調査,国民健康保険医療給付実態調査などの医療費に関する統計調査における基礎資料としても用いられている。現行の主治医意見書が有する課題を十分把握した上で,レセプトオンライン化と同様に記載情報の全項目が利用可能な制度を設計することにより,医療保険と介護保険を突合した分析が可能となれば,高齢化の進行に伴い増大するわが国の社会保障費の問題をより実態に沿った形で検討することができる。
キーワード 主治医意見書,診断名,介護保険,要介護認定

 

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第56巻第3号 2009年3月

離島高齢者における終末期ケアの意向に関する調査

松井 美帆(マツイ ミホ) 川崎 涼子(カワサキ リョウコ)
新田 章子(ニッタ アキコ) 松本 雅子(マツモト マサコ)

目的 離島在住高齢者の終末期ケアの意向を明らかにすることを目的として,都市部高齢者と比較検討を行った。
方法 対象は60歳以上の老人クラブ会員825名で,長崎県五島列島における2島嶼部の福江島,宇久島に在住する離島高齢者260名,広島市,宇部市の都市部在住高齢者565名であった。有効回答である離島185名(71.2%),都市313名(55.4%)を分析対象とした。対象者には,終末期の療養場所の希望,延命治療の意向,事前指示の認知と支持に関する自記式質問紙調査を行った。
結果 対象者の平均年齢は,離島高齢者71.9±5.7歳,都市高齢者75.4±5.4歳で,性別は男性が52.4%,55.3%であった。終末期の療養場所の希望については,離島高齢者では在宅が73.1%%と最も多く,次いで病院12.9%,高齢者施設11.1%,都市高齢者では在宅44.6%,病院30.0%,ホスピス・緩和ケア病棟20.2%と有意な差を認めた。延命治療の意向については,両群で「医師の判断に任す」が40.1~55.9%と最も多く,人工呼吸器,人工栄養では2群間で有意な差を認め,離島高齢者では「希望しない」が都市高齢者より多かった。事前指示について,リビング・ウイルの認知は離島高齢者で低かったが,リビング・ウイルについては共に70%以上が支持しており,代理人指定については離島高齢者では78%と都市高齢者62.2%より有意に支持率が高かった。
結論 離島高齢者における終末期ケアの意向については,都市部高齢者と異なる傾向が認められ,ホスピス・緩和ケアや事前指示に関する情報提供や,リビング・ウイルや代理人指定の支持の高さから,患者・家族との話し合いにより離島在住高齢者の意思を尊重した医療が提供されることが望まれる。
キーワード 終末期ケア,離島高齢者,延命治療,事前指示,リビング・ウイル,代理人指定

 

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第56巻第3号 2009年3月

介護保険認知症データ分析からみた地域密着型サービスの普及

平野 隆之(ヒラノ タカユキ) 奥田 佑子(オクダ ユウコ)

目的 地域密着型サービスの創設など市町村主導による認知症高齢者の地域ケアシステムの構築が求められているなか,自治体には自らの地域の評価が求められている。しかし,認知症を対象としたサービス利用構造の分析や自治体間の比較は行われていないため,自治体の特徴や課題を把握することが難しい現状にある。そこで本研究では日本福祉大学におけるこれまでの介護保険評価の実績を生かし,自治体間比較から認知症高齢者の利用サービスの最新状況と地域特性を明らかにするとともに,小規模多機能型居宅介護(以下,小規模多機能)の高普及地域をモデルに整備後の費用構造の変化を捉え,小規模多機能の利用実態を把握することを目的としている。
方法 11の自治体から提供を受けた2007年6月の認定データと給付データ(75,662人分)について自治体間比較を行う。動ける認知症利用者について,「施設」「特定施設」「グループホーム」「小規模多機能」「複数機能」「単機能」のサービス類型を用いて分析する。B市(高普及地域)の2006年3月と2007年6月の2時点の比較から費用構造の動態を分析し,小規模多機能が導入されて以後の18カ月間(2006年4月~2007年10月)のデータから利用の実態を分析する。
結果 動ける認知症は増加傾向にあり,介護保険費用の3割以上を占める。最も多い地域では42%,少ないところでは26%となっている。1人当たり費用額では地域間で25,700円の差があり,高い地域では施設の利用割合とともに,特定施設,グループホーム,小規模多機能の利用割合も高くなっている。このうち,小規模多機能の整備が最も進んだB市では,小規模多機能が増えることで,施設割合と単機能割合が減少するという費用構造の変化が起きている。小規模多機能の利用実態は定員に対して約50%の利用率となっている。動ける認知症が65%となっており,平均要介護度は2.01だった。小規模多機能の利用は約半数が新規利用であり,継続利用者は単機能からの移動が最も多い。
結論 動ける認知症は「グループホーム」や「特定施設」「小規模多機能」など報酬単価の高い在宅サービスの利用率が高いことから,1人当たり費用額は「施設」と併せてこれらのサービスによって規定される。小規模多機能の利用者は比較的軽度で新規の利用が多いため,「単機能」の利用率が下がるなど,高普及地域では費用構造に変化が生じている。今後利用率が増えることでその影響は大きくなるとともに,積極的な整備を行う地域とそうでない地域での地域差が広がると考えられる。
キーワード 介護保険,動ける認知症,サービスパッケージ,自治体間比較,小規模多機能型居宅介護

 

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第56巻第3号 2009年3月

介護予防施策の対象者が健診を受診しない背景要因

-社会経済的因子に着目して-
平松 誠(ヒラマツ マコト) 近藤 克則(コンドウ カツノリ) 平井 寛(ヒライ ヒロシ)

目的 介護予防の特定高齢者施策では,65歳以上の高齢者の5%相当を事業の参加者と見込んでいたが,実際の参加者は0.14%と少なく,事業の見直しが求められている。そこで,特定高齢者に該当するような虚弱高齢者の特徴,スクリーニングの場とされている健診を受診しないことと関連する因子,健診以外のスクリーニング方法の可能性について検討した。
方法 9自治体に居住する要介護認定を受けていない65歳以上の高齢者を対象とした。特定高齢者施策の対象者選定で用いられる基本チェックリストに類似した項目を含む自記式調査票を郵送で配布回収した。分析対象は,39,765名(回収率60.8%)で,性別,年齢,治療の有無,通院頻度,主観的健康感,飲酒,喫煙,老研式活動能力指標,GDS(高齢者うつ尺度)15項目版,健診受診の有無,所得,教育年数,気兼ねなく外出できる場所の項目を用いた。
結果 「特定高齢者」には,28.2%が該当した。年齢が高く,女性で,医療機関での治療や通院をし,毎日3合以上飲酒や喫煙をしており,活動能力が低く,主観的健康感が悪くうつ傾向・うつ状態で,社会経済的階層が低い者が多かった。なかでも,主観的健康感のよくない者で65.2%ととてもよい者(10.2%)の6倍,等価所得300万円以上で21.1%に対し,50万円未満では35.9%と1.7倍も多くみられた。健診未受診者は,年齢が高く,医療機関での治療や通院をしておらず,飲酒や喫煙をしており,活動能力が低く,主観的健康感やGDSが悪く,社会経済的階層が低い者が多かった。今回の調査で把握できた「特定高齢者」のうち46.1%は健診未受診者であった。健診以外のスクリーニングの場をさぐるために高齢者が気兼ねなくいける外出先をみたところ,公共施設や仕事場は少なく,自宅周辺,病院・診療所が多かった。
結論 健診には元気な人ほど来ており,介護予防事業の対象となる「特定高齢者」の半数は受診していなかった。健診を介してスクリーニングする方法にだけ頼るのには限界があると思われる。医療機関や郵送アンケートの活用,社会経済的な地位が低い人に虚弱な高齢者が多いことに着目したアプローチなどを考えるべきであろう。
キーワード 介護予防,特定高齢者,虚弱高齢者,健診,社会経済的因子

 

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第56巻第4号 2009年4月

都市部前期高齢者の向老期と現在の生き方の継続性

-認識レベルによる横断的検討-
中原 純(ナカハラ ジュン) 藤田 綾子(フジタ アヤコ)

目的 本研究の主要目的は都市部前期高齢者の向老期の生き方と現在の生き方の認識が継続的であるという仮説を検証することである。そのために50歳から64歳の人々を対象として高齢期の望ましい生き方として尋ねられた3因子13項目を用いて,前期高齢者が回顧した向老期の生き方,および前期高齢者の現在の生き方を検討することの妥当性を検証し,向老期の生き方と現在の生き方の関連を検討することを目的として分析を行う。
方法 対象者は大阪府吹田市在住の前期高齢者の男女33,530名(男性15,643名,女性17,887名)から,住民基本台帳を用いて無作為抽出した男女1,325名(抽出率3.95%)である。調査方法は郵送法による質問紙調査であり,中原・藤田の生き方に関する13項目(向老期の生き方および現在の生き方)について1項目でも記入漏れのある回答紙を除いた結果,最終的に男女479名(平均年齢69.11歳,標準偏差2.64)が分析の対象となった。調査内容は,基本属性(年齢,性別,主観的健康状態,主観的経済状況,最終学歴),高齢期の生き方,向老期の生き方とした。
結果 検証的因子分析の結果,向老期の生き方および現在の生き方の適合度はおおむね良好であった。すなわち,向老期の生き方および現在の生き方の認識を,中原・藤田で示された「変化・挑戦的生き方」「安定・防衛的生き方」および「同調的生き方」の3因子で捉えることの妥当性が示された。次に,向老期の生き方の各因子を独立変数,現在の生き方の各因子を従属変数とする重回帰分析を行った結果,向老期の「変化・挑戦的生き方」は現在の「変化・挑戦的生き方」と,向老期の「安定・防衛的生き方」は現在の「安定・防衛的生き方」と,向老期の「同調的生き方」は現在の「同調的生き方」とそれぞれ強く関連していることが示された。
結論 前期高齢者は,認識レベルにおいては,向老期の生き方を継続するような生き方を行っており,生き方の認識については継続性理論の妥当性が示唆された。
キーワード 前期高齢者,向老期の生き方,前期高齢期の生き方,継続性理論

 

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第56巻第4号 2009年4月

ドイツの公的介護保険にみる給付の傾向と特徴

佐藤 影美(サトウ エミ)

目的 ドイツの公的介護保険は,日本の公的介護保険導入時に参考にされた制度である。日本とは異なり,導入時からほとんど変更されずに制度が維持されてきている。公的介護保険に関連する社会・経済的指標と介護給付等のデータを分析することを通して,ドイツにおける給付の傾向と特徴を検討することを目的とした。
方法 Statistisches Bundesamt(ドイツ連邦統計庁)による連邦州各々の公的介護保険に関連する21種類の指標の4年分,7年間にわたるデータを分析対象とした。これら21変数を社会経済状況に関連する指標,個人の経済状態に関連する指標,施設および在宅サービスの状況に関連する指標に3分類した。その上で,給付の傾向と特徴を検討するために主成分分析を行った。
結果 4主成分を抽出した。第4主成分までの累積寄与率は79.2%であった。第1主成分は,介護に関連する経済力の要素が強く表れており「介護に対する経済力」とした。第2主成分は,在宅サービスに関連した要素が強いので「在宅サービス利用傾向」とした。第3主成分は,施設利用に関連した要素が強く表れているため「施設利用傾向」とした。第4主成分は,高齢化と要介護に関連した要素が強く反映されていると考え「高齢化と要介護状況」とした。各主成分得点の7年間の経年変化では,第1主成分「介護に対する経済力」,第2主成分「在宅サービス利用傾向」,第3主成分「施設利用傾向」は増加傾向を示したが,第4主成分「高齢化と要介護状況」は全く逆の直線を描き減少傾向を示した。
結論 介護に対する経済力が最も重要であった。経済力のある地域は施設介護を選択する傾向が認められた。また,家族での介護よりも専門的な在宅介護を選択する傾向が認められた。そして,高齢化割合が低い地域で要介護割合が高いという傾向と7年間の経年変化の特徴から,ドイツでは要介護認定が厳しくなるなど,何らかの政策的な対応が存在する可能性が示唆された。公的介護保険における社会的な状況の構造を簡潔に集約することで,現金給付よりも施設を含む専門的なケアを選択するというドイツの傾向が明白になり,介護保険財政に影響を与えることが予測される。今後のドイツの介護保険政策に注目したい。
キーワード ドイツ,公的介護保険,介護給付,主成分分析

 

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第56巻第4号 2009年4月

都道府県別要介護認定割合の較差と関連する要因の総合解析

栗盛 須雅子(クリモリ スガコ) 渡部 月子(ワタナベ ツキコ)
高 燕(コウ エン) 星 旦二(ホシ タンジ)

目的 本研究の目的は,都道府県別にみた要介護認定割合と介護保険料の関連要因を探り,概念モデルを構築し,直接効果だけではなく間接効果を含めた関連を総合的に明らかにし,要介護認定割合と介護保険料の地域較差を低減化させる施策の基礎資料を得ることとした。
方法 要介護認定割合と介護保険料と関連すると考えられる要因として,医療施設指標,高齢者施設指標,保健医療マンパワー指標,経済指標の中から8要因を分析に用いた。これらの要因について,最尤法を用いたプロマックス斜交回転による探索的因子分析を行い,抽出された因子を参考に,潜在変数を設定し,要介護認定割合と介護保険料に関連する潜在変数を規定すると考えられる仮説モデルに基づいて共分散構造分析を行い,説明力とともに適合度が高いモデルを選択した。
結果 要介護認定割合と介護保険料を「要介護状況」とし,病院病床数と診療所病床数,および病床利用割合と関連する潜在変数を「医療施設と機能」,医師数と特別養護老人ホーム在所者数と関連する潜在変数を「マンパワーと施設入所者」,高齢者有業割合と自宅死亡割合と関連する潜在変数を「高齢者を取巻く環境」とした。これらの4つの潜在変数を組み合わせたモデルを複数設定し,適合度が高く説明率が高いモデルを探った。「要介護状況」に対する「医療施設と機能」の直接効果は,0.82であり,医療施設の多い地域においては「要介護状況」を増加させる可能性が示された。一方,「要介護状況」に対する「高齢者を取巻く環境」の総合効果,つまり直接効果と間接効果を合わせた効果は,-0.49であり,高齢者有業割合とともに自宅死亡割合が高い地域においては,「要介護状況」を低下させる可能性が示された。「要介護状況」を規定する「医療施設と機能」を100%とすると,「高齢者を取巻く環境」は,「要介護状況」に対して約60%(-0.49/0.82)の抑止力を持つ可能性が示された。「マンパワーと施設入所者」を含めた共分散構造分析は高い適合度は得られなかったため,モデルとして採用しなかった。
結論 病院と診療所の病床数が多く,病床利用割合が高いほど要介護認定割合と介護保険料を高める可能性が示唆された。また,「高齢者を取巻く環境」から「要介護状況」に対する直接効果はほとんどみられないものの,「医療施設と機能」を経由して間接的に「要介護状況」と関連する役割がある可能性が示唆された。
キーワード 要介護認定割合,介護保険料,都道府県較差,高齢者有業割合,病床数

 

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第56巻第4号 2009年4月

都市在宅高齢者における緑に関連する
楽しみと生きがいの実態と主観的健康感との関連

星 旦二(ホシ タンジ) 栗盛 須雅子(クリモリ スガコ) 猪野 由起子(イノ ユキコ)
高橋 俊彦(タカハシ トシヒコ) 長谷川 卓志(ハセガワ タクシ) 巴山 玉蓮(トモヤマ ギョクレン)
山本 千紗子(ヤマモト チサコ) 櫻井 尚子(サクライ ナオコ) 長谷川 明弘(ハセガワ アキヒロ)

目的 都市在宅高齢者の緑に関連する楽しみと生きがいの実態と主観的健康感との関連を明確にすることである。
方法 調査対象者は65歳以上の都市在宅高齢者20,939人であり,分析対象者は2004年9月に実施した自記式質問紙調査に回答した13,407人であった。本研究では,楽しみと生きがいとしてあげた家庭菜園,園芸,森や樹木とのふれあい,ハイキング,登山の5項目の実態と主観的健康感との関連を分析した。
結果 楽しみと生きがいとして,園芸を選択する者が最も多く(男性14.5%,女性17.0%),次いで森や樹木との触れ合い,ハイキング,家庭菜園,登山の順であった。性別では,園芸は女性に,家庭菜園は男性に統計学上有意に多く選択された。年齢階級別では,森や樹木とのふれあい,ハイキング,登山は加齢と共に統計学上有意に低下するものの,園芸と家庭菜園はどの年齢階級でも有意差なく選択されていた。緑に関連する楽しみと生きがいがある人の主観的健康感は,個別の楽しみと生きがいでも,得点でも統計学上有意に高い関連がみられた。
キーワード 生きがい,緑,主観的健康感,都市在宅高齢者

 

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第56巻第4号 2009年4月

児童生徒の喫煙状況と喫煙意識に関する調査研究

-管内における平成16年度および19年度調査の比較-
高橋 佳代子(タカハシ カヨコ) 長谷川 まゆみ(ハセガワ マユミ) 池田 範子(イケダ ノリコ)
澤田 裕治(サワダ ユウジ) 武藤 眞(ムトウ シン)

目的 平成16年度および19年度に地域の児童生徒とその保護者を対象に「タバコに関する意識調査」を実施し,地域での児童生徒の喫煙状況や喫煙に関する意識の変化を明らかにする。
方法 対象者は管内全小学校(4年生以上),中学校,高等学校からそれぞれ1クラスずつを抽出し,その児童生徒と保護者とした。対象者に対して自記式無記名の質問紙による調査を行った。各学校にて配布,回収を行い,回答は返信用封筒に封入したまま未開封の状態で奥越健康福祉センターに集約した。調査項目は児童生徒に対しては,たばこの印象,たばこの害の知識,自分の喫煙状況,家族の喫煙状況,たばこの入手方法,友人の喫煙状況など17項目,保護者に対しては,たばこの害の知識,受動喫煙の害の知識,家庭内の喫煙時の取り決め,子どもの喫煙状況,子どもの喫煙時の対処方法,必要と考える喫煙防止対策など13項目とした。
結果 児童生徒の喫煙経験の割合は,平成16年度と比較し19年度は男女ともに低下傾向であり,高校生男子と小学生女子では有意に低下していた(p<0.05)。たばこの入手方法は,平成16年度,19年度ともに「家にあるたばこをもらった」「屋外の自動販売機で買った」「友だちからもらった」の順で高くみられたが,平成16年度と比較し,19年度には「コンビニ,スーパーなどで買った」「たばこ屋で買った」割合が上昇していた。家族の喫煙の割合は,平成16年度(67.0%)に比較して19年度の(63.5%)は有意に低下していた(p<0.05)。家庭内に喫煙者あり群において,児童生徒の喫煙経験の割合は平成16年度,19年度ともに,有意に高かった(p<0.01)。
結論 福井県奥越地域における児童生徒の喫煙経験の割合は低下傾向にあり,特に高校生男子と小学生女子では有意に低下していた。家族に喫煙者のいる割合は低下していたが,依然6割以上の児童生徒の家族に喫煙者がいた。また,たばこの入手は,家庭内・自動販売機からが多く,対面販売からもなお入手可能な地域の現状が明らかとなった。これらのことから,今後の未成年の喫煙対策として,成人の喫煙行動が児童生徒に与える影響を十分理解し,家庭や販売店におけるたばこの適正な管理をはじめとした,地域全体の喫煙対策のさらなる推進が必要であると考える。
キーワード 小中高生,喫煙,喫煙意識,疫学,保護者,福井県

 

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第56巻第5号 2009年5月

市町村合併による歯科保健事業実施状況の変化

末高 武彦(スエタカ タケヒコ)

目的 平成の大合併によりわが国の市町村数は,10年前に比べ半数に減少した。地域保健事業は市町村で行われるが,この合併により市町村の規模は拡大し保健事業も再構築が求められた。著者は,専門職員である歯科衛生士が常勤しない市町村も多い現状において,合併した市町村における今後の歯科保健事業の進め方について検討する第一段階として,合併前後の市町村の歯科保健事業の変化について調査を行った。
方法 2003年4月以降に合併した540市町村を対象に,著者が作成した調査票を用いて郵送法で,常勤歯科衛生士数,歯科保健事業の実施状況,合併による歯科保健事業への影響などについて調査を行った。
結果 回答は316市町村(回答率59%)から得た。歯科衛生士が常勤する市町村は27%で,人口10万人以上で多かった。3歳児歯科健診は,年間実施回数では人口規模・合併市町村数と関連したが,実施個所数(実数)では1カ所に集約した市町村が39%みられた。合併による住民への影響は,実施回数では「受けやすくなった」が39%みられたが,実施個所数では「受けにくくなった」が24%で「受けやすくなった」の23%を上回った。また,市町村職員は「業務量の増加」が55%みられ,その理由は「地域の広がり」「事務処理量の増加」が半数以上を占めた。これらの多くで,人口規模,合併市町村数により異なる傾向を示した。
結論 市町村合併により地域の規模は拡大し,歯科保健事業も再構築の途上にある。事業の実施個所が減少するなど住民に不便も生じ,職員の業務量も増すなど,様々な影響が明らかとなった。この結果は,合併市町村における今後の歯科保健事業のあり方を検討する資料としたい。
キーワード 市町村合併,歯科保健事業,住民への影響,専門職員の業務量

 

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第56巻第5号 2009年5月

基本チェックリストによる
「運動器の機能向上」プログラム対象者把握の意義と課題

-「能力」と「実践状況」による評価からの検討-
清野 諭(セイノ サトシ) 藪下 典子(ヤブシタ ノリコ) 金 美芝(キム ミジ)
根本 みゆき(ネモト ミユキ) 大藏 倫博(オオクラ トモヒロ)
奥野 純子(オクノ ジュンコ) 田中 喜代次(タナカ キヨジ)

目的 現行の介護保険制度で用いられている基本チェックリスト(運動器の機能向上項目)は,各生活課題の実践状況を問う形式になっており,廃用症候群のリスク抽出に焦点が置かれている。しかし,廃用症候群に着目するならば,各生活課題における能力と実践状況の乖離と実際の体力からの検討が不可欠である。そこで本研究は,能力と実践状況に乖離のある境界域の者の体力を把握し,基本チェックリストによる運動器の機能評価の意義を検討することを目的とした。また,本研究結果を基に,運動器の機能向上プログラム対象者の体力的特徴についても併せて考察することとした。
方法 地域在住高齢者480名(73.7±5.9歳,男性137名,女性343名)を対象とした。体力測定10項目から体力を,質問紙から生活機能を評価した。また,基本チェックリストの運動器の機能向上項目を用いて,「階段を手すりや壁をつたわらずに昇る」「椅子に座った状態から何もつかまらずに立ち上がる」「15分くらい続けて歩く」について「実践しているかどうか」(実践状況)を調査した。能力は,同様の3つの生活課題が「できるかどうか」について調査した。これらの回答より,対象者を活動群(3項目すべてできる・実践している),境界群(すべてできるが,少なくとも1項目実践していない),不活動群(少なくとも1項目できない)の3群に分類し,体力と生活機能を男女別に比較した。
結果 運動器3項目の実践状況を問うことによって,男性で32.1%,女性で35.9%が境界群として抽出された。体力と生活機能は,活動群,境界群,不活動群の順に低下する傾向がみられた。特に女性において,境界群および不活動群では,活動群に比べて体力のばらつきが大きくなる傾向がみられた。
結論 運動器3項目(階段昇段,椅子からの立ち上がり,歩行)の実践状況を問うことで,能力を問うよりも早期に機能低下者をスクリーニングできることが示された。しかし,実践状況と能力は異なる概念であるため,基本チェックリストでは実践状況と併せて能力を問うことも検討されるべきと考えられた。また,運動器の機能向上項目によって抽出された対象者の体力レベルの幅が広い可能性が示唆され,各対象者の目標やニーズを考慮した上で運動習慣化へ導く支援策が希求される。
キーワード 基本チェックリスト,特定高齢者,能力,実践状況,体力

 

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第56巻第5号 2009年5月

訪問看護ステーションにおける精神科訪問看護の実施割合の変化と関連要因

萱間 真美(カヤマ マミ) 瀬戸屋 希(セトヤ ノゾミ) 上野 桂子(ウエノ ケイコ)
木全 真理(キマタ マリ) 伊藤 順一郎(イトウ ジュンイチロウ) 柳井 晴夫(ヤナイ ハルオ)
立森 久照(タチモリ ヒサテル) 沢田 秋(サワダ アキ) 瀬尾 智美(セオ トモミ)
船越 明子(フナコシ アキコ) 吉池 由美子(ヨシイケ ユミコ) 八巻 心太郎(ヤマキ シンタロウ)

目的 わが国の訪問看護ステーションからの精神科訪問看護実施率と,その推移および関連要因を明らかにすることにより,今後,訪問看護ステーションからの精神科訪問看護を普及させるために必要な要件について考察することを目的とした。
方法 全国訪問看護事業協会が委託を受けて実施した厚生労働省の平成19年度障害者保健福祉推進事業における実態調査で,全国訪問看護事業協会に加盟する全国3,307カ所の訪問看護ステーションにFaxを用いて精神科訪問看護の実施の有無および訪問看護ステーションからの精神訪問看護の概要について調査を行った。
結果 1,664カ所の訪問看護ステーションより回答が得られ(回収率50.3%),そのうち精神科訪問看護を行っていたステーションは41.0%(682事業所),うち精神障害者の自宅への訪問(訪問看護基本療養費Ⅰまたは介護保険法で,精神疾患(認知症を除く)が主疾病の利用者への訪問)を行っていたのは40.5%(674事業所)であった。この結果を,平成18年度に全国訪問看護事業協会が行った調査での実施率35.5%と比較すると,5%の増加であった。また,精神科訪問看護を行っている事業所は,行っていない事業所と比較すると看護職員数および総職員数が多く,訪問の利用者数や件数も多く,また精神科病床における看護の経験を持つ看護職員が多かった。
結論 訪問看護ステーションにおける精神科訪問看護の実施率には上昇傾向がみられたが,実施している機関は一定の規模を有し,精神科医療との何らかのつながりをもつ事業所に限られていることが伺えた。今後の普及に向けては,精神科訪問看護を特定の事業所が担っていくのか,あるいは広く一般の事業所に普及していくのかを検討し,ケアの実態に応じた制度の充実が必要であると考えられた。
キーワード 精神科訪問看護,訪問看護ステーション,精神保健医療福祉の改革ビジョン

 

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第56巻第5号 2009年5月

介護福祉実習における養成校の課題

-養成校教員と施設指導者の実習に関する調査結果から-
津田 理恵子(ツダ リエコ)

目的 介護福祉実習は,介護福祉士養成課程において価値観形成に重要な意義がある。しかし,介護福祉士養成施設による実習指導の実状において差があることが推察された。そこで,実習施設の実習指導担当者と介護福祉士養成施設の実習指導担当教員に,厚生労働省通達の指導要領に沿った指導が展開されているか調査を行い,実習における介護福祉士養成施設における課題について検討することを目的とした。
方法 調査は,質問紙を用いた郵送法で行った。対象は,介護福祉士養成施設協会に加入している全国の大学,短期大学および専門学校1~4年課程の介護福祉士養成施設で,巡回指導に当たっている介護福祉士養成施設の実習指導担当教員200人と,各都道府県の指定介護老人福祉施設4~5施設を無作為に抽出し,施設で実習指導に当たっている実習指導担当者200人である。研究の趣旨,調査の目的と内容を紙面により説明し,倫理的に配慮したうえで回答を得た。介護福祉士養成施設の実習指導体制と実習指導の実状,施設の実習指導担当者が意識している介護福祉士養成施設の実習指導体制などについて調査し,介護福祉士養成施設の実習指導担当教員と施設の実習指導担当者の,実習に関する意識や実状について検討した。
結果 質問紙の有効回答割合は,実習指導担当教員が82人(41%)で,実習指導担当者が80人(40%)であった。その回答から,学内演習の進度は,実習時期を決める際に考慮されていないことや,実習日数を十分に確保し,前向きに教育に取り組む姿勢が伺える養成校が存在している一方で,最低基準を満たしていない介護福祉士養成施設もあり,その差は歴然としていた。さらに,実習担当教員が行う巡回指導は,厚生労働省の通達によると,少なくとも週に2回は実施することが望ましいとされている中で,施設への巡回指導回数が,週に1回以下という介護福祉士養成施設もあり,介護福祉士養成課程における実習指導場面において,介護福祉士養成施設によって,厚生労働省から示されている指導要領を熟知せずに,実習指導に当たっている現状や,施設との連携も不足している結果が示された。
結論 介護福祉士養成施設の実習指導担当教員は,厚生労働省から示されている指導要領を熟知したうえで実習指導に当たると共に,施設との連携を強化し,介護福祉士養成施設の実習指導体制の整備をすすめ,実習カリキュラムを見直していくことで,学生にとって学びやすい実習環境の提供につながると提案した。
キーワード 介護福祉実習,実習指導体制,実習指導要領,実習日数,巡回指導

 

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第56巻第5号 2009年5月

母親の定位家族体験と育児不安

-母親の育児ネットワークを視野に入れて-
中谷 奈津子(ナカタニ ナツコ)

目的 本研究では,乳幼児を持つ母親の定位家族体験の認知および現在の育児ネットワークと,育児不安との関連について検討した。
方法 三重県鳥羽市内全域の保育所16カ所,幼稚園1カ所に通う子どもを持つ770世帯の母親を対象とした。鳥羽市社会福祉事務所の協力を得て,2004年9月中旬から下旬にかけて,各保育所または幼稚園に調査票を配布し,回収した(委託留置調査法)。対象となった770世帯のうち431世帯の票を回収した(回収率56.0%)。そのうち無効票を除く421票を分析の対象とした。
結果 育児不安得点について因子分析を行ったところ,「生活疲労」因子,「育児不安」因子,「充実感欠如」因子の3つが抽出された。また母親の小学生の頃の定位家族体験12項目について対応分析を行い,因子軸第1軸~3軸を抽出した。第1軸はきょうだいやおじ・おば等による厳格な養育⇔祖父母による受容的でモデル的な養育,第2軸は祖父母中心の養育⇔父母によるケアとモデル的な養育,第3軸は祖父によるケア中心の養育⇔祖母によるケアとモデル的な養育と表わされた。分析の結果「生活疲労」因子については,世話ネットワーク(リフレッシュ)を持つ母親ほど,生活疲労の因子得点が高く,母親の収入が200~300万円未満の時にも生活疲労が高いことが分かった。「育児不安」因子については,助言ネットワーク,世話ネットワーク(自分の病気時)があるほど育児不安は低い傾向にあり,世話ネットワーク(リフレッシュ)が多いほど育児不安が高くなる傾向にあった。「充実感欠如」因子については,祖父によるケア中心の養育を受けてきた母親は,充実感欠如の得点が高く,祖母中心のケアとモデル的な養育を受けてきた母親は,その得点が低い傾向にあった。
結論 育児ネットワークが有効に働いていたのは,「育児不安」因子のみであり,「生活疲労」因子については,世話ネットワーク(リフレッシュ)が負の相関を示すのみであった。「充実感欠如」因子においては,育児ネットワークが有効な支援策として機能しておらず,むしろ母親の定位家族体験の認知に影響されていることが明らかとなった。
キーワード 定位家族体験,育児不安,育児ネットワーク,母親

 

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第56巻第6号 2009年6月

要介護高齢者の息子による虐待の要因と多発の背景

上田 照子(ウエダ テルコ) 三宅 真理(ミヤケ マリ) 西山 利正(ニシヤマ トシマサ)
田近 亜蘭(タジカ アラン) 荒井 由美子(アライ ユミコ)

目的 息子による高齢者介護の実態と虐待の背景要因を明らかにし,近年の多発の背景について検討する。
方法 調査は大阪府A市の居宅介護支援事業所の介護支援専門員(以下,ケアマネ)94人を回答者とし,ケアマネの担当している利用者の主介護者である息子のすべてと介護家族による虐待ケースを対象として質問紙法により行った。67人の回答(回収率71.3%)を得,60人の回答を有効回答とした。これらのケアマネが担当している利用者総数は1,279人であった。別に,ケアマネ4名と,訪問介護員10名を対象として,息子による介護の特徴と関わりの難しさ,必要と考えられる支援等について各々約90分のグループインタビューを行った。
結果 主介護者の構成割合は息子が11.1%を占めていた。息子の56.3%が独身であった。虐待のみられたケースは主介護息子142人中27人で息子以外の家族では37ケースであった。断面での主介護家族数に対する虐待数の割合(以下,出現率)は主介護息子では19.0%であり,息子以外の家族による出現率に比較して高率であった。虐待の有無と高齢者の属性,息子の属性,介護環境等との関連を検討した結果,「要介護度が高い」「認知症による日常生活自立度が低い」「息子との人間関係が悪い」「近隣との交流がない」,息子が「独身である」「経済状態が苦しい」「自己中心的である」「怠惰である」「親への依存がある」「介護の協力者がいない」「介護知識・技術が不十分である」「介護負担感が大きい」介護者になった経緯が,「高齢者の希望ではない」などにおいて虐待が有意に高率であった。
結論 在宅の要介護高齢者における虐待は息子において高率であった。息子において虐待が高率である背景には,息子ゆえの介護環境条件があり,これらが虐待のリスクを高くしていることが示唆された。息子における虐待の予防には,息子特有の介護環境条件に配慮した施策や支援が求められる。
キーワード 高齢者虐待,要介護高齢者,虐待の要因,家族介護者,息子

 

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第56巻第6号 2009年6月

都道府県別,地方区分別にみた
出生性比,自然死産性比,低出生体重児性比の年次推移の関連

大見 広規(オオミ ヒロキ) 廣岡 憲造(ヒロオカ ケンゾウ)
望月 吉勝(モチヅキ ヨシカツ) 羽田 明(ハタ アキラ)

目的 最近の数十年間,わが国では出生性比減少,死産性比増加,低出生体重児性比の減少が観察されている。これにあわせて都道府県別,地方区分別にみた周産期をめぐる性比の年次推移相互に相関がみられるかについて検討した。
方法 人口動態統計から1985~98年について都道府県別,地方区分別の出生性比,妊娠15週までの自然死産性比,低出生体重児性比を算出し,年次推移の推定値(単回帰分析の傾き)を計算した。性比の年次推移推定値相互の関係について,Pearsonの積率相関係数とSpearmanの順位相関係数,およびそれら相関係数の有意水準を求めて,相互の関係を検討した。また5年ごとの平均値をとり,その推移についても同様の検討を行った。
結果 全国的な性比の年次推移の増減傾向については,多くの都道府県や地方区分でも確認されたものの,それぞれの年次推移推定値間には統計学的に有意な相関が明確には確認できなかった。
結論 年次推移推定値のオーダーが各性比ごとに大きく異なること,都道府県や地方区分に分けると年度ごとのばらつきが極めて大きくなることが要因と考えられた。適切な指標を工夫することや,出生性比の変化が観察されている諸外国についても,死産性比や低出生体重児性比の推移を調査することが必要であると考えられる。
キーワード 人口動態統計,出生性比,死産性比,低出生体重児性比,年次推移

 

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第56巻第6号 2009年6月

コンピュータを利用した問診システムが
一人親方の健診受診率・保健指導参加率に及ぼす効果について

白澤 貴子(シラサワ タカコ) 大津 忠弘(オオツ タダヒロ) 星野 祐美(ホシノ ヒロミ)
川口 毅(カワグチ タケシ) 小風 暁(コカゼ アカツキ)

目的 一人親方および家族に対して事前にコンピュータによる問診システムを利用することによる健診受診率や健診後の保健指導参加率に及ぼす効果について検討した。
方法 対象者は,A建設業組合国民健康保険組合A県支部A出張所の全加入者(本人および家族を含む)778人のうち,2006年の健診受診者187人(男性122人,女性65人)であった。また,2006年健診受診に際し,事前のコンピュータによる生活習慣調査票に回答した136人(男性89人,女性47人)については,健診結果との関連を分析した。さらに,保健指導該当者77人(男性51人,女性26人)のうち事後指導に参加した22人(男性16人,女性6人)の参加状況を分析した。健診結果と問診結果との関連および事後の保健指導の参加状況の分析はχ2検定を用いた。統計学的な有意水準は5%とした。
結果 2006年の健診受診率は2004年,2005年に比べ増加傾向を示した(P=0.016)。2006年に初めて受診した者は若い年代層(P=0.027),肥満(BMI≧25㎏/㎡)(P=0.006)の割合が多く,また,食習慣に何らかの問題があり(P=0.015),運動不足の傾向がみられた。特定健診の必須項目である腹囲との関連はみられなかった(P=0.760)。事後の保健指導該当者の出現率は各年で差が認められなかったが,健康教室の参加率は,2006年のみ受診群は他年に比較して少なかった(P=0.102)。
結論 コンピュータによる問診システムは日常生活における問題点の指摘や生活指導をし,また必要な医療機関へと受診勧奨するため,健康意識の低い層へのアプローチとして健診受診率の向上に有効であったが,保健指導の参加率の向上は認められなかった。
キーワード 一人親方,メタボリックシンドローム,コンピュータによる問診,健診受診率,保健指導参加率

 

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第56巻第6号 2009年6月

全国市町村における食育推進状況

新保 真理(シンボ マリ) 若林 チヒロ(ワカバヤシ チヒロ) 國澤 尚子(クニサワ ナオコ)
新村 洋未(シンムラ ヒロミ) 新井 恵(アライ メグミ) 柳川 洋(ヤナガワ ヒロシ)

目的 全国市町村における食育推進状況を明らかにすることを目的に本研究を行った。
方法 全国1,840市町村(平成18年10月1日現在の全市町村)の健康づくり担当課へ自記式質問紙を郵送にて配布,回収した。調査期間は,平成18年12月から平成19年2月,調査項目は食育推進会議設置状況,食育推進計画作成状況,健康日本21の地方計画策定状況,小中学校における栄養教諭設置状況(非常勤含む)である。回答の得られた市町村は1,316カ所(回収率71.5%)であった。このうち,項目ごとに無回答を除いた市町村を対象に人口規模別(1万人未満,1万人以上3万人未満,3万人以上10万人未満,10万人以上の4区分)に分析を行った。
結果 全国市町村の食育推進会議設置状況は設置済み11.8%,設置予定13.0%,予定なし,または未定75.2%であり,食育推進計画作成率は1.7%で,作成予定を合わせても23.1%であった。また,人口規模別では食育推進会議,食育推進計画ともに,人口規模が小さくなるほど設置,作成予定なし,または未定の割合が高かった。食育推進計画を策定予定なし,または未定とした市町村のうち,健康日本21地方計画を策定している割合は55.2%で,人口規模が小さい1万人未満の市町村では40.6%であった。小中学校における栄養教諭配置率は21.1%(配置予定を含めて25.0%)であり,都道府県別では配置率に違いがみられたが,健康日本21地方計画策定率との関連は認められなかった。
結論 全国市町村の食育推進計画作成率は1.7%で,作成予定を合わせても23.1%であり,人口規模の小さい市町村で作成率,作成予定率の低さが目立った。人口規模の小さい1万人未満の市町村では食育推進計画を策定予定なし,または未定であっても健康日本21地方計画策定を行っているところは40.6%あり,健康日本21地方計画から食育推進計画への展開方法の提示が必要と考えられる。また,栄養教諭については学校における子どもの食育のキーパーソンであることから,都道府県への栄養教諭配置に向けた積極的な働きかけや栄養教諭が食育を推進できる環境整備が必要である。
キーワード 食育,市町村調査,栄養教諭,健康日本21

 

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第56巻第7号 2009年7月

後期高齢者における地域包括支援センターの利用と関連要因の検証

-小田原市お達者チェックからの分析-
相原 洋子(アイハラ ヨウコ) 薬袋 淳子(ミナイ ジュンコ) 島内 節(シマノウチ セツ)

目的 平成17年度の介護保険法改正に伴い,介護予防支援のために地域包括支援センター(包括センター)が,市町村に設置された。本調査では,地域の保健福祉の支援対象として,見守りが必要な後期高齢者を特定するために実施された「お達者チェック」より,包括センターを利用する高齢者の特性について分析を行った。継続的かつ包括的な保健福祉の支援ネットワークの中核としての機能を担う包括センターの利用者が,どのような特性を持つのかを把握することで,包括センターが行う支援方法についての検討を行う。
方法 平成19年8~10月に,小田原市在住の後期高齢者全数を対象に実施された,「お達者チェック」の有効回答者16,110人を対象にした。包括センターの相談有無に関連する要因について,男女別に,世帯,社会活動性および不安について検証した。分析は,多重ロジスティック回帰モデルを用い検定を行った。
結果 包括センターに「相談している」と回答した人は,男性413人(6.7%),女性901人(9.8%)であった。相談している人は,相談していない人と比較し,男女とも独居世帯,近所付き合いや趣味・特技がなく,かつ仕事をしていない人であり,身体面および心理的・精神面の不安がある人であった。女性においては,65歳以上家族と同居,相談できる友人・知人がいない,住環境面の不安があることも包括センターへの相談利用に有意に関連していた。
結論 包括センターを利用している後期高齢者の特性として,サポートネットワークが低いこと,身体面および心理・精神面の不安を抱えていることが明らかとなった。後期高齢者の増加に伴い,高齢者の不安に対応した保健・福祉のサービスが適切に利用できるように,包括センターの役割がますます重要となってくることが考えられる。
キーワード 地域包括支援センター,後期高齢者,不安,介護保険

 

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第56巻第7号 2009年7月

シックハウス症候群と住まい方

-居住環境にかかわる疾病予防-
田中 かづ子(タナカ カヅコ) 岸 玲子(キシ レイコ) 西條 泰明(サイジョウ ヤスアキ)
中山 邦夫(ナカヤマ クニオ) 森本 兼曩(モリモト カネヒサ) 瀧川 智子(タキガワ トモコ)
柴田 英治(シバタ エイジ) 力 寿雄(チカラ ヒサオ)
吉村 健清(ヨシムラ タケスミ) 田中 正敏(タナカ マサトシ)

目的 現在,社会的に問題となっているシックハウス症候群(以下,SHS)の予防対策を居住環境や住まい方の面から検討するため全国6地域(札幌,福島,名古屋,大阪,岡山,北九州)の一般住宅を対象に居住者の自覚症状と室内環境,生活感覚との関係を調査した。
方法 築6年以内の一戸建て住宅の中から無作為に抽出した対象に自覚症状,住環境,生活感覚について質問票を配布し,425軒(1,479人)から回答を得た。SHSの判定には自覚症状の訴えが1つ以上あり,その症状は「家を離れるとよくなる」の回答群をSHSあり群とし,質問票調査と同時に測定した居間の化学物質,ダニアレルゲン,真菌,粉じんなどの測定値および質問票項目との間で関連を検討した。
結果 環境測定値では,ホルムアルデヒド,総アルデヒド類,総VOC類,総ダニアレルゲン,真菌総コロニー数がSHS群でSHSなし群より有意に高値であった。住環境,生活感覚に関する質問項目では「カビ発生あり」「水漏れあり」などの高湿度環境の指標となる項目,「床材がフローリングである」,居間で「シンナーを使用・保管した」など直接的関連項目や「家のにおいが気になる」「家の空気が悪い・汚れていると感じる」などの居住者の汚染感覚の指標となる項目がSHS群で有意な関連を示した。質問項目中,SHSのリスクとして示された住環境や生活感覚に関する項目を選択し,温度,湿度,室内粉じん量,微生物測定値などの住宅が具備する条件も加えて,SHS発症原因物質との関連について検討した結果,アルデヒド類濃度の増加には温度,湿度,真菌総コロニー数,粉じん量,汚染感覚指標数が,総VOC濃度では汚染感覚指標数,高湿度環境指標数が関連した。総ダニアレルゲン値の増加には粉じん量,湿度,高湿度環境指標数,汚染感覚指標数が,真菌総コロニー数では湿度,粉じん量が関連した。
結論 昨今の新築住宅では,建築基準法の改正や化学物質の室内濃度指針値の設定により,住居の換気・空調の向上や該当化学物質濃度の低減などSHS発症原因の除去対策が進められている。しかし,実生活上において化学物質や微生物などはSHS発症の独立の要因というより居住環境や居住者の住まい方が総合して影響しあっていることが示唆され,SHS対策には居住者・個人レベルでの湿気や清掃など居住環境に関する知識の蓄積,それらの実践も必要と考えられた。
キーワード シックハウス,化学物質,微生物,湿度,住居環境,住まい方

 

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第56巻第7号 2009年7月

市町村合併が保健(師)活動に及ぼす影響の評価と今後の課題

-合併有無別の分析から-
桝本 妙子(マスモト タエコ) 都筑 千景(ツヅキ チカゲ) 生田 惠子(イクタ ケイコ)
平野 かよ子(ヒラノ カヨコ) 石川 貴美子(イシカワ キミコ) 烏帽子田 彰(エボシダ アキラ)

目的 2006年11月,全国1,840市町村(特別区を除く)を対象に行った質問紙調査をもとに,合併が保健(師)活動に及ぼす影響と課題を横断的,数量的に分析した。
方法 事前に電話で協力を依頼し,了解の得られた974市町村の保健活動の責任者(保健師)に郵送で調査票を配布し,記名により郵送で回収した(回収率52.9%)。調査内容は,人口,合併の有無,保健師の確保状況,地区活動に配慮の必要な地区の有無,高齢者保健福祉業務における介護部署および国保部署との連携,新市町村の計画策定状況,行政評価の実施状況,健康指標の把握状況である。分析対象は,合併市町村329に対応して非合併市町村337を人口規模別にマッチングして,合計666市町村とした。
結果 保健師の確保状況では,「十分・ほぼ確保できている」は合併36.6%,非合併22.6%であった。特別配慮の必要な地区「あり」は,合併44.8%,非合併15.5%で,その内訳は,合併市町村の方が山間部・豪雪地が多かった。高齢者保健福祉業務に関する介護部署との連携では,合併市町村の方が企画または評価まで含めて一体的に推進しているところがやや多かった。国保部署との連携では,「実施において一部共同で行っている」は合併51.4%,非合併44.5%と,合併市町村の方が多かった。新市町村の計画策定について「策定済み」は合併20~90%に対し,非合併が50~90%と,すべての計画において合併市町村が少なかった。行政評価の実施状況では,「毎年実施している」は,合併50.0%,非合併61.4%で,非合併市町村の方が有意に多かった。健康指標の把握率は,合併,非合併による差はなかった。
結語 合併市町村では,当面はマンパワーが強化され充実した活動が可能であると考えられる。しかし,合併後年数を経るにしたがい支所等への保健師の配置数は削減され,保健担当課以外の部署への分散配置もすすめられていくと考えられる。地域の特性を保健師業務に反映させていくためには,地区分担と業務分担を併用した活動が望ましいと考える。また,今後は,高齢者保健福祉業務に関する介護部署,国保部署との連携をさらに円滑にすすめていける体制づくりが重要になると思われる。合併は市町村の計画策定と行政評価を停滞させていることを伺わせ,早急な地方計画策定および行政評価が課題である。
キーワード 市町村合併,保健(師)活動,影響評価

 

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第56巻第7号 2009年7月

「子育ての楽しみ」要因と少子化対策の可能性

-兵庫県を事例とした探索的分析から-
越智 祐子(オチ ユウコ) 村上 寿来(ムラカミ トシキ)

目的 少子化対策が行ってきた,様々な育児負担の軽減を目的とした「育児支援」の背景には「子育て=負担」というとらえ方が存在している。しかし,そもそも子育てを負担としてとらえる価値観が少子化を押し進めているひとつの要因であるとすれば,負担軽減を狙う政策だけでは,少子化傾向に歯止めをかけるには大きな限界があると言わざるを得ない。したがって,そうしたとらえ方を超えた新たな視点を導入した政策展開が必要であると考えられる。それは「子育ての肯定的要素の増幅」という観点である。本稿では「子育ての楽しみ」に焦点をあて,質問紙調査からその構成要素を明らかにすることを試みた。
方法 兵庫県下の市町に対して1歳半健診対象者への調査票配布への協力を依頼し,協力が得られた市町で1歳半健診の対象となった児の母親を対象に,自記式調査票による質問紙調査を実施した。調査票は後日,同封の返信用封筒による個別回収を行った。調査の実施期間は2007年11~12月であり,配布数は2,000票,有効回収数は532票で有効回答率は26.6%であった。
結果 妊娠・出産・子育ての楽しみに関する項目を作成し,因子分析を行ったところ,「子どもへの愛着」「変化への適応性」「自分の成長」「つながりの増加」「コントロール願望(不全)感」「身近なモデルの存在」の6因子が抽出された。「都市」と「地方」で因子得点の平均値を比較したところ,「コントロール願望(不全)感」が「地方」で有意に高いことがわかった。
結論 養育者の主観的な「子育ての楽しみ」を構成する要素を検討し,「子育ての楽しみの増幅」という少子化対策の新たな視点を提供した。既存の施策についても,新たな視点から再評価することが可能である。
キーワード 子育ての楽しみ,少子化対策,因子分析

 

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第56巻第7号 2009年7月

医師の勤務条件および職場環境に関する病院勤務医の意向調査

新野 由子(ニイノ ヨシコ) 石橋 洋次郎(イシバシ ヨウジロウ)
佐野 洋史(サノ ヒロシ) 久保 統敬(クボ ノリユキ)

目的 平成19年度から「緊急医師確保対策」への取り組みが行われ,医学部定員が拡大されている。しかし,平成16年から始まった医師臨床研修制度や平成11年に横浜市大での医療事故以後,医療を取り巻く環境に大きな変化が起こり,医師の意識も年代ごとに大きく違いがあると考えられる。そのため,医師偏在の現状と対策,勤務条件・職場環境,職場選択要因についての考え方を把握し,それぞれに関して世代間の違いの検証も行い,医師の偏在への対策を検討する上での基礎資料とすることを目的とした。
方法 臨床研修病院130病院に調査協力を依頼し,そのうち応諾いただいた26病院に所属する勤務医と研修医を対象にアンケート調査を行った。調査内容は,対象者の基本属性(年齢,性別など),現状あるいは偏在対策に対する考え方,妥当と考える派遣年数等,勤務条件に対する希望や許容の範囲,職場環境についての考え方とし,検定を行った。
結果 コメディカルとの協働に関してはすべての年齢層の80%以上が「コメディカルも積極的に意見を言えるような職場環境が良い」という項目にやや近いと回答している。ワーク・ライフ・バランスへの配慮に関しては,若い医師ほど「仕事と家庭が両立出来てこそ医師としてよい仕事が出来ると思う」を選択しており有意に高かった。中堅医師の開業による医師不足対策では,「医師数を増やして余裕のある勤務体制にする」「中堅勤務医の給与を引き上げる」を選択している者が多く,「チーム医療により個人の負担を軽減する」「シフト勤務等導入による連続勤務時間短縮」という回答が若手医師で有意に高く,特に産科や小児科など夜間も昼間と同様に忙しい診療科ではこのようなシフト勤務への取り組みも対策の1つとして考えられる。
結論 勤務医は,へき地への派遣にはローテーション勤務の確立が望ましいと考え,臨床現場においては,シフト勤務,女性医師が産休・育休も取れる体制,訴訟リスクの低減を必要としていることが明らかになった。
キーワード 病院勤務医,職場環境,勤務条件,対策

 

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第56巻第8号 2009年8月

地域在住高齢者の運動習慣の定着に関する質的研究

澤田 優子(サワダ ユウコ) 杉澤 悠圭(スギサワ ユウカ) 篠原 亮次(シノハラ リョウジ)
伊藤 澄雄(イトウ スミオ) 福田 寛二(フクダ カンジ) 安梅 勅江(アンメ トキエ)

目的 地域に在住する高齢者を対象とした訪問面接調査により運動の実態および運動習慣の定着の因子を明らかにすることを目的とした。
方法 対象は大都市近郊農村の65歳以上の在宅居住高齢者13名(平均年齢81.7±5.3歳,男性4名,女性9名)であり,専門職による訪問面接調査(所要時間約1時間)を実施した。調査内容は,年齢,性別,要介護状態,罹患,運動の実施状況,運動の定着の因子であった。
結果 運動の定着は「運動のきっかけ」に始まり,「運動をすることによる精神的,身体的,社会的,生活の変化」という運動による4側面の変化を生じ,「運動の習慣が生活のなかで定着する」というプロセスで構成されていた。また,運動習慣定着にいたるまでの全過程において他者との関わりの因子が含まれていた。
結論 運動の定着のプロセスには4側面の変化があることが明らかとなった。また単独での運動の推進だけでなく,グループダイナミクス(集団力動)を利用した支援の重要性も示された。今後はこれらの研究成果を踏まえ,継続できる運動実践のためのプログラム立案や運動習慣の効果をさぐることが課題となる。
キーワード 運動習慣,高齢者,質的研究

 

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第56巻第8号 2009年8月

東京都区部における単身・複数世帯別自殺死亡率

金涌 佳雅(カナワク ヨシマサ) 谷藤 隆信(タニフジ タカノブ) 阿部 伸幸(アベ ノブユキ)
森 晋二郎(モリ シンジロウ) 重田 聡男(シゲタ アキオ)
福永 龍繁(フクナガ タツシゲ) 鈴木 恵子(スズキ ケイコ)

目的 自殺予防対策の一環として,個人の重要な社会的背景の1つである世帯状況,特に単身および複数世帯の違いに視点を当てた調査を行った。
調査方法 平成2年以降の国勢調査実施年(平成2年,7年,12年,17年)における東京都特別区内の都民の自殺者を男女とも単数・複数世帯の計4群に区分し,年齢階級別粗死亡率(人口10万人対),粗死亡率の性比・性差,および年齢調整死亡率,自殺死亡標準化死亡比を算出した。
結果 自殺者数では4群の中でいずれの代表年も複数世帯の男性が多かった。また,平成7年から12年の間に4群いずれも大きく増加していたが,単数・複数世帯とも女性に比べ男性の方が増加率は高かった。年齢階級別自殺数でみると,男性においては単身・複数世帯とも50歳代を中心にその前後5歳を含めた年齢層におおむねピークが認められた。平成17年における年齢階級別死亡率は,40歳代後半から60歳代の単身世帯の男性に特に高い傾向がみられた。死亡率性比では単身および複数世帯とも男性に高く,特に平成17年では性比で3倍となっていた。標準化死亡比をみると単身世帯の男性では,全国平均と比して有意に高く,複数世帯の男女ではおおむね低かった。
結論 40歳代後半から60歳代の単身世帯の男性は,その他の3つの世帯群よりも明らかに自殺のリスクが高く,このことが男性の単身世帯者全体の自殺死亡率上昇の原因にもなっていることが示された。東京都区部における自殺対策においては,全年齢層への一般的な予防活動と合わせ,40歳代後半から60歳代の単身世帯の男性に重きを置いた調査・対策をとることも効果的であろうと考えられた。
キーワード 自殺統計,世帯,東京都特別区

 

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第56巻第8号 2009年8月

高齢者に対する認知症の情報提供と初期症状への対処行動

松井 美帆(マツイ ミホ) 新田 章子(ニッタ アキコ) 田口 幹奈子(タグチ カナコ)

目的 認知症に関する情報提供を行い,高齢者の認知症の知識と初期症状における対処行動について明らかにすることを目的とした。
方法 A県内の老人クラブに所属する高齢者184人に質問紙票を配布し,162人(88.0%)から回答を得,そのうち有効回答のみられた154人(83.7%)を対象とした。対象者にはパンフレットを用いて認知症に関する情報提供を行った後,自記式質問紙調査により基本属性,認知症高齢者の介護経験,認知症の知識,認知症のごく初期・初期症状への対処行動,認知症の不安,認知症のイメージについて調査した。
結果 対象者の平均年齢は,72.9±6.4歳,性別は男性が39.6%であった。アルツハイマー型認知症(Dementia of Alzheimer's type; DAT)の知識量の平均点は1.62点と先行研究に比較してわずかに高かった。家族が認知症になった場合の初期症状における対処行動では,「病院を受診する」20.3~53.6%と先行研究が20%以下であったのに比較して多く,具体的な対処には至らない傾向も3~4割と少なかった。受診行動に関連する要因として,年齢,性別,認知症の知識や不安,怖い・苦しい・たいせつにされないなどのイメージが挙げられた。
結論 高齢者に対する認知症の情報提供は,初期症状における対処行動に結びつくことから,早期受診へ向けて高齢者に適切な啓発活動を行っていくことが重要である。
キーワード 認知症,高齢者,対処行動,イメージ

 

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第56巻第8号 2009年8月

保健・衛生行政業務報告に基づく特定疾患医療受給者数および
登録者数変化の観察

石島 英樹(イシジマ ヒデキ) 永井 正規(ナガイ マサキ)

目的 特定疾患の2001~2005年度の受給者数,2003~2005年度の登録者数,受給者から登録者への変更数,登録者から受給者への変更数を観察し,登録者証交付制度(以下,登録者制度)が受給者数の変化に及ぼした影響を考察する。
方法 2001~2003年度地域保健・老人保健事業報告と2004,2005年度保健・衛生行政業務報告(衛生行政報告例)を用いて,各年度末現在の受給者数,登録者数,受給者から登録者への年間変更数,登録者から受給者への年間変更数を,疾患別に集計した。
結果 登録者制度対象19疾患,同制度対象外26疾患の両者において,受給者数は2001~2005年度にかけて増加傾向であったが,両者ともに2003年度に受給者数の減少もしくは増加傾向の停滞がみられた。登録者制度対象19疾患では,同制度対象外26疾患より2003年度の受給者数減少の程度が大きかったが,その後は登録者制度導入前と同程度の増加傾向を示した。登録者制度が受給者数に与える影響の大きさは,疾患によって異なっていた。登録者制度対象19疾患のうち,2003年度の受給者数減少が大きいのは,再生不良性貧血,サルコイドーシス,特発性血小板減少性紫斑病であり,登録者の対受給者数比も大きかった。再生不良性貧血では10~20歳代で,サルコイドーシスでは10~30歳代で,特発性血小板減少性紫斑病では20歳未満で,受給者の減少が大きく,これらの年齢層で登録者の対受給者数比が大きかった。
結論 2003年度に受給者数増加傾向が鈍化した。この原因の1つは2003年9月に全受給者に更新手続きを求めたことであり,もう1つは登録者制度が導入されたことである。2003年度の登録者制度の導入は同制度対象疾患の受給者数減少に寄与した。登録者制度の影響の大きさは,疾患によって異なり,再生不良性貧血,サルコイドーシス,特発性血小板減少性紫斑病など,軽症者が多い,あるいは治癒・寛解しやすいといった特徴のある疾患で大きかった。登録者制度が受給者数増加を抑制する効果は一時的なものであると考えられた。
キーワード 特定疾患医療受給者,登録者,保健・衛生行政業務報告(衛生行政報告例)

 

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第56巻第8号 2009年8月

生命行政の検証

-岩手県旧沢内村(現西和賀町)の老人医療費無料化が村におよぼした影響-
鈴木 るり子(スズキ ルリコ)

目的 岩手県旧沢内村(現西和賀町),(以下,「沢内村」)の生命行政,特に老人医療費無料化が村におよぼした影響について検証する。
方法 聞き取り並びに文献による。
結果および考察 岩手県沢内村の生命行政は,沢内村出身の深沢晟雄によって実践された。深澤晟雄は,昭和29年教育長,昭和31年助役,昭和32年村長に就任し,豪雪・貧困・多病と闘い,昭和35年12月から65歳以上,翌年4月から60歳以上と乳児の医療費無料化を全国で初めて実施した。また,沢内村の豪雪に対しては,ブルドーザーでの除雪で人々の諦め意識の改革,高い生活保護率に対しては,貧困と疾病の悪循環を断ち切るため保健師を採用し,本格的な保健活動を展開した。昭和37年には日本で初めて乳児死亡ゼロを達成し,昭和38年に保健文化賞を授与されている。深澤村長は,さらに健康管理課を設置した。課長は医師とし,保健・医療の沢内方式の予防活動を展開し,地域包括医療のシステ化を図った。老人医療費無料化が村に与えた影響は①長寿村の達成-昭和55年には,近隣のどの町村よりも長寿の村となった。②国民健康保険の医療費の減少-被保険者1人当たりの医療費は,昭和43年には県平均を下回った。③健康な村づくりに発展-60歳以上の医療費無料化が果たした役割について,元沢内村病院長増田進は,「村が明るくなった。老人の自殺が減少した。嫁の受診が増え,家族の健康に気配りができるようになった」と述べている。このように沢内村が行った老人医療費の無料化は,高齢者を明るく元気にし,全村民の健康づくりに波及した生命行政であった。健康が保障されれば,住民の関心とエネルギーは次の段階へ向けられる。村の高齢者達が生き生きと活動する姿はいかに生命や健康の基盤を支えることが重要かを示唆している。
キーワード 生命行政,老人・乳児医療費無料化,沢内方式,地域包括医療

 

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第56巻第8号 2009年8月

精神障害者の社会適応訓練から一般就労への有効な支援

大野 順子(オオノ ジュンコ)

目的 社会適応訓練利用後,労働関係機関との連携・協働により一般就労に至った3事例を通し,保健師の精神障害者に対する就労支援のあり方を考える。
対象と結果 社会適応訓練事業を利用した精神障害者への一般就労の支援経過の検討を行った。西多摩保健所では,平成18年10月から19年3月まで,都内で働く保健師1,260人を対象に「就労支援において保健師が大切と考えている支援の視点」についてアンケート調査を行った。その結果,保健師は保護的就労(福祉的就労)とされる通所授産施設,共同作業所,社会適応訓練事業利用については,保健師の視点や支援方法で有意に影響する項目があったが,一般就労では有意に影響する項目は明らかにならなかった。社会適応訓練中から一般就労への動機づけを行い,障害をオープンにした就労活動で障害者本人の希望に添える一般就労支援ができた。
結論 精神障害者の一般就労には保健師の支援だけでは困難であり,労働関係機関等との連携・協働が不可欠と考えられた。精神障害者は仕事や人間関係という訓練の環境を変えずに一般就労したいという希望が強い。保健師は働いて報酬を得ることが生活の安定だけでなく,本人達の自尊心につながることを重視し援助した。障害者の病状,能力,意欲,体力をアセスメントし,障害をオープンにして労働機関関係者との連携,制度を活用することが一般就労には有効と考えられる。
キーワード 精神障害者,社会適応訓練事業,保護的就労(福祉的就労),一般就労

 

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第56巻第10号 2009年9月

グループ回想法の介入効果

-特別養護老人ホーム入所者の生きがい感-
津田 理恵子(ツダ リエコ)

目的 先行研究において,回想法介入による効果の確認を,生きがい感スケールを用い,長期的にその効果を検証している研究は見当たらなかった。そこで,特別養護老人ホームでクローズド・グループによる回想法の介入を試み,生きがい感スケールを用いて,多層ベースラインで調査を実施し回想法の介入効果を確認することを目的とした。
方法 特別養護老人ホームに入所している高齢者13名を,A組・B組・C組の3グループに分け,1グループにつき5週間ずつ,介入時期を2カ月間ずらしてグループ回想法を実践し,生きがい感スケールを用いて2カ月ごとに5回(10カ月間)測定した(多層ベースライン)。
結果 生きがい感スケールの得点と生きがい感スケールの下位項目の得点について,3(グループ;A組,B組,C組)×5(時期;1回目,2回目,3回目,4回目,5回目)の分散分析を行った。その結果,交互作用に有意な傾向が認められた(p<0.06)。多重比較を行った結果,A組では1回目と2回目の間(p<0.03),B組は2回目と3回目の間(p<0.03),C組では3回目と4回目の間(p<0.04)に有意な改善が確認できた。有意な差がみられた時点は,それぞれ回想法の介入直後であった。さらに,生きがい感スケールの下位項目では,「私には施設内・外で役割がある」「世の中がどうなっていくのかもっと見ていきたいと思う」「私は家族や他人から期待され頼りにされている」の3項目に有意な改善が示された。
結論 回想法の介入によって,特別養護老人ホーム入所者の生きがい感の向上に効果があることが確認できた。日々の生活における余暇時間における活動として,回想法は,個人の懐かしい記憶に働きかける個別性が尊重された支援であると示した。
キーワード グループ回想法,特別養護老人ホーム,生きがい感,多層ベースライン

 

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第56巻第10号 2009年9月

青年勤労者における抑うつ状態と体力との関連

久保田 晃生(クボタ アキオ) 原田 和弘(ハラダ カズヒロ) 笹井 浩行(ササイ ヒロユキ)
甲斐 裕子(カイ ユウコ) 高見 京太(タカミ キョウタ)

目的 本研究は職域の青年期を対象に抑うつ状態と体力との関連を検討し,職域におけるメンタルヘルスの向上を効果的に推進するための基礎的資料を得ることを目的とする。
方法 静岡県内のN社K製造所で,本研究に協力の得られた20歳代,30歳代の男性288人を対象とした。この内,「解析項目に1つでも欠損値がある」「体力項目のいずれかに平均値+標準偏差×3以上の値がある」「CES-Dで逆転項目の回答が不十分である」75人を除いた213人を解析対象者とした。体力は握力と長座体前屈,反復横とび,上体起こし,立ち幅とびを測定した。質問紙調査では,自記式の推定最大酸素摂取量,Center for Epidemiologic Studies Depression Scale(CES-D)日本語版,International Physical Activity Questionnaire(IPAQ)日本語版Short Versionのほか,年齢,配偶者,学歴,睡眠時間,夜勤,喫煙習慣,飲酒習慣,現病歴の状況を把握した。また,同時期の健診結果からBMIを把握した。解析は,CES-D得点から2群(16点以上の抑うつ群と16点未満の非抑うつ群)に分け,体力測定,質問紙調査の結果をMann-Whitney U検定,χ2検定で比較した。抑うつの有無(抑うつ群=1,非抑うつ群=0)を目的変数,各体力項目を説明変数,各交絡因子を調整変数としたロジスティック回帰分析を施し,抑うつ状態と体力との関連を検討した。
結果 全体のCES-D得点は15.3±8.1点(平均値±標準偏差)で,抑うつ群は88人(41.3%)であった。抑うつ群と非抑うつ群の比較では,年齢,配偶者,夜勤,BMI,立ち幅とび,上体起こしで有意差が認められた(p<0.05)。立ち幅とび,上体起こし以外の体力項目は,有意差は認められなかったが,抑うつ群の方が非抑うつ群よりも低い値を示した。ロジスティック回帰分析では,立ち幅とび(1標準偏差上昇に対するオッズ比0.57,95%信頼区間0.41-0.80),推定最大酸素摂取量(0.58,0.39-0.86),上体起こし(0.72,0.53-0.97),握力(0.73,0.54-0.99)が有意な関連を示した(p<0.05)。
結論 本研究の結果,抑うつ状態と体力を構成する要素である筋力(握力)と筋持久力(上体起こし),筋パワー(立ち幅とび),持久力(推定最大酸素摂取量)が関連し,体力を向上させることが,抑うつ予防につながる可能性が考えられた。しかし,本研究は横断的研究であり,抑うつ状態と体力との因果関係は断言できない。今後,縦断的研究が望まれる。
キーワード 抑うつ状態,CES-D,体力,身体活動量,青年期,勤労者

 

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第56巻第10号 2009年9月

在宅要支援・要介護1認定者における
介護保険サービス利用の介護度悪化防止への効果に関する分析

松本 たか子(マツモト タカコ) 猫田 泰敏(ネコダ ヤストシ)

目的 本研究は,高齢者の自立支援を基本理念とする介護保険制度で軽度認定を受けた在宅高齢者の第1回更新月1カ月分の介護保険サービス利用による,第1回更新時から第2回更新時までの介護度の悪化防止への効果について分析した。
方法 調査対象地域は,65歳以上の人口割合が全国値に近似し,介護保険法に基づく介護保険サービスの全種類の利用可能な東京都B区を選定した。自治体の既存の介護保険データを用い,2003年度に新規申請を行い,初回認定時および第1回更新時に要支援・要介護1の認定を受けた第1号被保険者456人を調査対象とした。調査項目は,性別,第1回更新申請時の年齢,新規時および第1回・第2回更新時の介護度,第1回・第2回更新年月日,第1回更新月1カ月分のすべての介護保険サービスの利用状況とした。第1回更新時から第2回更新時までの介護度の変化と調査対象の特性,サービス利用状況との関連について分析した。
結果 第1回更新時から第2回更新時までに介護度が悪化した者は61名(13.4%)であった。調査対象の特性と介護度の変化の間には有意な関連は認められなかった。個別の介護保険サービスの利用状況と介護度の変化の分析の結果,訪問介護の利用者において月6回以上の利用者のオッズ比が0.37(0.17~0.84)と悪化防止への影響が認められた。また,通所介護では月1~5回の利用者でオッズ比が2.74(1.15~6.53)と逆に悪化することが示された。多重ロジスティック分析の結果も同様であった。
結論 自立可能性が高い軽度認定者に対する在宅高齢者の介護保険サービスのうち,訪問介護の提供が有効であることが示された。このことから,対象者の生活や疾病などの個別性を踏まえたサービスの提供が必要であることが重要と考えられた。通所介護については,現在の実施のあり方に検討すべき点があることを示唆するものと考えられた。
キーワード 介護保険制度,在宅高齢者,要支援・要介護1,介護度の変化,介護保険サービス

 

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第56巻第10号 2009年9月

家族介護者の抑うつ傾向に影響を及ぼす介護保険サービスの検討

坪井 章雄(ツボイ アキ オ)

目的 在宅介護家族の介護ストレスによる介護破綻を予防するために,抑うつ傾向の軽減のための有用な在宅サービスの可能性を探る目的で調査を行った。
方法 対象は,茨城県内のすべての在宅介護家族を母集団として層化二段無作為抽出法により標本抽出した。在宅介護家族支援と介入を行っている居宅療養管理指導事業所(以下,事業所)の利用者を対象とし,標本抽出台帳から153施設を無作為抽出し,調査の依頼を行った。介護ストレスの軽減に有用なサービスや問題解決の内容・方法を抽出するために,Ⅰ:介護者・被介護者属性,Ⅱ:利用サービス内容,Ⅲ:問題解決の方法,について調査票を作成し,調査票との関連を検討するために,介護者の測定には標準的うつ評価スケールとして国際的に受け入れられているGDS-15を調査に用いた。
結果 サービス利用者と非利用者間におけるGDS-15の差の検定では,障害の予後や改善の説明やスロープの設置でサービス利用者が非利用者より有意にGDS-15平均点が低かった。問題解決実施者と非実施者間におけるGDS-15の差の検定では,相談者がいる介護者,援助者がいる介護者,趣味がある介護者,および家族に相談している介護者,医師や看護師,PT・OTなどの医療職に相談している介護者,インターネットを用いている介護者では,非実施者より有意にGDS-15平均点が低かった。一方,何もしない介護者は有意にGDS-15平均点が高かった。
結論 抑うつ傾向軽減のためには,被介護者の将来の状況に対する不安が軽減するサービスが有効と考えられた。また,家族が相談者や支援者とすることで抑うつ傾向が軽減することが示されており,主たる介護者と共にそれ以外の家族に対して,在宅介護に対する理解と協力を得る事を目的とした介入の必要性が考えられる。
キーワード 介護家族GDS-15,抑うつ,介護保険サービス,介護破綻

 

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第56巻第10号 2009年9月

児童養護問題の階層性

-児童養護施設6カ所の実態調査から-
堀場 純矢(ホリバ ジュンヤ)

目的 児童養護施設(以下,施設)で暮らす子どもと親の生活問題に関する研究は,1990年代以降,ほとんどみうけられない。そこで筆者は,子どもと親(家族)の背負う労働問題を生活問題と不可分のものとして捉え,東海地区の施設6カ所で暮らす子どもと親の生活問題に関する調査を行った。本稿の目的は,この調査結果をもとに,児童養護問題の階層性を統計的に浮き彫りにすることである。
対象・方法 調査対象は,東海地区の施設6カ所の父母352名(父179名,母173名)とした。A園(2000年3月),B園(2003年4月),C園(2006年8月),D園(2006年10月),E園(2006年3月),F園(2008年8月),すべてその月現在の各施設に在籍している子どもと親の生活歴についてケース記録より情報抽出を行った。また,施設職員にケースごとに情報が不足する項目について聞き取りを行った。調査期間は,2000年8月,2003年5月~2004年8月,2006年1月~2008年8月である。調査項目は,学歴,就労・所得,社会保険,居住場所,近所づきあいの程度,健康状態の6項目とした。
結果 施設で暮らす子どもの親は,親の親(祖父母)の代からの貧困を背景として,「学歴」が低く,そのことが「不安定就労」「無職」「生活保護」につながっていた。その結果,住居も相対的に狭小な民間アパート・寮・公営住宅で暮らさざるをえず,自己負担の割合が高く給付が不十分な「国保」「無保険」につながっていた。さらに,雇用・労働条件が不安定で重労働のため,「近所づきあい」をするゆとりもなく社会的に孤立し結果として心身の健康問題が深刻化していた。
結論 施設で暮らす子どもと親のほとんどが不安定低所得階層であること,母親に不安定就労や無職が多く,生活問題が深刻であること,父母ともに厳しい労働・生活実態を反映して,心身の健康問題が深刻であること,児童養護問題の背景には親の労働・生活問題があること,以上の4点が明らかとなった。
キーワード 児童養護施設,階層性,健康・生活問題

 

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第56巻第10号 2009年9月

若年女性の健康を考える子宮頸がん予防ワクチン接種の意義と課題

荒川 一郎(アラカワ イチロウ) 新野 由子(ニイノ ヨシコ)

目的 子宮頸がんの発生は,発がん性のHPV(Human Papillomavirus)の感染が主要因である。HPVは性交渉によって子宮頸部粘膜へ経路する。近年,若年女性の性交渉率と性感染症の増加が問題となっている。また,子宮がん検診の受診率は欧米に比べて日本では24%程度と極端に低く,さらに20~30代の若年女性で子宮頸がんの発生が増えている。今回著者らはその要因について考察し,子宮頸がん予防ワクチン(HPVワクチン)の意義,そして包括的なリプロダクティブ・ヘルスへの対策について検討した。
方法 マルコフモデルを用いて,がん検診率50%によるアウトカムの計量化を予備的に試みた(費用効用分析,社会全体の立場)。そして,20~30代女性の立場からHPVワクチンの臨床的,経済的アウトカムへの影響について検討を行った。分析手法は,費用便益分析を用い,観察期間を10歳からの30年間とし,年率3%で割引いた。いずれの検討も,モデル計算に必要な変数は,国内外の公表文献や国内の統計データより得た。
結果 定期検診率向上に関する予備検討の結果,生涯における子宮頸がんの発生率や死亡率は13~14%減少することが示唆されたが,増分費用効果比が約1兆700億円/QALY(quality-adjusted life year)と非効率的であった。12歳児のコホート(n1=589,000)へのワクチン接種(接種率100%)は,非接種(n2=589,000)と比較して,20~30代における子宮頸がんの発生や子宮頸がんによる死亡を減少させることができ,そして約12億円の純便益が得られると推計された。
結論 今回の検討結果から,検診率の向上だけでは子宮頸がんの発生を抑えるには十分ではなく,非効率的であるため,若年女性の立場からHPVワクチン接種の意義が示唆された。しかし,わが国の若者の多様な性行動に対する対策を検討する必要性が考えられ,子宮がん検診の向上とHPVワクチンの集団接種の導入に加え,諸外国の対策を参考として性の健康に関する正しい知識を提供する性教育の浸透という多角的な対策が,現実的に今回推計した便益の獲得につながると期待する。リプロダクティブ・ヘルス,生涯を通じた女性の健康への対策として,社会全体で子宮頸がん撲滅ための取り組みが今求められているのではないだろうか。
キーワード 子宮頸がん,HPV,ワクチン,疾病負担,性感染症,性教育

 

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第56巻第11号 2009年10月

感染性胃腸炎対策研修プログラムにおける
ゲーミングシミュレーション利用の評価

堀口 逸子(ホリグチ イツコ) 黒瀬 琢也(クロセ タクヤ)
日高 良雄(ヒダカ ヨシオ) 丸井 英二(マルイ エイジ)

目的 感染性胃腸炎集団感染予防対策を学ぶための教材を,ゲーミングシミュレーションを用いて開発した。これを利用した参加型研修プログラムについて評価し,その有用性について検討した。
対象と方法 研修プログラムは,①開始前のルールの自学学習,②ノロウイルスに関する講話,③ゲーミングシミュレーションの実施,④感染拡大防止に関する講話,⑤質疑応答,⑥質問紙記入,の約1時間20分である。教材はノロウイルスの感染拡大をイメージできるボードゲームである。評価は,フェイスシート(年齢,勤務年数,集団感染経験,研修受講経験,勤務先での立場),研修会評価(構成,所要時間,資料),教材評価(楽しさ,ルール,感染拡大,対策および連携の重要性,再度の実施可能性)の全15問からなる質問紙によった。平成20年にM市保健所管内の保健福祉施設勤務者を対象として実施した研修にて,プログラムを実行した。質問紙は受付にて配布し当日回収した。
結果 参加者(評価対象者)139名は,50歳台が最も多く全体の3割を超え,次いで40歳台が全体の1/4を占めていた。勤務年数は,多い順に10年以上,5年以上であった。集団感染が起きた場合に指揮をとる立場のものは全体の約半数であった。研修会評価は,すべての項目でよかったとされた。教材評価では,とても楽しく感じ,感染拡大の様子が実感でき,連携や対策の重要性を認識していることがわかった。そして,再度の実施を希望していた。両評価とも,集団感染経験,研修の受講経験,年齢,勤続年数において有意な差はみられなかった。
結論 講義形式の研修は,学問レベルは高いが内容の現実性や体験との関連性,理解度,問題解決の場としては劣るなどの問題点が指摘されている。今回の教材は質問紙調査の結果からは,経験の有無などに関わらず学習効果が得られることが示唆された。また,研修会の評価も高かった。今後,ゲーミングシミュレーションを利用した教材によって効果的な研修会ができることが示唆された。
キーワード ゲーミングシミュレーション,参加型研修プログラム,感染性胃腸炎

 

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第56巻第11号 2009年10月

年齢・職業不詳の自殺者が都道府県別自殺率に及ぼす影響

赤澤 正人(アカザワ  マサト) 松本 俊彦(マツモト トシヒコ) 川野 健治(カワノ ケンジ)
稲垣 正俊(イナガキ マサトシ) 竹島 正(タケシマ タダシ)

目的 警察庁発表の自殺の概要資料と厚生労働省の人口動態統計では,毎年自殺者数,自殺率に差が確認される。集計方法の違いが要因のひとつと考えられるが,自殺の概要資料には発見された年以前の自殺がその年の自殺として計上されうる。本研究では,発見された年以前の自殺者であると推測される自殺者を,「年齢不詳」かつ「職業不詳」の自殺者として捉え,年齢・職業不詳の自殺者が都道府県の自殺率に及ぼす影響を検討する。
方法 警察庁から自殺予防総合対策センターに提供を受けた,平成16年から18年の自殺についての自殺統計原票に基づく集計データから,都道府県別に年齢・職業不詳の自殺者数を集計した。そして発見地による自殺者数から年齢・職業不詳の自殺者数を除いた自殺率を求め,発見地による自殺率と比較検討した。
結果 3年間に全国で779人の年齢・職業不詳の自殺者が確認された。年齢・職業不詳の自殺者が多い都道府県は,東京都,山梨県,福岡県,神奈川県,愛知県等であった。山梨県は他県と比較して,発見地による自殺率(41.9,41.8,42.7)と,年齢・職業不詳の自殺者数を除いた自殺率(38.3,36.0,36.4)との間に差があることが分かった。
結論 山梨県では,年齢・職業不詳の自殺者数が自殺の概要資料における自殺率を高めている可能性が示唆された。自殺の実態把握にはデータの特徴や限界を認識しておくことが重要である。
キーワード 自殺,自殺率,自殺の概要資料,人口動態統計,年齢・職業不詳の自殺者

 

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第56巻第11号 2009年10月

二次医療圏別平均寿命による健康指標の開発

若林 チヒロ(ワカバヤシ チヒロ) 新村 洋未(シンムラ  ヒロミ) 加藤 朋子(カトウ トモコ)
川島 美知子(カワシマ ミチコ) 尾島 俊之(オジマ トシユキ) 柳川 洋(ヤナガワ ヒロシ)

目的 平均寿命は,地域の健康水準とそれに影響を及ぼす保健医療福祉政策を評価する最も適切な指標であり,都道府県単位と市区町村単位で公表されている。しかし,保健医療福祉政策の効果を評価するには,都道府県単位では広域すぎて地域ごとの評価指標としては適切ではないし,市区町村単位では単位ごとの人口規模が数百から数十万の範囲にまたがるためにばらつきが大きく信頼度に問題がある。医療サービスは二次医療圏単位で供給されており,保健医療福祉政策を評価するためには,二次医療圏単位の平均寿命による評価が必要である。そこで本研究では,市区町村単位で公表されている平均寿命を基にして,二次医療圏単位の平均寿命を計算し,その分布を観察する。さらに,二次医療圏別平均寿命を用いた解析の例として,性別に老年人口割合との関連を検討した。
方法 2005年性別市区町村別平均寿命(2006年12月31日現在の市区町村区分)と2005年国勢調査人口(2005年10月1日現在の市区町村区分)から,市町村合併前後の対応表を用いて,2006年12月31日現在の市町村区分に統一したデータベースを作成する。二次医療圏の分類は「医療施設調査」(2006年10月1日の分類)より引用し,2006年10月1日と12月31日の市町村区分の相違を確認したうえで,2006年12月31日現在の二次医療圏分類を作成した。これらを元に,人口規模を考慮した二次医療圏別平均寿命を性別に算出した。二次医療圏別平均寿命について分布の特性を観察し,地域の基本的な背景として老年人口割合との相関を観察した。
結果 二次医療圏別平均寿命は,男性78.50±0.92歳,女性85.75±0.59歳で,男女の相関はr=0.677であった。二次医療圏単位の平均寿命は,老年人口割合との間には,男性は負の相関(r=-0.440)があったが,女性は相関がなかった(r=-0.037)。
結論 市区町村別平均寿命を元に二次医療圏別平均寿命を算出し,分布と老年人口割合との関係を観察したところ,男性の方が二次医療圏別の差異が大きく,男性では都市化との関連がみられたが,女性では関連がみられず,就労形態,居住地,職業選択や保健医療福祉サービスとの関連が伺われた。二次医療圏別平均寿命は,他の社会経済指標および医療供給指標との関連を観察することで,幅広い公衆衛生活動の評価指標として利用できる。市区町村別平均寿命は5年ごとに公表されるので,5年後の指標も作成し,地域における健康水準の推移を観察する予定である。
キーワード 平均寿命,二次医療圏,健康指標,保健医療福祉政策,地域格差

 

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第56巻第11号 2009年10月

住民がかかりつけ医を持っていない割合とその特性

-「食生活改善行動の採用」尺度と行動変容モデルの予測-
松嶋 大(マツシマ ダイ) 岡山 雅信(オカヤマ マサノブ) 松嶋 恵理子(マツシマ  エ リ コ)
藤原 真治(フジワラ シンジ) 小松 憲一(コマツ ケンイチ) 梶井 英治(カジイ エイジ)

目的 地域住民がかかりつけ医を持っていない割合と,その特性を明らかにする。
方法 対象は,下野市,小山市,真岡市,上三川町,二宮町,筑西市,結城市の2007年住民健診(2007年9~11月)の受診者である。調査方法は自記式質問紙調査で,調査項目は対象者情報(年齢,性別,学歴,就労,自宅周囲の医療機関)とかかりつけ医の有無である。かかりつけ医は「普段定期的に受診している医師」もしくは「自分の健康や病気のことを気軽に相談できる医師」と定義した。回収した質問紙のうち年齢,性別,かかりつけ医の有無のすべてに回答があるものを有効回答とした。対象者を「かかりつけ医あり(あり)」と「かかりつけ医なし(なし)」の2群に分類し比較した。
結果 対象者は2,397名で2,376名(99.1%)から回収した。有効回答は2,228名(92.9%,対象者数に対する割合)で,「あり」1,507名(67.6%),「なし」721名(32.4%)であった。かかりつけ医の有無の比較では,平均年齢,最終学歴,就労で有意差を認めた。平均年齢は,「あり」の61.5歳に対し,「なし」は52.8歳で有意に若かった。最終学歴は,専門学校卒業以上が「あり」25.8%に対し「なし」では37%であり,「なし」が有意に多かった。就労は,有職者が「あり」37.7%に対し「なし」では52.1%であり,「なし」が有意に多かった。かかりつけ医なしの対象者特性について,多重ロジスティック回帰分析にて20~64歳(若年から中年層),専門学校卒業以上(高学歴者),有職者で有意差を認めた。年齢は65歳以上と比べて,20~39歳,40~64歳のオッズ比がそれぞれ8.17,2.47で,若年から中年層はかかりつけ医を持っていない傾向にあった。最終学歴は,専門学校卒業以上について高校卒業以下と比較すると,オッズ比1.28と,専門学校卒業以上がかかりつけ医を持っていない傾向にあった。就労は有職を無職と比較すると,オッズ比1.29と,有職者はかかりつけ医を持っていない傾向にあった。
結論 住民の3割がかかりつけ医を持っていないこと,および若年から中年層,高学歴者,有職者はかかりつけ医を持っていない傾向があることが示された。
キーワード かかりつけ医,地域住民

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第56巻第11号 2009年10月

精神障害者の就労支援におけるQOLの変化

-SF_36v2日本語版を用いて-
立石 宏昭(タテイシ ヒロアキ)

目的 「個別職業紹介とサポートによる援助付き雇用プログラム(Individual Placement Support Program:IPS)」の考え方を取り入れた訪問型個別就労支援の実践を通して,就労支援とQOLの関係を明らかにすることである。
方法 精神障害者地域活動支援センターの利用者73人に対して,S1(就労準備),S2(求職活動),S3(フォローアップ),S4(保留・終了)という就労支援のターニングポイントを設け,「SF-36v2日本語版(振り返り期間が1カ月間)」によるQOLの変化を測定した。調査期間は,2006年4月から2008年3月までの2年間である。分析は,SF-36v2の36項目の設問に0~100点をスコアリングし,「国民標準値(Norm Based Scoring: NBS)」と比較した。また,SF-36v2の下位尺度に重みづけをしたあと,「身体的健康度をあらわすサマリースコア(Physical Component Summary: PCS)」と「精神的健康をあらわすサマリースコア(Mental Component Summary:MCS)」の変化を探った。さらに,各ステージの特性値に対する因子の影響を知るため,反復測定による一元配置分散分析および多重比較を行った。
結果 S1(就労準備)のPCS(-3.6),MCS(-4.0)は,ともにNBSを下回り,就労を目指す段階ではQOLは低下していた。しかし,S2(求職活動)では,S1を上回り,S3(フォローアップ)になると,PCS(0.8),MCS(3.5)はNBSを上回るほど高い数値を示していた。さらに,S3(3カ月)では,PCS(4.3)はNBSを大きく上回り,身体的健康度が高くなっていた。しかし,S3(6カ月)を過ぎるころから,PCS(3.7),MCS(2.3)の低下が始まり,S3(18カ月)になると,PCS(-1.3),MCS(-0.1)はNBSを下回っていた。つまり,各ステージにより利用者のQOLに変化が見られた。また,反復測定による一元配置分散分析および多重比較を行ったところ,①S1とS3,②S1とS3(3カ月),③S1とS3(6カ月),④S2とS3,⑤S2とS3(6カ月)の群間で有意差を確認することができた(F値6.425,p<0.000)。
結論 就労支援を始めて18カ月当たりに就労継続を図るためのターニングポイントがあった。
キーワード 精神障害者,就労支援,SF-36v2,QOL,地域活動支援センター

 

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